卒業式の後、先輩達への挨拶を終え何気なく空を見上げる京勝。
今にも降り出しそうな曇り空に深いため息を吐く。
『…これは夕方には降り出しそうだなぁ』
そう渋い顔をしながら呟くとスマホを取り出しどこかに電話をかける。
暫くかけるがコール音が鳴るだけで相手が出る気配がない。
『なんでこういう時にでねぇんだ…まぁいいや』
そう独り言をぼやいてから電話を切るとLINEに切り替えて相手に”今日そっち行く”とだけ文章を打つと送信する。
慌ただしい式も終わり友人達とも別れ無事に寮へと戻るとそれを見計らうかのようにポツポツと雨が降り始める。
振り始めたのを確認しながら勝は相手からの返信を確認するも既読にすらなっていない。
その画面は見慣れているのか勝は特に気にする事もなくスマホを現在はそこまで使用してないベッドへ放り投げて泊りに行く準備をする。
面倒で放置してた衣服などを適当に片付けながら必要になりそうなタオルを多めに鞄の中に詰め込む。
『そういや、しょっちゅうアイツの家に行くから冷蔵庫の中身確認してねぇわ』
そう言いながら移動すると冷蔵庫をおもむろに開ける。
確認すると中には腐っているようなものはなく寧ろガランといており飲み物が2本程入っているだけでこれには勝も思わず眉を顰める。
『マジでなんもねぇな。…いや食材無駄にしないでよかったと思うか』
そう言い聞かせるように残っていた飲み物を二本取り出すとそれも鞄の中へと放り込む。
『土砂降りになる前に早く移動しねぇとな』
そう言葉を漏らし、降り始めた雨を窓越しで見ながらベッドの上に放り投げたスマホを回収し原付のヘルメットと鍵を取ると急ぎ足で各部屋の戸締りを終えて部屋を後にする。
部屋から出るや否や自身の愛車に跨り直ぐにエンジンをかける。
移動する時には先ほどよりも雨足が強くなっていたが勝はそんな事はお構いなしに原付で慣れた道を走る。
暫くしてから雨で多少は濡れてはいるが目的地へと無事に辿り着く。
いつもの場所に原付を停車させると流れるようにエレベーターに乗り込みボタンを押すと目的の階へと向かう。
鼻歌交じりにまるで自宅に帰ってきたように部屋の鍵を開け、間髪を容れず勢いよく扉を開けると息を吸い込みながら口を開く。
『芙塁~~~!!どーせいるんだろ~~!!!』
そう勢いよく叫ぶも応答がない。
あれ?という疑問符を頭に浮かべながら勝は方眉をあげて首を捻りつつ玄関からリビングへとペタペタと足音を鳴らして向かう。
『最近さぁ天気がクソ悪くね?今なんて雨が降ってきたし…ってかお前の体調どーなんだよぉ?』
部屋の主がいるだろうと確信しているのか応答がないにも関わらず問いかけながら廊下を進みリビングへと踏み込む。
瞬時に視界に床に倒れ込む黒い影が見え、思わず勝は声を荒げる。
『……え?!!!芙塁!?』
部屋の主である古間芙塁がリビングの床に倒れており身動きもしていないので思わず荷物を放り出して芙塁の元へと急いで勝が駆け寄る。
抱き起そうとした瞬間に小さく寝息が聞こえると勝は思わず苦笑いをする。
『なんだよ…マジで焦らせるんじゃねーよ。こんな場所で寝落ちしやがって…』
そう愚痴を漏らすと芙塁を見下ろしながら勝は自分の頭をわしわし掻き『こいつを寝室まで運べっかな……』とぼやきつつ芙塁の片腕を自分の肩にかけ寝室へと移動しようとした瞬間、肩への重みが消えガクンッと体勢が崩れ思わず前のめりに倒れ込む。
『…?は?は???』
突然の出来事に理解が追い付かず床に倒れ込みながら周りを見渡す。
そこには先ほどまで自分の傍にいた人物が忽然と姿を消しており一人残された勝はその人物の名を呼ぶも返事は勿論ない。
『ふ…芙塁?おい……?な、なに?何が起こって…?』
ふらふらと立ち上がり脳内を整理していると、ふと床に落ちている黒い手帳が視界に入りそれをおもむろに拾い上げる。
『これ、確か芙塁がいつも持ち歩いてるやつじゃん……ん?なんか挟んであるな?』
勝は何げなくそのカードを手帳から抜き取り確認して首を傾げる。
『花見の招待……?』
この状況でようやく七億不思議が関係しているのでは?と察する。
ただ全てを知ってる訳ではないのでどの七億不思議が芙塁の消失に影響をしてるのか思考を巡らせていると自身のポケットから着信音が鳴る。
『チッ…こんな時に誰だよ…ん?利?』
着信相手を確認し電話にでると勝が話すよりも先に雑音と利の叫ぶような声が勝の耳に届く。
[あ!!勝!!!あの!!マジで!!ちょっと助けてほしい、かも!!!]
