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    Golem(Goat) that guard the garden
    または
    God that get the Golem


    ワスが自宅警備員になって色々がアレソレな感じになる。
    ちょっと暴力表現のあるランワス

    本日のキーワード
    マ$の家で働く(広義)ワス/神カク者ラン/ラのピアスを欲しがるワ/オタとランの共同捜査(お仕事模様)/拷問/ゴーレム/生贄(概念)/

     もう自由登校が始まろうかという冬の深まるある日、ランス・クラウンはワース・マドルの正面の席に座った。図書館で近くに座ることはある。けれど多くは横隣であり、こうして顔を付き合わせるのは随分久々に感じたのだった。真剣な顔で名前を呼んだ。
     「お前、就職先は決まっているのか」
     「…ああ」
     「魔法局か?どこの部署になる」
     ワースは困ったように眉を寄せた。少しだけ口を開いて、その様は間違いなく躊躇っていた。数秒、待つ。けれど引き結ばれた口から詳細は語られることはなく、その視線を隠すサングラスに触れると笑った。
     「まァ、ちょっと特殊な職なんだわ。詳しいことは言えねェけど餓鬼に心配されるようなことは何もねェよ」
     「心配などしていない」
     「はは、そーかい」
     「やはり声を掛けるのが遅かったか。可能ならオレの執務室に来てほしかった」
     ワースの目が大きく開く、ごっそり表情の抜けた顔のなかでその小さな瞳だけが揺れた。たった一瞬のことだったのだ。ランスがその表情が幻だったのかと疑うほどに一瞬で、次見た時にはやっぱり口をつり上げ笑っていた。
     「なぁ、ひとつ我がまま言ってもいいか」
     「なんだ、らしくもない」
     「それ、欲しいンだけど」
     ワースの指先が己の耳たぶを叩く。それがピアスを指していることはすぐに分かっただからこそランスは怪訝な顔をした。
     「穴、開いてないだろ」
     「はは。卒業したら開けるわ。卒業記念ってこと」
     笑うワース・マドルを前にランスはひとつ頷いた。その場で外すと手を伸ばすワースにくれてやる。ワースがその銀色を持ち上げ光に透かす。夕暮れの光は反射して、その光をワースへと注いでいた。とても、きれいだった。
     「神覚者になれよ、ランス・クラウン」
     「お前に言われなくても成る」
     「っはは、生意気」
     
      あの時の笑顔、光を浴びた顔。それらが今でも眼前に浮かぶのだ。丁度一年経ったか。ランス・クラウンが目の前に浮かぶロングコートに腕を通す。思いのほかしっくりくるそれは歓声と共に己の背を飾った。あの日、口にした通り、ランスは神覚者になったのだ。

    ***
     仕事と言うのは他所から見えている通りではない。師であるオーターを見ていても神覚者という仕事が大変なのは分かったがいざ成ってみたらその人手不足を実感した。そもそも新しい局を作っている場合ではない。価値観という物差しの狂った社会では魔法魔力管理局、つまりオーターの管轄の再編が急がれていた。魔法を持っている前提で作られた局であるのだから仕方ない。師弟関係も丁度良いとされ仮の形で魔法魔力管理局の分局としてランスの執務室は使われることとなった。ランスとしても丁度良い、オーターのやり方に思うところもあったのだから。
     今日も執務室に入り、最新の書類に目を通す。今まで拘束されていた魔力不全者が集団となり貴族居住区へ不法侵入を繰り返している。書類についている写真には豪邸に石を投げる様子が映っていた。勿論、防護魔法で石は跳ね返され投げた男に当たっていたわけだが。フゥーと息を吐く。吐き切って目を開ける。師に似た仕草だったな、と肩を落とした。
     貴族居住区、か。ランスは窓の外を見る。神覚者になってから、ずっとあの男の顔を思い出している。最後にピアスを欲した、師と血の繋がった男の笑顔を。
     
