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    sssttmy

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    傑硝
    ※反転術式や呪力についての独自解釈を含みます。

    最高のセックスをした男との話 あの日、後の人生で振り返っても一番といっても過言ではないほど、最高に気持ちの良いセックスをしたのを覚えている

    「……やあ、お目覚めかい」
    「うわあ…」
    「つれないな」

     その男は恋人でもなければ愛しても居ない私を、まるでいっとう愛する女にするように優しく、そして激しく抱きつぶした。
     まるで恋人にするかのように私の寝顔なんて見つめて目覚めを待ったかと思えば、優しく額にキスをしてそんなことを言った男に、私はどうしても耐え切れず表情を崩した。
     だってこうでもしなければ勘違いしそうなほどにその眼は優しかったし、この態度が数々の女をメンヘラに製造してきたんだなと思うと寒気がしたので。

    「怖ッ、勘違いしそうになるじゃん」
    「勘違いじゃないよ」
    「だからやめなって。そういうの」

     少し残念そうに笑って、そいつは私にもう一度キスを落とす。

    「何食べたい?」
    「夏油のレパートリーって麺類じゃん」
    「何かご不満でも?」
    「いいえ、うどんで」
    「OK」

     その男――夏油傑とは、寮生活での付き合いも三年目に突入して少し経ってからこんなことになってしまったので、それはなんだかとても不思議な気分だった
     もちろん、別に悪い気分ではなかったけれども。



    「どうだった?」

     それを聞いたのは私からだった。
     特に他意があったわけじゃない。
     別に返事が気になるわけでもない、ただの世間話のつもりだった。
     つるつると、まずくはないが特別うまいわけでもない、いつもの夏油の味付け(だいたいめんつゆで出来ている)が喉を通る。
     きっと、夏油に聞かれたら男としてどうだとか文句を言っただろう質問で、でもきっと、おそらく夏油から問いかけてくることはないであろう言葉。

    「ちょっと良すぎてびっくりしてる」
    「奇遇だね」

     そりゃあ、一晩であれだけ盛って来られたのは私も初めてだったから、それはお互いにそうなんだろう。
     気絶することすら許してもらえず責め続けられたので、未だに体がだるい。
     そもそもお互いに疲れてる筈だったんだけど、どうしたこったろうねえ。
    二人きり暗い部屋でゴールデンタイムからテレビ画面が砂嵐になるまでふけってしまったのだから。

    「相性がいいのかな」
    「わかんないけど、なんか、たぶん私、中でイッたの初めて」
    「マジ?」
    「大マジ」

     何の気はない、口をついて出た言葉だったけれど、あまりに嬉しそうに微笑むので、少し気まずい。
     でもそれは事実だった。今まで私を抱いてきた男たちは、きっと独りよがりな下手くそだったのだろう。
     中学の時に半ば強引に押し倒してきた先輩も、高専に入ってからこっそり付き合った補助監督も、夏油に比べればそんなもんだ。
     だからといってセックスが嫌いだったわけじゃない。
     それなりに気持ち良いことが好きだったし、元カレたちとするのも別に嫌々ということはなかった。
     だからこそ夏油の誘いを断らなかったし、こうして共にセックスをした後に食事なんてしてしまっている。
     そこで気づいたのだけど、朝起きて男がまだ同じベッドに居るの初めてかもしれない。
     今までは私がさっさと服を着て自室に戻ったり、家に帰ったりしてしまっていた。
     もしかしてあの男たちもこういうことがしたかったのかもしれない。どちらも、フラれたのはいつだって硝子のほうだった。

    「悟が知ったらどう思うかな」
    「やめなよ。喫煙所行くのだってスネるんだから。自分は好き勝手するくせに」
    「今岡山だって。メール来た?」
    「来た。気分悪い田舎の悪口がいっぱいだったから最後まで読まないで削除した」
    「はははは、私達も大概田舎育ちだからね」
    「ボンボンにはわかんねーって」

     五条の名前が出たついでに、例えば五条にこんなこと提案されたら乗っただろうか? なんて想像をしてやめた。
     あいつは私のことを大概マスコットか何かとしか思っていないし、絶対にそんな提案はしてこないだろう。
     今回のことも不意にバレたらきっと嫉妬されるのは私の方だ。
     夏油にはそんな自覚が無さそうなのも厄介な所だけど。
     こいつはきっと、五条は私でなく自分に嫉妬すると思ってそんなことを言い出しているし、私の返答を聞いてもその勘違いは修正されていない。

    「悟には知られたくないな」
    「言わなきゃバレないよ。あいつ男女の機微とかわかんないでしょ」
    「六眼でわかったりしないかな、そういうの」
    「えこわ、やめてよ。なに、セックスしたら呪力の流れが繋がったりしちゃうっていうの?」
    「そこまでは言わないけど、でも、それぐらい計り知れないからね。悟の眼は」

     もしそうだとしたら、何としてでも五条の眼をつぶさなくてはならない。やば、ムリゲーじゃん。詰んだわ。

    「でも実際どう? そういう呪力の流れを感じ取るのは、硝子の専売特許でもあるだろう?」

     反転術式を使うには、対象の呪力の流れにうまく乗る必要がある。五条のように、自分には掛けられるけど他人には使えないという呪術師が居るのはそういうことだ。
     ていうか六眼があるんだから本気出せば五条も出来るんじゃないの? なんて思ったりもするけれど、幸いにも? 未だに私の専売特許は守られたままだ。
     それよりも順転への応用の為に使うことが目的なので、そもそも私と五条では使っている力が同じでも、目的が全く違う。