[…は?ウルセ…こっちも緊急事態でそれどこじゃ]
[今、女の子に………たぶん、七億不思議だと思うんだけど!!襲われ、わぁあ!!?]
勝の言葉を遮るように利が都度叫び声をあげるので只事ではないと理解する。
電話口からは子供の笑い声、雨音、何かがぶつかるような音、利が叫びながら逃げている事がわかる。
勝は叫ぶように[おい!利!!今どこだ?!すぐ向かう!!]と伝えると必死な声で利が返答をする[うちらがよく行く、自然公園…!!]その言葉を言い終えると同時に通話が切れてしまう。
一刻も早く行かねばと急いで原付の鍵を手にし玄関まで走る。
『あ、手帳!!』そう言って手にしていた手帳と花見の招待カードをソファの上に放り投げると再び走って行き、玄関から勢いよく飛び出し階段を一気に駆け下りていく。
大粒の雨が頭上から降り注ぎずぶ濡れの状態だが勝は気にする余裕もなく原付に跨り、自然公園へとスピードを上げて急いで向かう。
向かう途中、妙に周りが静かである事に違和感を覚え警戒をする。
こんな雨の中にも関わらず車の気配が全く感じられないのはおかしいと思い『一体何が起こっているんだ?』思わずそう言葉を漏らす。
だが今はそれをしっかりと確認する事が出来る状態ではないので疑問を振り払いながら目的地へと急ぐ。
自然公園に辿り着くと、普段の静かで穏やかな雰囲気とは異なり今は街灯の明かりが不気味に見えるほど空気が淀んでいる。
そしてそれを際立たせるように雨音に紛れて叫ぶ声とバショバシャと水溜りの上を走っている音が辺りに響き渡っている。
その様子を目の当たりにし勝は原付を投げ捨てるように放置するとそのまま走り出し利の名前を叫んで呼ぶ。
『利!!!!どこにいる??!!』
すると泣き叫ぶような声で『勝ーーー!!!!助けてーーー!!』と勝の方へ向かって必死の形相で走ってくる利の姿と背後には笑い声をあげながら迫る女の子の姿を確認する。
勝は目を細めてその姿を観察する、容姿は人間の子供と変わらず7、8歳の姿であり無邪気な様子が伺えるが人間とは違う箇所は不気味な黒い影を纏っている。
七億不思議だと確信したと同時に勝は何かに気付き『…アイツは確か』そう小さく呟いてから利に向かって『そのままこっちに!!まっすぐ来い!!そいつはぜってぇ倒す!!!』と叫ぶ。
息を切らし利は半べその状態で勝の元まで行くと勝の背後に回って身を隠しながら自分の事を執拗なまでに追ってきていた女の子の様子を伺う。
勝は利の事はお構いなしに独り言のように目の前にいる女の子を睨みつけながら言葉を続ける『六年前のケリをつけてやるよ、クソガキ』
その言葉を合図に勝は空中で指を前方へと素早くスライドさせると一部の雨と周辺に溜まっていた水が一気に女の子へと押し寄せそのまま濁流のように飲み込む。
一瞬の間、辺りが静かになった事で思わず利の声が漏れる。
『?……勝、今ので祓えたのか…?』
先ほどより落ち着きを取り戻し息を整えながら利は勝の傍へと駆け寄ると確認するように訊ねる。
『あ?んなもん余裕だろ?…やっと六年前に祓い損ねた七億不思議を』
そう言葉を続けようとした最中、先ほどの女の子の笑い声がまた静寂を破る。
そして笑い声と一緒に楽しそうな声で《おにいちゃんも荳邱偵↓あそぼう》その言葉が聞こえた瞬間、勝の目の前に巨大な黒い塊が自分に向かってくるのが見え勝は咄嗟に右手で庇ってしまう。
勝には今の一撃で自分の腕の状況が理解できてしまうが痛みと言葉を飲み込み、利を庇いながら負傷した右手で指を横一直線にスライドさせ次の攻撃を雨で遮る。