     ランスは立ち上がった。百聞は一見に如かず。幸い、貴族居住区は遠くない。歩みだそうとして執務室に訪問者がいることに気が付いた。オーターだった。
     「何か」
     「…出かけるのか」
     「ええ、貴族居住区に向かいます」
     「そうか」
     「…何か」
     「後でいい。戻ったら私の執務室に立ち寄れ」
     「分かりました」
     ランスの頭のなかでピアスの輝きが過る。この兄と同じく、土の色を深く宿した、男。
     「最近、貴族居住区に魔力不全者が出入りしているようです。マドル家は何か変わりありましたか?」
     「…。暫く帰っていないからな。ただ、新たなセキュリティシステムの話は聞いた」
     「防護魔法ではなく?」
     「大規模な多重魔法だ。あれは…」
     オーターがそこで一度言葉を切る。浅く吐かれた息は緊張か、少しだけ苦味が含まれていた。
     「あれはワースが動かしているのだろう。彼奴の魔力を感じた」
     それだけ言い切ってオーターはランスに背を向けて歩き出す。残されたランスはその目を大きく見開いた。きらりとその光彩が光る。耳元でピアスが揺れた。

    ***
     下手に目立ちたくはない。私服姿でランスは貴族居住区を歩く。昔はここを歩くのにも許可書が必要だったが今は撤去された。しっかりと防護魔法の掛けられた大きな家々に確かに許可書は必要なかったようだと理解した。酷く厳重な家では鳥が防護壁にぶつかりキュウと鳴いていた。
     痣のない人間もちらほら見る。友好的な貴族の話しているところもあれば物陰でしゃがみ込んでいる奴らもいる。人間の問題だ。白黒きれいに付けられるものではない、が、確かに治安は悪くなっている。国として、何か手を打つべきなのかランスの空色の目がそれらを映して頭を回す。そして、空を仰いだ。あいつが居たらどうだっただろう。今隣にいたら、考えていることを話して、それに対して的確な答えをくれるのだろう。そのよく周る頭と知識で組み合わされる論理が煉瓦のように着実な思考の足場をくれるに違いない。ピアスをつけた耳が重い。
     
     そのときだった。足元に暖かな感触がある。ゆっくり目を下げると一匹の犬がランスの足元でお座りをしていた。凛々しい姿は愛玩されるための犬ではない。番犬。その言葉がしっくりきた。触れようとして、少しだけその手を引いた。こちらを向いた犬の目にまずは触れるのを止めて語りかける。
     「ワースだな」
     「…」
     犬は何も答えない。けれど、流れるように立ち会がりバウと鳴いた。こちらに来いと呼んでいた。
     連れてこられたのは庭園と門の間。枯れ木が積み上げられたそこには微かな焦げがあった。燃やそうとして出来なかったのだろう。もし、燃やすことが出来ていたらどうなっていたのだろうか。防護壁に消火の効果などない。
     もう一度、犬がバウと鳴いた。振り向いたランスに鼻先で奥を示す。ランスが歩き出す、犬はついてこなかった。奥は細道と繋がっていた。防護壁の前で石を振り被る、男児がひとり。その顔に痣はなく手持無沙汰に石を家へと投げ込む。勿論、見えない壁に阻まれ届くこともなかった。
     「…何をしている」
     「え?」

     男児がランスを見た。悪びれることもなく、ただ見ていた。
     「家に石を投げるな」
     「え?だって届かないじゃん」
     「届いたら窓が割れる」
     「でも届かないだろ?魔法って面白いよな」
     「面白い?」
     「ああ。だって石当たらないんだもん」
     ランスはフゥーと息を吐く。やっぱり師に似てきて、嫌になった。
     「魔法が切れているときに石を投げたら当たるし、窓は壊れるぞ」
     「そうなの?でも見たことねーからわかんない」
     男児は笑った。純粋無垢に笑い、そして楽しそうに走り去った。ランスは空を仰ぐ。魔法を知らない者の視点をランスは持ち合わせていない。どこまでが好奇心でどこまでが悪行か、許すか許されないか。そんなことを考えてばかりだ。気が付いたら足元が温かかった。お座りをした犬が足元に居た。
     「お前、オレがあいつを追い払うのを待ってたな」
     「…」
     犬は何も答えない。ランスはとうとうその犬に手を伸ばした。ひんやりした感覚と馴染みのある魔力に目元が弛む。
     「犬を作ったのか。お前は相変わらず器用だな」
     「…」
     やっぱり、犬は何も答えなかった。

     
     ランスは一度執務室へと戻った。そしてオーターに寄るように言われていたことを思い出したのだった。立ち上がって、扉を足を向ける。その時、独特の乾いた砂の音がして、その先の廊下でオーターが歩いてくるのが見えた。
     「戻ったんだな」
     「ええ、…すいません」
     「構わん。今夜、視察に行く。深夜になるだろうが、お前はどうする」
     「行きます」
     「分かった。場所と時間だ」
     目の前で砂が文字を描く。それは確かに皆が寝静まった深夜、場所は奇しくも貴族居住区と隣接した壁だった。読み終え、頷く。それだけで砂は形を無くし床へと落ちた。
     「貴族居住区はどうだった」
     「一言で報告するのは難しいですね。治安は悪化してますが原因が簡単じゃない」
     オーターの口から深く長い息を漏れる。そして背を向けると何も言わずに去っていった。
     ランスは犬のことを言わなかった。


