そういうこと、オレはしたいぞ!通り雨
ザーっという音が辺り一面に響いている。路面には、いくつもの雨粒が落ちていた。
今日は雨予報ではなかったため、ショーの買い出しに出ていた僕たちは雨具の用意など持ち合わせておらず、一旦公園の滑り台の下に避難していた。けれど、移動するまでにずぶ濡れになってしまったため、身体も冷えてきている。
隣でブルッと司くんが震えているのを見て、僕は鞄からタオルを取り出した。けれど、そのタオルも濡れてしまっていて、渡すに渡せない。
「司くん、大丈夫かい?」
「ああ。だが、このままここにいても、身体が冷える一方だな……」
鞄の中を見渡しても、役に立ちそうなものは一つもなかった。司くんを一人で待たせることになってしまうけれど、コンビニまで走って着替えや温かい飲み物を買ってこようか。そう思って司くんに話しかけようとすると、それよりも先に司くんが口を開いた。
「ここからなら、オレの家の方が近いよな。行くまでにも濡れてしまうが、オレの家で雨宿りをしよう」
「え、司くんの家にかい?」
「ああ。早く風呂にでも入って身体を温めないと、本当に風邪を引いてしまうぞ」
「けれど、こんなずぶ濡れの状態でお邪魔してもいいのかい?」
「今日は家族が夜まで帰ってこないから、気を使う必要はないぞ。まぁ、家族がいても、みんな気にしないだろうがな」
「……なら、お言葉に甘えようかな。僕の家まで帰ろうとすると、身体が冷え切ってしまいそうだしね」
ここで断ったとしても、司くんは僕がうんと言うまで頑なに家に誘い続けるだろう。司くんの身体をできるだけ冷やさないためにも、僕はすぐに頷いた。
「では、走るぞ、類!」
そう言って、司くんが駆け出していく。僕も続いて、司くんの横に並んだ。
隣では、うぉおおおっと言いながら、司くんが全力で走っている。こんな雨の日でも、彼は賑やかなのだ。
身体はずぶ濡れで、シャツは肌に張り付いて気持ちが悪いけれど、雨の中を司くんと走るのは、なんだか気持ちがよかった。
□□□
バタン、という音がして、玄関の扉が閉まる。
司くんの家に着くまでに、ズボンの中でさえも濡れてしまうくらい雨に降られてしまった。
「すぐにタオルを持ってくるから、類はリビングで待っていてくれ」
司くんはそう言うと、バタバタと奥へ行ってしまった。
さすがに濡れたままリビングに入るのは気が引けて、僕はそのまま玄関で待つ。すると、戻ってきた司くんはすぐに怒ったような表情になった。
「おい、こんなところにいたら、寒いだろう。濡れたままでいいから、部屋まで入ってこい。ほら、タオルで先に頭を拭け」
「わっ」
タオルを頭に乗せられ、ゴシゴシと拭かれる。そして、司くんに手を握られたかと思うと、そのままリビングまで連れていかれた。
「床が濡れてしまうよ……!」
「だから気にするなと言っているだろう。ほら、次は風呂に入るぞ」
「ちょっと、司くん……!」
またまた司くんに手を引かれる。着いた先は、お風呂場だった。
「脱いだ服はこのカゴの中に入れてくれ。お風呂を溜めている間にシャワーを浴びるぞ」
「え、一緒に入るのかい!?」
「なんだ、嫌なのか?」
「いやというか、その……」
僕はその先が言えなくて、言いよどんでしまった。
僕と司くんは、1カ月程前から交際している。けれど、付き合いは清いもので、キスさえもまだだ。司くんの裸なんて、着替えの時にしか見たことがない。しかも、もちろんシャツとパンツは身に着けた状態だ。
だから、今から司くんとお風呂に入るということは、初めてお互いの裸を見せ合うということなのだ。好きな人のまっさらな身体を見るだなんて、僕自身色々と我慢できそうもない。だというのに、司くんはあまり気にしていなさそうで、僕は少なからずショックを受けていた。まるで、僕だけが意識しているようだ。
「だが、一緒に入らないと、片方は温まることができないぞ?」
