生まれてはじめて「つきしまぁ、せっぷんしたい」
「こどもはせっぷんなんていいませんよ」
「じゃあきっすしたい」
「きっすて。おじさんみたい」
カラスが鳴くから帰る時間帯。公園の遊具の裏。薄暗く見つかりづらい秘密の場所。音之進と基は肩と肩をくっつけ座っていた。子供らしいハイトーンの声で子供らしからぬ話をしている。
「なかみはおじさんじゃろ」
「おれはおじさんじゃないです」
「わたしよりとしうえ!」
「いまはおないどしです」
「きぇん。たしかに」
見た目は5歳ほどの少年ふたり。一方はサスペンダー付きのいかにもお坊ちゃんという服装をしていて、もう一方はTシャツにハーフパンツというラフな格好をしている。どうやらキスをするかしないかで揉めているらしい。
「じゃあ、しょうがっこうにあがったらしよう」
「かんがえておきます」
「ゆびきりせぇ!」
「めんどくさい」
「月島、ちゅーしよう」
「まだ早いですよ」
「約束やぶるのか!」
「絶対するなんていってません」
基のランドセルが少し潰れてきた頃、音之進が思い出したかのように迫ってきた。基はそう感じたが実際のところ音之進は機会を伺い続けていた。
「おれたちまだ小学生です。そうじゅくすぎます」
「今さら……お前と私のなかだろ」
「その姿でかっかみたいなこと言われると面白いです」
「はじめぇ」
「その呼び方してもだめですから」
音之進はぐにゃりと上体を反らせ地面に落ちた。こういった行動をとるせいで音之進のランドセルも少しだけ潰れている。相当いい物だろうにと月島は少し頭が痛くなった。
「もう少し、大人になるまでがまんしてください」
サッカー部の練習試合の帰り道。今日は何とも調子が悪く音之進も基も思うようなプレイができなかった。音之進に至ってはうっすらと瞳が潤んでいる。
「……惜しかったですね。鯉登さんあんなに活躍してたのに」
「お前だって。いや、みんな頑張ってた。でも上手くいかんかった」
だからこそ悔しい。
基の心の中には、音之進の好きな部分が尽きることなく存在している。何かに全力で向き合いこういうところも大好きで尊敬できる部分だった。昔も今もこの人の真っ直ぐさに救われている。
「あの、鯉登さん」
「ん。なんだ」
「俺、今すごく貴方にキスしたいんですけど」
「ヒッ……キェッ!?」
音之進は俯き気味だった顔を勢いよく上げた。目に溜まった涙も一気に引っ込む。
「今はご気分じゃないですか」
「お、お前……何でこんな時にっ。今は汗くさいし服も汚れとるし歯も磨いてないのに!」
「確かに。今汚い顔してますよね俺」
「いや、私のことぁ!」
せっかく今世の初キスなのにこんな状態では……と音之進は慌てふためく。この人のことだからロマンティックなシチュエーションで初キスに洒落込もうとしたのだろう。本当に可愛い人だと基が珍しく微笑み、音之進はさらに混乱した。
「む、むぜぇ……どうしたらいい、月島ぁん……」
「じゃあ目を閉じてくださいよ」
「キェェ……」
頭を抱えその場でぐるぐる回っていた音之進だったが、恐る恐るといった風に目を閉じた。
「膝曲げて」
「う……」
基がねだると大人しく膝を曲げ、顔を近づけてきた。
「今の貴方、歴代五本の指に入るくらい素敵ですよ」
「お前、本当にどうしたんだ月島ぁ……」
常にない甘い言葉に音之進の顔が真っ赤になった。そんな彼と同じくらい赤くなった基は音之進の両手を掴み軽くつま先立ちする。初めてではない、初めての柔らかさだった。