     日を追い月は廻る。星が輝き執務室の灯りが落ちた頃、ランスは外へと出た。言われていた時間より少し早いが構わないだろう。貴族居住区を覆う壁は高度がありそのまま崖になる。待ち合せはその下だったが時間があるなら居住区も見て回りたい。夜の様子も知っておきたいのだ。治安は日が有るか無いかで随分変わるのだから。
     この時間の貴族居住区は昼より人が少なかった。それもそうか、強い魔力を持つ魔法使いたちが各々の家に帰っているのだ。わざわざこの時間に襲撃を掛ける愚か者は居ないだろう。
     静かな住宅地でランスの足音だけが響く。昼間の道を辿り、足を止めた。何を期待しているんだか。この夜闇に溶けそうな犬を己は期待しているのか。居住区のなかでもひと際粛然と聳える居館を見上げた。ワースの魔力が滲む居館。ランスはその横道に入ろうとして足を止めた。
     「お前は」
     「昼の人だ。何してるの?」
     「お前こそ何をしている」
     「もう寝るとこ」
     「ここで?」
     「ここで」
     男児は笑った。昼間と同じように悪びれることもなく、ただ笑った。
     「少し前まで下で寝てたんだけど、こっちのほうが静かだしね」
     「家がないのか」
     「無いわけじゃないけど居たくないんだよね。一応、親と暮らしてるらしいんだけど知らない人過ぎてさ」
     嗚呼。ランスの瞳が陰る。クラウン家の悲劇は痣が消えていくことだった。愛しき妹の痣が薄くなり、両親はそこで「何故、この家からそんな子が」と己の境遇を嘆いた。ならば、最初から痣の無い子はどうなるか。マッシュは運が良かったのだ。大概は、こうして。ただ笑うだけの男児は笑顔を崩さない。
     「ここに来てよかったんだ。たまに絵本が置いてあるんだよ」
     「…そうか。一度離れるがまた此処に戻ってくる。今夜、また会おう」
     「えー、寝ちゃうよお」
     ランスは溜息をついて、背を向けた。ばいばいと手を振る声に応えることはなかった。

    ***
     さて、待ち合せの場所に着いたとき、まだオーターは到着していなかった。貴族居住区は遥か上、この壁に何があるかは聞いていないが今のところ不信なところはない。夜の空気が冷えていた。砂の気配はその空気を映すように現れる。コートを翻し到着したオーターはランスを横目でみてそのまま壁に手を着いた。
     「何があるんですか」
     「…報告では不定期で『人が排出される』とあった。程度にバラつきはあるが怪我をしていると」
     「こんなところで」
     「うむ」
     オーターが壁に杖先を滑らせた。魔力で空間を知ろうとしている、それはランスも分かっていた。空間魔法は奥が深い。いつ何時も好き勝手に使える空間魔法というものは少ないが何かしらの条件がついているものは手軽だ。例えば時間、場所、もしくは物、人。その条件が狭まれば狭まるほどローコストになる。ランスも地面に手をついた。石畳の道は変哲もなくそこに在るだけだ。
     「地面には何も」
     「やはり問題は壁か」
     「どうですか」
     帰ってきたのは溜息だ。オーターは僅かばかり目を細めると壁を見上げた。
     「そもそも、貴族の住居なんて碌な物ではない」
     「…御尤も」
     「人が『排出』されるのであれば繋がっている経路があるかとも思ったが…この様子だと転移していると考えるのが妥当だ」
     オーターが言い切って杖で壁を叩いた。壁の表面にじわりじわりと数多の魔法陣が浮かぶ。彼がタクトのように杖先を動かすと魔法陣から砂が立体となりじわりじわりと伸びていく。四角だった立体は組み換え、三角となり、更に細かく分かれていく。直線的な細胞分裂は最終的に人の形となった。魔法陣から排出される、人だ。
     「これは」
     「壁の動きを砂で再現した。過去の投影にすぎないが様子が分かればそれでいいだろう」
     「…なるほど」
     四大元素の土だからこそ、その永久性は時間の魔法と良い相性を見せる。少しだけ生まれた嫉妬心は今だけ蓋をした。
     ランスが人型へと近付いた。ひとりは五体満足、ひとりは腕がひしゃげ、最後のひとりは爪が痛ましいことになっていた。師弟が共に息を吐いた。フゥーと長く息を吐く。ランスが声を出そうとして、オーターの手がそれを制止した。
     壁に二重の円が映し出される。ジワリと漏れ出た土色が右と左両方に半円を描いて回る。その中を水が渡るように土色が流れ山羊の角が描かれる。その瞳は縦に割れ、口は大きく開かれる。ふたりの神覚者が後ろに飛びのいたところで山羊の口からずるりと人が這い出るのだ。ふたりの男は泥で塗れ、小指の爪が外れていた。
     「ワースだ」
     「泥魔法、間違いない」
     ランスの眉が寄る。しかし、それは大きな音ひとつで解かれることになった。