「それはそうだね……。よし、大丈夫。一緒に入ろうか」
「なんの気合いを入れたんだ?」
「色々な気合だよ」
僕は精神統一のために、深呼吸をする。そうして、シャツを捲った。隣では、司くんが服を脱ぎだしていた。白い肌がちらりと見えて、僕は慌てて目線を逸らす。
二人ともが着替え終わると、司くんは脱いだ服を洗濯機にかけてくれた。乾燥機も付いているそうで、そのまま乾かしてくれるらしい。
「よし、風呂に入るぞ!」
バーン!と音を立てて、お風呂の扉を司くんが開いた。あらかじめ暖房をつけてくれていたようで、お風呂の中は温かい。
「司くんが先にシャワーを浴びてね」
「な、それは駄目だ!お風呂がまだ溜まっていないから、類はそのままで待たないといけないんだぞ!」
「それは司くんも一緒じゃないか。それに、暖房をつけてくれているから、寒くないよ」
「だが……」
「ほら、言い合っている間にも、身体は冷えていくよ?司くん、先に浴びてね」
「むむ……なら……!」
司くんはシャワーのヘッドを持ったかと思うと、こちらに向けてきた。そして、そのまま蛇口を捻ったようで、温かなお湯が僕にかけられる。
「わっ!」
「どうだ、温かいだろう!そして、このままくっつけば……!」
シャワーを持ったまま司くんがこちらに詰め寄ってくる。なんとなく司くんのしようとしていることが読めてしまい、僕は頭を抱えそうになった。
「まさか、このままくっついて、一緒にシャワーを浴びようとか思っていないよね!?」
「え、その通りだが」
僕の口から、大きなため息が出る。
恋人と二人きりで、裸の身体をくっつけあう。そんなもの、どうにかしてくれと言っているようなものだ。けれど、司くんにはそんな気がないようで、名案だろうとばかりに胸を張っていた。
「あのね、司くん……」
僕は抗議するために、司くんからシャワーヘッドを奪おうとした。けれど、タイミング悪くお風呂が沸いたメロディーが鳴ってしまった。
「お、もう風呂が沸いたようだな。よし、一緒につかるぞ!」
「ちょっと……!」
司くんはシャワーを戻し、僕の手を掴んで一緒に湯船に入ろうとする。
「え、この中に男二人で入るのかい!?」
「そうだが。確かに多少は狭いが、くっつけば大丈夫だ!」
「ああ、もう!」
司くんは本当に何とも思っていないようで、今度こそ頭を抱えた。一度そういう目に合わないと、司くんは分かってくれないのかもしれない。……ちょっとやってみようかな。
「くっついて入ると、より温かくなるぞ?子どもの頃は、咲希とこうやって入っていたなぁ」
けれど、幸せそうな司くんの様子に、さすがの僕も手を出すのは止めておいた。
精神統一をして、僕も湯船に足を入れる。そして、司くんと向かい合って座った。
「なぜ、向かい合っているんだ」
「え、なぜって、こう入るしかないだろう?」
「違う!くっつくというのは、こういうことだ!」
ガバッと立ち上がったかと思うと、司くんは反対を向いて、僕の足の間に座ってきた。そう、足の間である。
「つ、つか、司くん!?」
「ほら、温かいだろう?……気持ちがいいな」
「あ、え、そうだね」
正直なところ、僕は温かいとかそんなレベルではない。身体は灼熱に晒されたかのように熱くなり、胸はドキドキと高鳴っている。
いや、だって、自分の足の間に、好きな人が裸で座っているだなんて、誰だってそうなるだろう。
「あの、えっと、司くん……」
「む、類、お前……」
大変なことになる前に退くよう声をかけようとすると、司くんが急にしかめ面になった。
一体どうしたのだろうか。まさか、僕のものが大変なことに……。そう思って、一気に青ざめる。司くんに引かれたのかもしれない。
「ど、どど、どうしたの、司くん」
「足、オレよりも、長いんだな……」
ずーん、と言った様子の司くん。えっと、何の話だろうか……?
