今の場所に居を構えたときの気分が海の幸が食べたかったからという簡単な理由で。たらふく食べたあともそこから離れないのは、時折海からやってくる神様のためだ。なんとかという術式を使い、小次郎の住居の近くに城からの近道を敷いた神がいるため、小次郎はなかなか住処を移せないでいた。二三日山にこもることはするが、それが終わればまた海近くの家に戻っていたのだ。睡眠と、日々の糧を得るための場所。あとは海の神様の拠り所。それ以上でもそれ以下でもなかった。だから。
「せっかく目の前に海があるのに、ちゃんと泳いだことないなんて損ッスよ!」
そうゲルに言われて、それもそうだな、と目から鱗が落ちる心地がした小次郎であった。素潜りで貝や魚を取るため、海に入ったことはあるが、泳ぐために入ったことはなかったのである。小次郎が住んでいるところは、下界の日本の気候に合わせたところだ。夏という設定になればそれなりに気温が上昇し暑くなる。いままでは井戸水を被ることで涼んでいたが、海に入ることも悪くないだろう。
ふんどし一枚になった小次郎はぐっぐっと体を動かしていた。途中で足がつっては大変だ。準備体操は欠かすことはできない。体を解したあとは、足先から体を海水の温度に慣らしていく。