むだい「もう知んねぇ!」
些細な喧嘩で飛び出していった。
最初こそすぐに帰ってくるだろうと高を括り「勝手にしろ」と突き放した言い方をするも、待てど暮せど帰ってこない。晴れ渡っていた空もいつしか二人の心模様を映すかのように暗雲立ち込め、何処かに落ちたと思うくらい大きな雷鳴の轟きと共に桶をひっくり返したような大雨が降り注ぐ。いつの日か聞いた苦手なものに挙げられた"雷"、身体を丸めて震えているのではないか⋯そう思っている間にも稲光が走り轟音が鳴り響く。もう喧嘩なんてしている場合ではない、意地なんて張っている場合ではない。
思考より先に身体が動く。雨傘など邪魔になる、玄関に回るなんて手間だと縁側を飛び越え雨音激しくなる地に足をつけ、そのまま走り出す。水溜りに足を浸ける度に跳ね返る泥水、白地の内番服をこうも泥塗れにしては怒られるだろうな、と思いつつも闇雲に探し回る。宛が無いわけではなかったが一向に見つからない。すっかりずぶ濡れだが、先に外に出た男主の方が更に酷い状態だろう。溜め息を吐くと同時に何処からともなく「っくしゅ」と小さなくしゃみが聞こえた。耳を澄ませ、続けて鼻を啜る音の出処を探り当てると、紫陽花畑の中雷鳴に怯え動けずその場で震えている男主を見つけた。
「⋯っ」
突然現れた鶴丸に心底驚いたのだろう、声にならない悲鳴を上げ瞬きする度に頬を流れるものは雨だか涙だか解らない。ふと伸ばされた手を優しく包み込み、そのまま抱き締める。上から下まで酷く濡れ芯まで冷えきり、さらに強まった雨が容赦なく二人の身体に打ち付ける。
「⋯主、⋯怖かったろ?こんなに震えて⋯もう大丈夫だ」
このままでは風邪を引く。立つよう指示するもまだ怒っているのか、視線は合わない。
(やれ⋯強情だなぁ。ま、そんな所も可愛いんだが)
一瞬の隙をつき所謂姫抱きをすると、男主の理解が追いつく前に本丸へと走り出した。