    バリン

    鏡の割れる音。たった一枚のガラスが衝撃で割れる音だ。
    ランスの目が見開かれる。脳がぎゅるぎゅると音を立てて吐き気を伴って回り始める。
    貴族居住区、オーターのいう大規模な多重魔法。ワースの魔力を持つ魔法陣から排出される男たち、犬は昼に焦げた枯れ木を見せた。そして、男児は石を投げる。当たったところを見たことがないから分からないと悪びれもなく石を投げる。オーターの聞いた新たなセキュリティシステム。

     ランスが杖を強く握った。
    「先に行きます」
     ぐんと持ち上がった身体は垂直に突き抜ける。空に浮かび上がったその先から見えたのは多数の犬に追い込まれる男児だった。服を引っ張られ、腕や足を咥えられ、犬はそのままマドルの門へと男児を引き摺り込む。
     「待て」
     ランスが手を伸ばしても、遅い。犬は門から男児を放り投げると、男児は足元からずるずると泥に飲み込まれた。
     「えッなに」
     暴れる男児を犬が押し込める。そのうちの一匹は泥に戻ると男児を顔を覆うように沈めて見せた。悲鳴すらも消していく、余りに下劣で非道だ。ランスは杖先を彼へと向けた。グラビオル。己の呪文を叫ぶ。しかし、それは防護魔法を大きく揺らしただけで彼には届かなかった。
     「なにっ」
     「落ち着け。もはやあれは結界に近い」
     砂に吹き上げられたオーターがそのままマドルの門へと滑り行く。惜しくも男児の指先は泥に飲まれ、庭園には静寂が訪れていた。
     「…私はこのまま父の書斎へ行く。お前は」
     青筋立ったランスが強く噛んでいた唇を放す。共に行くと言おうとして足元と熱に気付いた。ふくらはぎあたりに感じる熱はしっかりとお座りをして、ランスを見上げていた。ランスは犬を見下す。犬は何も言わない、けれどその目は何かを訴えていた。
     「あの子の元へ、案内出来るか」
     ばう。一言鳴いた。

     「オレは外から探します。急ぎましょう」
     「ああ」
     オーターが乱暴に扉を開けた。バンという音と共にランスたちも動き出した。

     ***
    犬が案内したのは宅から離れた車庫だった。その爪で扉を叩くから魔法で開けてやる。奥に続く一本道の階段にはご丁寧に灯りが沢山あった。杖を前へ向け、先を急ぐ。辿り着いたのはただの四角い部屋であり、中に家具はひとつもない。立っている人影はひとつ。その前に男児が横たわっていた。
     「おい!無事か!」
     男児を魔法で浮かせ引き寄せる。ただすやすやと眠っている様子にランスはほっと胸を撫でおろした。
     問題は立っている人影。杖を持つ手を二、三度手首ごと動かすとゆっくりと直立する。いつものようにサングラスを直すと「おやあ」と零した。
     「久しぶりじゃねェか」
     「ワース…」
     「申し訳ねェけど、仕事中でな。今は相手してやれねェんだわ。お茶もだせずに残念だ」
     「仕事だと」
     「そ」
     ワースが杖を振る。空間がぐわんとたわむとワースの目の前に拘束台が地面から上がってくる。そこにはランスの後ろにいたはずの男児が乗り、ご丁寧に顔を隠されていた。
     「子供の悪戯か…相手が悪かったなァ」
     「どういうつもりだ」
     「言ったろ、仕事でな」
     ランスの瞳がぐらぐら揺れる。指先が冷えて杖が震える。そんな無機質な顔を見たことがなかったのだ。地下で見せた激情でもなく、図書館で見せた穏やかさでもなく、ただただ無機質なことがどれだけ空しいか。
     いつだって眼前に浮かんでいたのだ。あの時の笑顔、光を浴びた顔。幸福を噛み締めたような笑顔が頭から離れなくて。
     浅くなった息のなか、足元に温もりを感じた。犬だ。犬は何も言わずにただそこで座っている。何かを待つように座っている。
     やはり眼前に浮かぶのはあの顔なのだ。笑ったワースの顔なのだ。何故、笑ったのか。ランスの杖先が下に落ちる。何故、ワースは笑ったのか。
     そう、ワースは欲しがったのだ。ランスのピアスを。何故。

