おうちデートでしかできません「いい天気!」
カーテンをあけて、窓をあけて。
気持ちいい風が吹き込んでくる。どこか秋の匂いを感じる風に近くにある公園の方を見れば、木々の葉っぱが淡く色づいていた。
「お弁当を作って公園に行くのもいいけど、今日はアレをやるつもりだから今度かな」
今日はお昼に神楽さんが来てくれることになっているから、それまでに掃除洗濯含めて家事全般と今日の準備を終わらせようと、さっさと身支度を済ませてとりかかる。
鼻歌まじりにまずは洗濯。平日は浴室乾燥にかけてしまうけど、休日かつ晴れている場合は外に干す。なんとなーく、太陽と風の香りを吸い込んでいる休日の洗濯物の方が気持ちよく感じる。掃除機をかけて、シンクを磨いて、玄関の掃除をすれば見た目も気分もスッキリする。
「気分がいいと進みもはやい!」
誰も聞いていないのについ声を出してしまう。ひとりで静かにやるのはこんないい天気の日は少し淋しい気がする。
……うーん、喜んでくれるといいけど、無理そうだったらすぐに変更できるようにしておこう。
*
「泉、これ」
神楽さんが差し出したのは、よく冷えた白ワインだった。
「ありがとうございます。これ、この前美味しかったやつですよね?」
「そう、君があっというまに飲み干したやつ」
「ちゃんと味わって飲みましたよ。それより、どうぞ」
部屋の中へと促せば、神楽さんが脱いだ靴をキレイに揃えていた。
……ちょっとした所作も綺麗。
「何にやけてるの」
「素敵だなって思ってただけです」
「もう酔っ払ってるわけ?」
なんて言いながらも神楽さんの頬はほんのりと赤い。
「酔ってないですよ。酔うのはいただいたワインを飲んでからです」
神楽さんいわく座り心地はたいしたことないけど、君の部屋ならこれくらいで十分じゃないのと言っているソファーに案内する。神楽さんが普段つかっているソファーはうちのソファーの十倍以上するだろうから、比べては行けない。でも、そんなことをいいつつここでレース編みをしたり、疲れていると時々うたた寝していたりするので、本当は気に入っているはず。
「……ねえ、ちょっと」
ローテーブルにセットされたアレに神楽さんが眉を潜める。
「今日はこれを使ってワインパーティーですよ。タコはいませんし」
「タコなんか用意してたらこのまま帰るとこだったけど」
「まあまあ、ほら、見てください神楽さん。赤、白、茶色。ピンクに黄色、緑とカラフルですし、地獄の釜はもう具材で埋まってますし、アヒージョにしたので、たこ焼き液に沈んでいく姿も見えないですし、ね!」
必死に言い募る私に向かって神楽さんは仕方ないなという風な、でもちょっとだけ、そうほんのちょっとだけ楽しそうな笑顔を見せた。
「あの白いのはチーズ?」
「そうです、カマンベールチーズです」
「にんにくの匂いがすごいんだけど」
「アヒージョににんにくなしなんて邪道じゃないですか?」
私だってデートでにんにくはどうかと思う。でも、あのたこ焼きパーティーのリベンジというか、一緒に楽しい想い出に変えたいのだ。
「仕方ないからつきあってあげる」
ほら、ワインあけるからと、オープナーでさっさとワインのコルクをあける。グラスに注がれた淡いはちみつ色を眺めながら、二人で乾杯をした。
「神楽さん、好きなのをとってくださいね。具材はたくさん用意してありますので」
取皿と直接刺しやすい小ぶりなフォークをすすめれば、神楽さんが私に聞いた。
「君のおすすめは?」
「パプリカです」
「そう。だったら、食べさせて」
「はい?」
……これは、もしかして。
「ほら、早く」
焦る私の顔を見ながら、神楽さんは楽しそうに急かしてくる。
私はおすすめしたパプリカをとり、少しだけふいて冷まして、神楽さんの口元に持っていく。
「えーと、その……あーん」
ん、と短く返事をしながら開いた口にパプリカを入れる。
「まあ、悪くないんじゃない」
君限定だけどねと耳元で囁かれ、お返しとばかりにエビを「あーん」で食べさせられる。
「美味しい?」
「美味しいです」
一緒だから美味しい。一緒だから楽しい。一緒だから幸せ。
僕もと答える神楽さんと顔を見合わせて笑いあった。