「どういうことだい?」
「オレの足と並べたら、お前の方が長いぞ……。なんということだ……」
「そりゃあ、身長が、ね……?」
「オレの足はすこぶる長いと思っていたのに……」
「いや、えっと、大丈夫だよ。司くんは身長の割には長いと思うよ」
「む、そうか!?」
「うん、そうそう」
ニコニコと笑顔を張り付けて言うと、司くんは嬉しそうに笑った。キラキラとした表情を間近で受けて、そのかわいらしさに胸を押さえた。
「よしよし、気分も良くなって身体も温まったし、そろそろ上がるか!」
ザパーンッと司くんが湯船から立ち上がる。そうすると、司くんの丸いお尻が目の前に来て、僕は思わず目を閉じた。
「つ、つかさくん……」
「ほら、類も上がるぞ!」
「はい……」
何回目かも分からない精神統一をして、僕も司くんの後に続く。
お風呂を出ると、服は乾燥まで終わっていたようで、僕たちはそのまま着替え始めた。
今日はなんだか疲れてしまったし、長居するのも申し訳ないから、着替え終わったらすぐにお暇しよう。そう決めて、僕は急いで服を着ていく。
「じゃあ、僕は帰るね」
「は?待て待て、髪も乾かさずにどこに行くつもりだ」
「いや、もう、大丈夫だよ」
「風邪を引かないようにとオレの家に連れてきたのに、意味がないではないか!ほら、こっちにこい!」
そう言って、司くんはドライヤーを持って僕を引っ張っていく。辿り着いた先は、リビングだった。
僕をソファーに座らせた後、肩に掛けていたタオルでわしゃわしゃと頭を拭かれる。
「このオレが、類の髪を乾かしてやるからな!それまで、帰るんじゃないぞ」
「……分かったよ」
何を言っても無駄だろうと、僕は身体の力を抜いてソファーに座る。実際は、司くんに頭を拭かれるのが気持ちよかったのだけれど。
ブォオンという音を響かせながら、司くんがドライヤーを動かしている。時折指で髪を梳く動作が気持ちよくて、思わずうとうととしてきてしまった。
「類?なんだ、眠いのか?」
「ううん……、ちょっと、ね」
「なら、少し眠っているといい」
「そんな、悪いよ……」
「終わったら起こしてやるから。その後、オレの髪も乾かしてくれ」
「なら、少しだけ……」
司くんの手が気持ちよくて、瞼がどんどん下がってきてしまう。それに、冷えた身体が温まったこともあり、睡魔が襲ってきているのだろう。少しだけならいいかと、僕は抗うのを止めて、目を閉じた。
首がカクッと落ちて、意識が浮上する。ドライヤーの音は聞こえないため、もう髪を乾かし終わったのだろう。なら、目を開けないと。そう思って、うっすらと目を開けようとする。けれど、僕はすぐに目を見開いた。
唇に、柔らかいものが触れた感触が走る。温かくて、どこか甘い——
「つかさ、くん……?」
「は、類!?起きて……!」
こぼれ落ちそうなくらいに目を丸くしている司くん。その顔はどんどん真っ赤になっていった。
「え、今……」
「な、なんでもないぞ!?なんでもない!」
司くんは、わたわたと腕を動かしながら大声で叫んでいる。先程まで冷えていたのが嘘だったかのように、全身真っ赤になっていた。
僕は、寝起きの頭をフル回転させる。唇に、温かくて、甘くて、柔らかい感触が、したような——
司くんの方をそっと見ると、司くんは唇に指先を添えていた。そして、感触を確かめるかのように、フニフニとしている。
……気づかれないとでも、思っているのかな。このまま、誤魔化せるとでも。
どうやら、恋人らしく触れ合いたいと思っていたのは、僕だけではなかったらしい。僕は、勢いよく身体を起こし、司くんの肩に手を置いた。
「は、え、類!?」
「司くん、もう一度、ちゃんとキスをしよう?」
「な、え、バレて……!」
「フフ、今度は僕からするからね」
唇を触っていた司くんの手を取り、ギュッと握る。
司くんは目を白黒とさせていたけれど、僕はそんなものは知らないとばかりに顔を近づけていった。
雨はもう止んでいたけれど、僕はまだまだ帰りそうになかった。