     「神覚者になれよ、ランス・クラウン」

     思い出した声は、ランスの脳を奮う。あのとき、ワースは何を求めたのか。
     無機質のワースを見据える。男児に杖を向けるワースに、ランスは声を上げた。

     「止まれ」

     ピタリと、彼の動きが止まる。ランスが息を呑むのとワースが息を吐くのは一緒で、先に声を出したのはワースだった。
     「お仕事の邪魔されちゃァ困るんだわ」
     「…なるほど。理解した」
     「ホント、分かってくれたンならいいんだけど」
     
     「その子を解放しろ」
     途端に泥は解れていく。あーあ、とワースの声が響き当の本人は額を押さえてランスに向き直った。
     「そっちの理解ね」
     「ああ、だから答えろ。お前は何だ」
     「泥人形。魔法で言うならゴーレムだ」
     「ワースでは、無いんだな」
     「そうだな。でも一番ワースに近いオレだ。その犬も仕組みでいうなら同じだからな」
     犬がばうと鳴く。額を撫でると嬉しそうに首を振った。
     どくん、と空間が揺れる。ランスは部屋の四隅を見る。先ほどより潰れた楕円になった空間に目を細めた。
     「ワースはどこだ」
     「もう一段下。でもそこに入ったら全部終わり。何のために地下で動いてると思ってるんだ。土のなか、泥で囲えば永遠に出てこないってね」
     「そうか。なら問題ないな。案内しろ」
     「え~」

     どろりと空間は溶けていく。ランスの足元で泥が跳ねたぴちゃりと音を立てたのは犬だった泥。空間は泥人形を中心にじわりじわりと溶けていき、ランスも泥人形の元へと向かった。その顔は間違いなくワースだったのだ。表情が違うだけで、妙にこざっぱりとしているだけで、ワースが好みじゃない顔で笑っている。そして、泥人形も溶けていく。完璧だった頭の先からじわりじわりと解けていく。片頭痛でも耐えるように、額を押さえていた。事あるごとに押さえていたそこにランスが手を伸ばす。溶け掛けの人形は柔らかく、妙に心地よくランスの指を受け入れた。額の奥に固い感触。指先で抉り出すと泥人形がハハハと乾いた声で笑った。
     「ピアス穴、オレが開けたんだぜ。もう塞がっちまったかもな」

     ランスが指を引き抜いた。一瞬で泥に戻った人形は大きな飛沫を上げ、ランスの半身を汚す。けれども構わなかった。
     指には確かに銀色が光っている。あの時渡したランスのピアスが、ゴーレムの核だったのだ。だから、ランスの言う事を聞いた。ランスの知りたいことを教えた。ランスに全権を委ねた。

    「神覚者になれよ、ランス・クラウン」

    オレを待っていたのか!誰も入れない箱庭の中で!こんな地中の奥底で!
    空の色も見えやしない、銀の光もこんな地中では輝かない。鈍いシルバーは重みだけをみせて、それでもランスは安堵を覚えるのだ。
     ランスは泥に濡れたピアスに唇を落とした。片目からぼろりと涙が零れた。だからこそ、早く行かなければならない。
     ピアスを大事にしまうと消え始めた空間の下を見る。もう一段下。ランスは杖先を自身に向ける。固有魔法の名前を呟くとその冷たい泥の中へどっぷりと沈んだ。

