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    sgr_bms

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    1個前の投稿のテキストバージョンです。画像だと読めない方むけ。
    (元キャプション)
    イアシキの人(私)が書いたイアン氏がご飯食べるだけの小話です。淡々と捏造が多い。そういう二次創作が読みたい人向け。

     イアンには食べる才能があった。
     物心ついた時から食べっぷりを親や祖父母から褒められて、十代になった頃には食べても食べても腹の底が感じられなくなった。成長期の子供ならそんなものだとイアンに負けず体の大きな家族らは口々に思い出話をしながら頷いたので、初めはイアンもそうかと思っていた。
     すぐ食糧庫を空にしてしまうイアンの為に家族は業務用の大豆缶を倉庫に何ダースも常備してくれた。しかしそれも数日で空けてしまうのが常だった。イアンは親に買い物をさせてばかりで申し訳ないと思っていたのもあって、全寮制の軍学校に進学した時には少しほっとした。加えて、こういう場所には自分と同じ年頃の、ちょっとばかり体の大きい、自分と似たような若者ばかり集まっているに違いないと思った。
     その予想は半分当たりで、半分外れだった。
     入学初日の晩、軍学校の食堂には立派な体躯をした腹ペコの青年達が大勢押し寄せていて、食事だって彼らを迎え撃つようにこれでもかと大量に提供された。しかしその帰り、廊下で腹一杯だと満足気に言う同級生らの横で、イアンはまだ足りないと思った。これなら、倍は食べられる――。イアンが自分の食べる量の多さを正しく認識したのはこの時が初めてだった。
     それから数年が経って、誰もが見上げるような体格に成長したイアンは戦場に出た。
     戦場で兵士たちは、狭いハッチから戦車に入る時のように、兵器という役割に命を押し込められる。それは敵と味方に分けられて、戦況という言葉の下で簡単に「減る」。兵士たちは神経をすり減らし、食の進まなくなる者も続出した。しかしイアンはというと、その日与えられたものをともかく噛んで飲み下すことが出来た。
     ちょっとしたコンディションや士気の変化はここでは命取りだ。食べなければ生き残れないと誰もが頭では分かっていたはずだが、それが出来る人間ばかりではなかった。イアンにはやはり、食べる才能があったのだ。
     戦場の運命は無慈悲で、気まぐれで、いつ誰から命を奪うのか知れたものではなかったが、ともかく少しでも生き延びる確率は高い方がいい。部下を持ってからのイアンは食事時の周りの様子に目を光らせた。時には唾液も出ないと泣く部下の口に鬼の形相でエナジーバーを詰めた夜もあった。

    それから更に十数年が経った。ガキュ、とアルミの歪む音がして大豆の缶が開く。イアンにとって数日ぶりの食事だった。
     間接的に、こうして再びイアンに夕食を取らせているのはこの場にはいない青年だ。まだあどけなさを残した顔を思い出しながら、イアンはスプーンで豆を掬い頬張った。食べ慣れた素朴な風味が口に広がる。帰ってきてしまった。イアンの感慨を知らぬ記憶の中のその青年は賽を握りしめて泣きながら笑っている。
     イアンの夕食のメニューはこの十数年、判で押したようにいつも同じだった。大豆缶十缶、ターキー二羽、生卵二十個。世間一般に心の栄養と言われるようなものは全く口にしていない。心はもう死んでいたのかもしれなかった。しかし。
    「アナタは、ボク達と生きる」
     覚悟を決めた芯のある声がリフレインする。自分の賽を持っていると言った彼が目の前で転がして見せたのは、具体としても比喩としても実際にはイアンの賽だった。我儘と言えばそれまでかもしれないが、勇気を持って踏み込んできた彼をイアンは無下に出来なかった。
     ――奴は、人を信用することをもっと知らなければいけない。
     その勉強代はイアン持ちというか、もっと言うとこの食糧達が支払っている。畑で揺れていた豆、早朝に首を落とされた七面鳥、鶏の巣から取られた卵。
     焼却炉に落ちた時、自分という悪人の命を支える為にもう何者もその身を差し出す必要はなくなったかとイアンは頭の片隅で思った。走馬灯の中にあった実家の大量の大豆缶にも、胸の内で礼を言った。そのことに少し安堵したのも事実だったが。
     (こうなれば、皿まで食わせてもらう)
     イアンは生に戻ってきた。香ばしい肉を割き、柔らかい豆を舌で潰し、ぬたぬたと揺れる卵を飲み、イアンは迷わず食べる。そのように食べる才能がある。
     次々と喉から送り込まれた食物は丈夫な臓器が砕き、吸収し、それでイアンは明日歩いたり、喋ったりする。青年の肩から力みが抜けてゆく様を見て、彼に連れられた犬の尾の風切り音を聞く。
     毎日毎日毎日、それを繰り返して、そのうち誕生日ケーキや、パチパチキャンディーも食べる日が来るだろう。
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