おさかなさんを食べよう! ポセイドンが小次郎の庵にやってきたとき、小次郎の姿は見当たらなかった。せっかく余が足を運んでやったというのにどこに行ったのだあの雑魚は、とポセイドンは舌打ちをする。日々バラバラの時間に前置きもなく勝手にやってくるポセイドンに合わせて在宅することは、小次郎にもできない。ポセイドンにもそのことはわかっているのだけれど、理不尽さを小次郎にぶつけるのである。今日は幸か不幸か、ポセイドンには時間があった。少し待ってみよう、そう思った。靴も脱がずに座り込み、本を取り出し読み始めた。
ポセイドンが本を二章ほど読み終えた頃、小次郎が帰ってきた。
「やや、海の神様、来ていたのか!」
「遅いぞ、雑魚。余を待たせるとはいい度胸だ」
ちょうどキリのいいところだったのでポセイドンは本をぱたりと閉じ、しまう。
「すまない。魚を釣りに行っていたものでな」
なるほど、小次郎は魚籠と釣竿を持っていた。その魚籠からはまだ生きているのか魚の気配がしている。ポセイドンは眉間にしわを寄せた。
「余の海のものは余のものである。勝手に捕るのではない」
勝手に人の家に侵入している神は横暴であったが、小次郎はわはは、と笑ってそれをいなす。
「そりゃあすまんな。神様にも馳走するから、許してくれ」
釣竿を置き、炊事場に立つと小次郎は魚籠の中から魚を取り出した。ポセイドンは立ち上がり、小次郎に近づく。
「誰が食べたいと言った。余は食わぬぞ」
「そうか。なら吾がすべていただこう」
小次郎は包丁を手にして、ぞりぞりと鱗を剥いでいく。鱗が飛び散るが、小次郎がそれを気にすることはない。次に魚の頭を落とす。刃を入れると、まだ僅かに動いていた魚はそれで息の根がとまる。次に腹に刃を入れて、内臓を取り出す。鱗を剥ぎ、内臓を取り出した魚は開かれ、水の張った桶にとぷと漬けられる。それからは潮の匂いがした。