「ひとりで行くなと何度言わせるんです」
些細なことだった。今となっては理由など覚えていない。何かに目を奪われた私がひとりで走り出す。私にとっては日常の、いつもどおりの事だったと思う。しかし月島にとってはそうでなかった。
この男は元来、おのれの感情をあまり表に出さない。永く共に過ごすことで愛情であるとか、そういった明るい感情は比較的分かりやすく見せるようになってきた。しかし負の感情はいまだに胸に押し込めがちだ。怒り、悲しみ、苦しみ。悪い癖だ。こればかりは中々直らない。殻の中に閉じ込める。それが今夜はひび割れた。
「しつこいとお思いですか。ですが私は謝りませんよ、あなたが聞かないんですから」
「つきしま」
「そう呼べば、私が甘く見ると思っているのですか」
あぁ、あの時の目とよく似ている。
「月島、私が悪かった」
「……」
「久々にふたりで出かけただろう。嬉しくてつい我を忘れてしまった。すまん」
「……そんなことを言っても」
「月島。こっち見て」
何もなあなあで流そうなどとは思っていない。月島が私のこの声音や目に弱いことは知っているが、それで許してもらおうとは思っていない。しかし今の月島に言葉は届かなさそうだった。
何度顔を覗き込んでも逸らされ、月島は腰を上げようとした。自室に籠城されては長期戦になる。それはまったく本意ではない。せっかくの休日だというのに。
「待って!」
「な……」
必死で月島の腕にしがみついた。今の私の姿であれば片腕で持ち上げることもできるだろうが、月島は困った顔で私を見下ろしている。こんな顔をさせてしまったことが苦しかった。数秒見つめあい私たちは再びソファに腰を下ろす。
「月島、本当に悪かった。ごめん」
「……」
月島さ片手で顔を覆い、ソファの背もたれに深く沈んだ。長いため息が部屋に溶けていく。
「……貴方のような見目がいい猫は、いつどこで誰が見ているか分かりません。いくら前世が軍人といえども現代には現代の危険があります」
「うん」
「俺は今の貴方を片腕で持ち上げることだってできます。同じくらい力がある奴や、あるいは複数人なら貴方を拐うことなんて……簡単にできてしまうかもしれない。よく聞くでしょう、貴方たちのような猫を狙う者もいると」
否定したかったが、今はその時でない。それに今の私に力が足りないのは事実だ。刀があれば話は別だが、発展途上の身体には十分な力がなく筋肉も少ない。
「昔、貴方にあんなことをした俺がこんなことを言える立場でないことは分かっています。分かっているんです……ですが」
「月島、いいんだ。そう思ってくれていて」
「すみません、閣下。俺は」
失うことの恐ろしさは私もよく知っている。月島にも同じように。
微かに震える月島の手は冷えている。私たちは夜が更けるまで手を離さなかった。