そして女の子の足元の水溜まりに向かって指を鳴らし水を破裂させ視界を遮ると急いでその場から退避する。
自分の目の前から消えた二人に対して女の子は《縺ゅlおにいちゃんたち縺ゥ縺薙↓いったの?》と時折理解できない言葉を発しながら辺りを探し始める。
近くの茂みに身を潜めながら勝は小声で利に語り掛けるように注意を促す。
『長くはもたねぇな。たぶんすぐ見つかる』
動き回る女の子に警戒をしながら息を整える。
すると自分の背後にいる利が勝の袖をグイグイと強く引っ張りながら反対方向に指を指して小さく言葉を発する。
『す、す、勝…なんか、べ、べ別のものが見え…あれは?』
その言葉に勝が怪訝な表情を浮かべ視線をそちらへと向ける。
二人から数歩離れた先に獣のような姿をした黒い塊がそこにおり自分達と目が合った状態で座り込んでいる。
『?!なんでこんな時に次から次に出てきやがって…うぜぇな!!』
苛立ちを覚え思わず声を荒げてしまう。
その言葉が逆鱗に触れたのか獣は低い唸り声を出すと此方に向かって一気に走り出すがそれよりも先に勝は指を前方に弾くようにスライドさせその獣をドッ祓う。
『よっゆ~!!…ッ』
祓った直後に腕から鈍い痛みが走り思わず顔を歪ませる。
『わ、わぁーーーーっ!!勝、前!!!』
利の叫び声にハッと我に返り視線を前方へと向ける。
先ほどと同じ黒い塊がしっかりと見えたが、防ぐのが間に合わずその攻撃が勝の腹部へとまともに当たり衝撃音と共に鈍い音が辺りに響く。
あまりの痛みに勝は堪え切れず低い呻き声を出す。
『ッッ…ぅぐ…ぅッ!!!!!』
『す、勝!!?今絶対やばい音したよね!?大丈夫…!?』
利の言葉に顔を歪ませながら『問題、ねーから!!!』と強気の言葉を発しながらも考えを巡らせる。
先ほどの攻撃では祓えなかった事で恐らくまとまった大量の水が必要だと考え、勝は利に対して言葉を続ける。
『…利、確かこの公園、池があったよな?』
『え?あ、うん、確かこの先じゃなかった?でもなんで…あ!』
『理解できたよな?今からそこまで走り抜けてアイツを誘導するぞ』
勝の言葉に強く頷き、女の子が何やら不思議な言葉を発しながら迫ってくるのを確認すると二人は同時に立ち上がり息を合わせたように同じ方向へと走り出す。
《縺セ縺」縺ヲ~遘√→遊んでよ》
勝の思惑通り、女の子は楽しそうに此方に向かって走り出し二人の後を追って距離を縮めてくる。
『ーーー!!すぐ、すぐる!!やばいやばいやばい!!』
『うるせぇ!!すぐそこまでだから振り向かずそのまま走れ!!』
勝の言葉通り、利は振り向くことを止めるとそのまま目的の池まで走り抜ける。
それを見届けてから勝はぬかるんだ地面を利用して滑るように勢いよく振り向き、指で大きく円を描きそのまま女の子方へスライドさせると大きな水の塊が浮かび上がりそのまま女の子の方へと一気に飛んでいく。
一瞬視界の端に黒い小さな影が自分の方へ飛んできたのを確認はしたが、大した事はないと考え勝は避ける事はせずに指をパチンと弾くと水の塊は破裂し女の子は大量の水を浴び叫び声を発しながら消滅する。
『はぁ…はぁ………』
息を切らしそのまま立ち尽くもすぐに息を整え、利の無事を確認する。
『おい、利、無事か……?』
『す、擦りむいてはいるけど…なんとか無事…』
二人はお互いが無事である事を確認するとずぶ濡れなのもありその場で崩れるようにへたり込む。
『ってか、なんでお前こんな時間に出歩いてるんだよ…』
『え?!あ…ちょっと、小腹が空いてコンビニ行こうとして…』
