みてるよ「分類上はゾウに近く胃はウマに、骨格はサイに似ているそうです」
「つまり……何なんだ?」
「それがキボシイワハイラックスです」
きっかけはいつも通り鯉登さんの一言だった。鶴の一声ならぬ龍の一声。数日前SNSで見たクオッカがいたく気に入ったらしく、ここ最近は嬉しそうにクオッカサーチをしていた。小さくて丸くてぴょんぴょん跳ねて可愛いとのこと。俺はそんな動物にめろめろになっている貴方の方が可愛いと思うんですが。
なんと国内でクオッカを見れるのは隣の県の動物園だけらしい。それを知った鯉登さんが案の定である。
「そんなに近くなら行くしかないだろう!」
お隣の県とはいえ、国内10本の指に入る大きな動物園だ。やはり都心部ではなく郊外にある。急行を乗り継いでもそれなりに時間がかかりそうだった。
多少の面倒くささは鯉登さんの顔を見ると吹き飛んでしまう。生のクオッカを眺める鯉登さん。それはそれは嬉しそうな顔をするだろう。電車で行くならば片道およそ2時間。結構じゃないか。
「では次の休みに」
「うん、楽しみだ!」
「クオッカを見れる時間は決まってるようなので、早起きしないとですね」
その日は他にこんな動物がいるだとか、そういった話をしながらふたりで寝落ちした。
はたして、念願のクオッカに対面した鯉登さんはすごくよかった。はしゃいで少し大きな声を出すかと思いきやそんなことはなく、きらきらした目でクオッカに熱視線を送っていた。たまにぴょんと跳ねると嬉しそうにこちらを見て、俺の裾を引っ張ってくる。まさに子どものようで微笑ましい。こんな顔が見れて俺も満足だ。確かにクオッカも可愛かった。鯉登さんには敵わないが。
広大な動物園には他にも色々な動物がいた。プレイリードッグ、コアラ、モルモット、グンディ、マヌルネコ。それ以外にも数えきれないほど動物がいる。鯉登さんの好きなタイプの動物が沢山だ。
開演直後から入園し、色々な場所を周っているとあっという間に夕方になった。ちょうど園の端に居たためゆっくりと出口へ戻ることにする。
「どの動物も可愛かったな」
「はい」
「うふふ。お前がそういうなんて珍しい」
動物を愛でる貴方が一番可愛かったです。なんて、外では言えない。さすがに羞恥が勝る。出口近くまでゆっくり歩みを進めると、まだ見ていないブースに気づく。はじめは園の奥を攻めようと入り口近くはさらっとしか見ていなかったのだ。鯉登さんもそれに気づき、まだ少し余裕があるため近づいていく。
「見逃すところだったな。これは……キボシイワ、ハイラックス?」
「はじめて聞きます」
「私もだ。どれ……」
ガラスを覗き込む。岩の上に木でできた小屋のようなものがあった。外にはいない様子で、ふたりでその小屋を眺める。
「なかなか出てきませんね」
「あぁ……お」
「お」
数分待っていると、小屋からひょっこりと横顔が見えた。灰色の毛に黒くつぶらな目。黒い鼻はツンと前に張り出ている。何となくネズミを彷彿とさせた。鯉登さんが写真を撮ろうとスマートフォンを構えると、それに反応したのかこちらへ視線をよこす。
「……あやつ、笑ってないか?」
「……笑ってるかもしれません」
こちらを見たキボシなんとかは、口角をにっと持ち上げていた。シニカルに笑っているようにしか見えない。
「あ、もう1匹きたぞ」
「……もう1匹も笑ってますよ」
「キェッ……なんなんだあやつらは」
名前を検索してみると、やはりどれも同じような表情をしていた。この表情が標準なんだろう。
「鯉登さん、こいつらはこの顔が普通みたいですよ」
「この表情でか……心なしか笑われてる気分になる」
鯉登さんは軽く困惑しつつも目を逸らさない。あちらも変わらずにっと俺たちを見ている。絶妙な表情をしつつも、時折ぺろりと舌を出す。小さくてピンク色の舌だ。ちろちろと動く様がやけに印象的である。
「……鯉登さん、もうすぐ閉園です。そろそろ出ましょう」
「分かった」
閉園のアナウンスが流れたため、すぐ近くの出口へ向かう。歩みを進めながら鯉登さんはそわそわと2、3度振り返る。奴らもこちらを見ていた。
「月島ぁ、またここに来よう」
「あいつらが気に入りましたか?」
「……クオッカが気になるだけだ。別にあいつらを見たいわけじゃ」
あいつらとしか言っていないが、やはりキボシイワハイラックスが気になっているらしい。
しばらく、鯉登さんの検索履歴にはキボシイワハイラックスが残っていた。