    ***
     土を固めただけの空間だった。上から降ってきた泥を防ぐものもなく、ただ小さな空間に泥がぼたぼた落ちていく。なるほど、上の部屋の泥が落ち切ればこの簡素な空間は埋まるのだろう。ランスが杖を上に振り上げる。重力とはバランスだ。空間を保つことであれば、重力魔法に部がある。
     狭い空間は見渡すほどの広さもない。ただ目の前の土の上で座るのは間違いなく人だった。目元は布で覆われ、サイドテーブルには水と時計。指先はグローブで覆われ、土に波形が絶え間なく刻まれている。随分と細くはなったが髪も爪も整えられている。アンバランスな有様がランスから言葉を奪った。だからまずは目元の布をとった。波形が大きく揺れる。サングラスのない目元は寝ているのに窪んでいる。その窪みを撫で、名を呼んだ。

     「ワース」

     波形が大きく揺れる。ランスはその頬を撫でる。顔色は悪いが口からはすぅすぅと静かな息を立てている。左頬に口付けると支えた手で耳元を探った。ランスと全く同じ場所に、ひとつだけ小さな穴が開いている。きっと中は埋まっていることだろう。けども、初めて見るその穴に愛しさが込み上げる。唇で触れて、確かめた。鼻を鳴らして、その顔中を口付ける。
     土に刻まれる波形はその度に振りを大きくし、とうとうガリッと刻む音を立てたのだ。ふるりとワースの身体が震えた。何度か痙攣を繰り返し、かくんと首から脱力する。そのうちに瞼が震え、ゆっくり、緑色の瞳が現れる。
     「ワース」
     「…」
     「声は出るか。何かあったら言ってくれ」
     「…」
     ワースが口を開けようとして、がくんと首が後ろに下がりその鼻から血が流れた。ワースの呻き声がランスに届く前に彼は天井へと杖を向けたのである。

     神覚者の魔法は神の代弁。その禍々しい怒りは愚かな庭を抉り取り惑星を映す夜の空へと跳ね上げた。多量の土は砂粒に運ばれ大事には成らず、その激しい音だけが神覚者ランス・クラウンの力を示すものとして貴族の間で語り継がれたのである。

    ***
     病院ではお静かに。ランスにリンゴを突っ込まれたワースはそんなポスターを見ながら咀嚼に勤しんでいた。うさぎの耳付きリンゴは可愛いが少し固い。がりがり噛み進めても時間が掛かる。そうしていると次の兎が皿に並び、こちらを見てくるのだ。困った。
     「あー」
     「黙れ」
     「はい」
     何が困ったって、この神覚者が怒ってらっしゃるのが困っているのである。そりゃ貰ったピアスにかなり重たい感情を背負わせてしまったのは悪いと思うが仕事は仕事である。色々はアレアレだが言いようによっては自宅警備員だ、笑える。そうワースは笑いたいのだが。 ランスは果物ナイフを置くとフゥーと息を吐いた。それが余りに兄にそっくりで、ワースがうげぇと呻いたのである。
     「やっぱ似るもんだな」
     「今言うな、不快だ」
     「大好きな師匠に似てるんだ、喜べよ」
     「今日はその師匠に説教をかました帰りだ」
     「は?」
     そう、ワースの魔力であんな大規模なものが動いていると感づいていたのに、何も疑わなかった愚かな師匠。平然と「身体状況をレム睡眠にすることで魔力の消費と記憶のサイクルを最小限にしたのでしょう」と言いのけたマドルの兄。鼻血を出して気を失った弟を見て「ああ、その反動でストレス値が限界を越えたのか」と零したのを聞いて、ランスはしっかり時間をとって説教をすることを決めた。そして、今日、椅子にふんぞり返る師匠を前にアンナの尊さ、妹の尊さ、人の尊さ、いいから少しは慈しめと言葉を叩きつけてきた。
     それでもなお、「アレの面倒は私が見ます」と言ったから「そもそも弟をアレと呼ぶな」と断固拒否をしたのだ。一年前、マドルに先を越されたばっかりにこんなことになったがワースの職はもう用意してある。デスクの用意も終わっている。このデスクは一年前から用意してあったものだが。
     ランスはワースの口に林檎を押し付ける。一秒でも早く回復してほしいのだ。言いたいことだけが積もりすぎて、病室で落ち着いて話などできないのだから。
     広々とした窓には青空が広がり眩しいほどに光が入り込む。ふと、横を向いたワースの耳元が輝いた。揺れる銀色はランスと同じ場所で同じ形で光を浴びて揺れている。
     さて、そろそろそのことも言わねばなるまい。ランスは林檎を飲み込んだワースへと声を掛ける。その手をとると、真剣な顔で名前を呼んだ。


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