『お前なぁ少しは考えて……そういやこれだけ派手に暴れ回ったのにすげぇ静かだな』
その言葉に利も辺りを見渡しながら口を開く。
『確かに…なんでだろ……そういえばここに来る前も人の気配がなかったような…』
『マジでなんかおかしな事になってんなぁ…』
ふと自分がここに来る際も車の気配が全く感じなかった事を思い出しこの異様な静けさに再び違和感を覚える。
『あ、それもそうなんだけど、さっきの女の子?って勝は見覚えあったの?』
『お前…あ、そうか、あの時はお前視えてなかったからか。…昔、俺が七億不思議と人間の区別がつかなくて襲われかけた事があったの覚えてるか?』
『うん…アタシはよく状況がわかってなかったけど、栞おじさんが勝を助ける時に怪我したんだよね確か…』
『そ。その時に祓い損ねた七億不思議がさっきの奴。…アイツの姿はずっと悪夢で見てたからな忘れねーよ…』
『なるほど………あ!!栞おじさんで思い出した!!』
利は何かを思い出し手をパチンと叩くと声を荒げる。
『さっきからお前一人で騒がしいな…なんだよ』
『いや、実は勝より先に栞おじさんに連絡しんだけどさ!!全く電話にでなかったんだよ!叔父としてどうなの?可愛い姪っ子が危険な目に合ってるのに!!』
『自分で可愛いってどうなんだよ』
『お前もいつも自分で言ってるだろ、勝?』
自分の突っ込みに対して即座に利が返答すると思ってはいなかったので勝は思わず目を泳がせ無理やり話題を変える。
『…まぁ、ほら、アイツさブライだし、そんな簡単に連絡がとれたら苦労はしねぇだろ』
今の今まで学園での出来事を報告しないブライの様子を思い出し自身が知るブライの人物を脳裏に浮かべながらそう言うと利は顎に手を当て『確かに』と納得する。
体力が回復したところで勝は深いため息を吐き言葉を続ける。
『何を言われるかわかんねーし面倒くせぇから栞にはお前から連絡しといてくれ。あと送ってやるからさっさと行くぞ』
そう言って二人はようやく立ち上がり先ほど来た道をゆっくりと歩いて戻る。
『いやぁマジでずぶ濡れだし早くお風呂に入りたい~』
利の言葉を聞き流しながら勝は地面に横たわったままの自分の原付を起こそうと身を屈める。
その際に痛みで声が漏れそうになるがグッと堪えてなんとか原付を起こし手で押しながら歩き始める。
『とりあえず今日は帰ったら部屋からでるなよ?いいな?』
勝の注意に利は先ほどの出来事が脳裏をよぎり身震いしながら『うん、わかってるよ』と小さく頷く。
利を無事に寮まで送り届けると、勝は再び原付に跨ると疲れで忘れてたのかその場で深呼吸をする。
直後に激痛が走り思わず大きく蒸せて悶絶しそうになるがなんとか持ち堪える。
『~~ッ…はぁハァッ、はッ…マジでいてぇ……ホント、クソ!!』
一人でそう文句を言ってから原付のエンジンをかけ再度芙塁の家へと走らせる。
途中で何度も痛みで呻きながらもなんとか戻ってくる。
数時間前と同じ場所に原付を停車させるとエレベーターに乗り込み、エレベーター内で自分についた水気を払うが乾く訳もなく髪や服からはポタポタと水滴が落ちてくる。
『あー…マジでどうなってんだよ…』そう疲れ切って呟きながら到着した階で降りる。
次は消失してしまった芙塁をどうやって見つければいいのかと考えながら玄関の扉をゆっくりと開き、中に入り座り込みながら扉が閉まるのをぼんやりと眺める。
ふとリビングの方から人の気配を感じ視線を向ける。
『あれ?もしかしてアイツ…戻って来たのか…?』心配と不安でいっぱいだっただけに勝は思わず安堵の声を漏らす。