りょも刺されそろそろ血を吸って異常にも肌を痒くさせる虫が登場する季節だろう。既にいるのかもしれない。
あれらの主食は花の蜜だという記録があるのだが、どうやら雌のみが産卵の為に血を吸いにやってくるのだという。
対処法は極力窓を開けないで過ごす方法なのだが、如何せん少しだけ日照りの強くなってきたこの時期は室内が蒸される様に暑い。
あまり肌を露出しない方が良いだろう。
流石に衣まで貫通してくる様な強靭な口器では無いだろう。
「……」
しかし暑い。
器に入れた水を飲んで喉の渇きを癒すのだが、数刻も経たぬ内に汗として出てしまう程には暑過ぎる。
腕に抱えた存在を抱き締める魯粛は適当な書物で仰いで僅かな涼しさを得ていた。
「ろしゅ」
「ん?」
腕の中に収まっていた呂蒙が魯粛の首元へと唇を触れさせて鳴く。
先程からずっとその体勢なのだが、呂蒙は暑くないのだろうか。
「ろしゅくどの」
「水か?」
「水分補給は、バッチリですぞっ?」
「先程から吸ってるのは俺の汗だろう。汚いぞ」
「湧き水れべるですぞ!」
「……」
暑さで既に頭がやられているのだろう。
綺麗な訳が無い人の汗を啜って湧き水などと称してしまうとなると相当参っているのが分かった。
いつまでも虫の事を気にして屋内で蒸されているのは良くないだろう。
気晴らしに少し出掛けて涼んで来るのも一つの手だろう。
「気分転換に出掛けるのだが付いて来るか?」
「何処に行かれるのですか?」
「特に決めてはいないが、涼める場所だ」
「…では、俺も。……あ」
やっと体を離して顔を見せてくれた呂蒙なのだが、魯粛の首元を見て硬直してしまう。
「…どうした?」
「虫に刺されたという事にしてよろしいですか?」
「…お前」
確かに言われずとも分かっていた。
先程から片時も離れる事無く首に唇を這わされていれば、痕の一つや二つ付けられているのだろうなとは予想していた。
だが呂蒙の挙動を見るにそんなレベルでは無いのだろう。
「少しだけ爪を立てて掻き乱せば…虫刺されっぽいですぞ?」
まさか虫に刺されるより先に呂蒙に“刺される”とは思っていなかった。昨年程前に虫を撲滅させようとして頬を叩いてしまった時の仕返しだろうか。
例えただの虫刺されだと偽ったとて首回りだけ点々と刺され過ぎである。
「流石にこれで外には出られんな…」
「では、もっと沢山吸って首回りを真赤にさせて頂きますなっ」
「……」
また呂蒙の顔が懐へと埋まってしまった。
痒く無いだけ本物の虫よりマシなのだが、いつまでも吸わせてしまっては何処にも出掛けられはしない。
「一旦吸うのを止めてくれるか」
「むっ」
いっその事痒くても本物の虫の方が良かったかもしれない。
呂蒙を引き剥せる方法が 無い。