早い再会 絶体絶命。人類最後のマスターの身体を支えるデミ・サーヴァントは、その四文字を思い浮かべるだけで精一杯だった。
「マシュ、装填を……」
「ダメですマスター これ以上は……」
令呪も無くなった右手を掲げようとする藤丸に、マシュが悲痛な表情で制止をかける。何もかも擦り切れた今の藤丸に、ブラックバレルの装填はとてもさせられない。装填できる弾丸が、残された弾丸が、もう、あと——。
ストーム・ボーダーの甲板上で、二人は巨大な光球をただ見上げている。間に合わなかったのだ。気付くのが遅かった、全ての企みに。手を打つには遅かったのだ、証明された終焉に。
通信からネモの「トリトンエンジン、全基を防御障壁に!」と叫ぶ声が届く。
シオンの「トリスメギストスⅡの答えは変わりませんね。実数世界にも、虚数世界にも、最早逃げ場は——……」と言い淀む声が聞こえる。
カドック、ムニエル、ゴルドルフの「戻れ藤丸! マシュ・キリエライト!」の声がこだまする。
ダ・ヴィンチの「何か、何か無いのか——……」という声がノイズを帯びてひしゃげていく。
「 ダメです、先輩——」
マシュを後方に突き飛ばし、藤丸はせめて後輩だけでもと、迫り来る光の前に身を投げた————
「いつまで目を瞑っている?」
突然、その声は前方から現れた。
聞き覚えのある声だ。落ち着き払った、静かで凪いだ、表情の薄い虚無の声。
この場にいるはずがない。もういない男の声だ。何故。何故聞こえる? 混乱する頭。藤丸は思わず、目を瞬いた。
「えっ……うわぁ」
「よう、随分とボロボロだな。ったく、戦士の休息を邪魔しやがって」
サングラスをかけた金髪の男が、ニヤリと目と鼻の先で笑う。驚きのあまり、藤丸は後退る足を縺れさせて尻餅をついた。視線が下がったことで、奥に立つもう一人の男の姿が目に飛び込んでくる。
「酷い状況だな。もう少し早く着かなかったのか」
それはかつて黄金樹海で相対した秘匿者、デイビット・ゼム・ヴォイド。そしてそのサーヴァント、テスカトリポカだった。
「あん? 早く着こうが着くまいが、こうして事象を入れ替えちまえば変わらないだろうが」
「それが間に合っていないと言うんだ。そもそも全能神ならあれくらい、何とかできないのか?」
「……オマエなぁ」
「あの……デイビット、さん……?」
緊張感の欠けた二人の会話に、マシュの震える声が挟まる。遅れて藤丸も「何が、起こって——」と呆気に取られた声を溢した。
南米異聞帯を攻略した際に、担当クリプターのデイビットと契約サーヴァントのテスカトリポカは、両者とも死亡したはずだった。藤丸はそれを天界・ミクトランパでも確認している。けれど今、その二人は揃ってストーム・ボーダーの上に現れた。
先程視界いっぱいを埋め尽くしていた光球は無く、空には無数の天体が輝いている。恐らくテスカトリポカの権能によって事象が入れ替えられたのだろう。ただしデイビットの発言のとおり、それでは根本的な解決にはなっていないようだ。
「通信回復した! おぅい二人とも! 無事かい?」
「ダ・ヴィンチちゃん!」
「モニターで見えてはいるが、これは一体どういうことだ なぜデイビットがここに」
ノイズの除かれた鮮明な声が通信機より届く。電算室のダ・ヴィンチの声に続いて、司令室よりゴルドルフの声だ。
二人が一先ず無事を報告しようと口を開けたところで、デイビットが突然会話に割り込んでくる。
「権能使用により暫くは安全だが、時間は限られている。霊基グラフの再確認と聖剣の抜刀、大規模召喚の用意を。カドック、分かっているな」
「……デイビット。ああ、分かっているよ」
余分を切り落とした短いやり取りだけを済ませると、デイビットは早々に藤丸達に背を向け歩き出す。
「ちょっと待ちたまえ、おい、デイビット・ゼム・ヴォイド——」
「待ってください、デイビットさん! その、どうして……」
ゴルドルフらの呼び掛けは完全にスルーされる。仕方ないといった表情で、代わりにテスカトリポカが疑問に答えた。
「休んでる間に世界が終わっちまったら、休む意味がねえと聞かなくてな」
テスカトリポカは煙草の煙を吐き出しながら、やれやれと肩を竦める。
「じゃあ、あのミクトランパからそのまま?」
「ああそうだ、死者であることに変わりはない。いいか? 少し貸してやるだけだからな」
藤丸に向かって強く念を押すと、テスカトリポカもまたデイビットの後を追って、船首方面へと歩き出した。藤丸とマシュは二人、何が何やら分からないまま、立ち上がることも忘れてその背中を見送る。
「……とりあえず、味方と考えて良いようだね」
「味方です。大丈夫」
慎重なダ・ヴィンチの判断を、藤丸は力強く後押しした。マシュも興奮を滲ませながら、何度も頷く。
「さあ、彼らが時間を稼いでくれるんだ。二人とも、一度中へ戻ってくれ」
「了解!」
まだここでは終わらない。終わらせないための全てが、ここに集結していく。マシュの支えを借りながら、藤丸はハッチへと移動を開始した。その足取りは先ほどよりも力強く、表情は明るい。
「それにしても彼、意外だなぁ。かつての人物評とは随分違うじゃないか。まるでわがままな子どもだね」
ダ・ヴィンチがデイビットを指して、おどけた口調でそう言った。藤丸がそれに「負け惜しみも言うタイプだよ」と答えれば、カドックは思わず「あのデイビットが」と驚愕を漏らしたのだった。
*
「オマエなぁ、少しばかり不敬が過ぎやしないか?」
「……説教なら後にしてくれ」
「ったく、終わったら向こうできっちり叱ってやる」
「そうか」
「何笑ってんだよ、このクソ度胸が」
「何でもない。行くぞ」
「おう」