君をもっと知りたいな「ミーアキャットって、いうほど猫っぽくはないな」
俺たちはミーアキャットの展示場に向かいながら歩いていた。鯉登さんが俺の顔を見て呟く。この人は疑問を共有したがる。俺に対して意味を聞いているわけではない。謎を共有し、一緒に考えたいのだと思う。即物的とまではいかないが俺はあまりそういった考え方をしない。答えがあるような疑問であればすぐに調べてしまう。しかし鯉登さんのこの投げかけに付き合うのは嫌いでない。寧ろ好きかもしれない。
「例えば、ネコ科だったりするのでは」
「そうなんだろうか」
「どうなんでしょうね」
深い意味のない会話だ。もし馴染みのない人間とであれば居心地が悪くて堪らなかったろうが、俺たちの間ではよくあることだった。「嘘」という漢字はよく見てみると悲しくなるだとか、モルモットはどうしてあんなに色柄が違うのだとか。アイスクリームは結局どの季節に食べるのが一番美味いのかだとか。その度、俺たちはこれまたとるに足らない会話を繰り広げるのだった。
今日は日差しが強く、地面から日差しが照り返してくるような気がした。外出前に鯉登さんに塗られた日焼け止めがあくせく働いているだろうか。
熱されたコンクリートを踏みしめ歩みを進めていくと順路の看板があらわれた。
「ミーアキャットはあっちだ。ライオンは後で見にいこう」
「はい……あ」
「どうした?」
「これ」
順路には動物名が英語で表記されている。ミーアキャットの綴りを指差すと鯉登さんが腰を曲げて顔を近づけてきた。近い。
「“meerkat”か」
「猫ではないようですね」
「こう書くとは知らなかったな」
「はい。キャットなので、てっきり猫かと思いましたよ」
catだと思い込んでいたがどうやら違ったらしい。真横にある鯉登さんの顔を見ると、軽く頷きご満悦な表情だった。
「……ふふ」
「……?どうしました」
「なんとなくな」
鯉登さんは長い脚でステップを踏み出しそうな、いたくご機嫌な様子だ。早く行こうと手を取られ目的のエリアまで進んでいく。何が鯉登さんを上機嫌にさせたのかは分からないが、良いことがあったなら結構だ。
ミーアキャットがいる場所まで着くと、すぐに猫とは違うと分かった。2本の脚で真っ直ぐに立ち上がり周囲の見張りをしている。全員がそうしているわけでなく、群れの中の一部が見張りをしている。
「立っているのは見張りか、日光浴だったりするようだ」
展示されていた解説を読みながら鯉登さんが言った。
「なんとなく、あいつは見張りをしている気がします」
「どれ」
「あそこの」
群れから少し離れた場所に1匹のミーアキャットがいる。そいつは直立不動でその場に留まっている。他のやつらは立ったと思えば四つん這いになったり、自由に動き回っている。しかしその1匹は動かなかった。
「動かないので、あいつは見張りをしているのでは」
「……そうかもしれん。お前に似ているから」
「俺にですか」
「うん」
いったいどこが似ているというのか。小さな動物と坊主の人間に共通点はない。
「どこが似ているんですか」
「ああして立っているところが、よく似ている」
鯉登さんの顔を見上げる。それは懐かしいものを見る時の目だった。