    「さすがにそれは見ただけじゃわかんないよ。元々感覚でやってるし、試しにやってみる? ちょっと大けがしてもらえればわかるかも」
    「ははは、興味はあるけどやめておくよ。ついでに体内まで覗かれそうだ」
    「まあ呪霊操術なんて使ってる男の身体はいつでも興味あるから、死ぬときは五体満足で戻って来てくれよ」
    「それ五体満足って言うかな?」

     とはいえ、強ち眉唾な話でもなさそうだと思ったのは、その時は黙っておいた。
     実際セックスをすることで、瞬間的に呼吸や思考を共有するような感覚を得たのは確かで、今まで呪力のある補助監督相手でも得られなかった感覚というのが、夏油との間には存在した。
     ただ、それがなぜあの補助監督相手では得られず、夏油相手には得られたのか。その仮説の組み立てが全くできなかったから、夏油の戯れ事だと思ってそれ以上の思考はやめたのだった。

     今思うと、その時それを口にしていたら、また違った結果になったのかもしれない。
     あるいは、目覚めた夏油に微笑み返すだけの度量があれば、なんて。

     その後すぐ、夏油傑は姿を消した。
     人生で最高のセックスをもたらした男が、私を同じように抱く事は二度と無かった。



     残穢、というものがある。
     呪術師や呪霊の呪力の残滓のようなものだ。
     例えば五条は一般的な術師よりも残穢を察知することに長けているし、そもそも呪術師というのは残穢を察知出来て一人前。
     つまり、元を正せば呪術師は他人の呪力を感じ取ることが出来て当たり前ということ。
     もちろん私自身は能力柄残穢を察知するのは得意だし、元々何らかの呪力を判別することも容易い方だと思ってはいた。
     しかしそれはあくまでも至近距離で観測した際の話だ。
     視認したり、あとは、大きな呪力が発生した時に、瞬間的に察知することは当然のこと。
     少なくとも隣の街で発生したわずかな呪力に反応するなんて、そんな芸当五条にだって難しいかもしれない。

     それを、私は今感じ取っている。

     最近の私は、いろんな書類を高専の力で偽造し、通常六年かかる医師免許を二年で取得するために様々な知識を頭に詰め込んで、今は高専で元々医療を行っていた医師の元、初期臨床研修医として働いていた。
     とはいえ高専の医療技術が大概錆びついていた(すぐ私や五条の力に頼ってまともな処置をする機会が減っていたり、そもそも処置する間も無く手遅れになることが多かった)こともあり、私はたびたび外部の“窓”が所属する医療施設の力を求めて外出することも多くなっていた。
     その日は新宿にある大き目な外科にお世話になって、立ち飲み屋で一杯やってから帰ろうか、なんて考えて、――あの日の喫煙所で火をつけたところだった。

     それは決して爆発的な呪力ではなかった。暗闇の中に潜む幼子が必死に声を殺している呼吸のような、そんな、幽かで儚げな、不安定な呪力。
     何かあればすぐに高専の誰かが察知できるように、ハンドバッグにチャーム替わりにつけている夜蛾先生の呪骸は反応していない。そもそも、こいつは私に危害を加える呪力か、もしくは私との一定以上の距離を感知しない限り反応はしない。
     つまり、“私が危険だと判断しなければ、呪骸は高専に通知を送ることもしないし、その対象に危害を加えることも無い”
     そんな僅かな呪力に反応していては、都会の夜の街を歩くだけで高専はアラートまみれになってしまう。

     しかし私は、――夏油だ。そう思った。

     彼が消えてから、時折五条が夏油の残穢を発見しては唇を噛む姿を幾度となく見て来た。持ち帰ってきた遺留物から私自身彼を感じることもあった。
     けれど、街中でこうして、直にその呪力を感じ取るのは初めてのことだ。
     呪骸が反応しないのであれば、夜蛾先生に、――いや、五条に連絡すべきだろうか。

     あの日、ここで別れてから四年間、夏油とは会っていない。

     おかしな話だ。今となっては彼が居なくなってからの方が長いというのに、未だに私と五条はその存在を引き摺っている。
     常々、一人夏油の残穢を感じ取っては感傷に浸る五条を――ズルいな、と思っていた。
     私は直接その残穢を感じることは許されない。最後に会いに来たのだって、五条を呼び出すための餌でしかなくて、――彼が私を抱いたのだって、しょせんは非術師嫌悪の裏返しでしかなくて――。
    「…メンヘラかよ」
     独り言ちて、頭を抱えた。その不安定な呪力に、――会いたい。そう言われているような気がしてしまった。

     もしかしたら、死ぬのかもしれない。
     何かの罠なのかもしれない。
     きっと、私に何かあれば高専の連中は困るだろう。
     しかし、――日ごろからそういう世界で、私たちは生きている。
     そんな中で、私自身が救わなくてはならない存在の為に、何故私だけが大事に守られているのだろう。

     ――この先に、夏油が居る。

     つけたままほとんど吸わずに置いてしまった煙草の火を消して、私はネオン街へと歩き出した。


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