空地の守護者空地の守護者
その日オレはちょっと落ち込んでいて、そんな暗い気分を何とかするためにいつもの公園へ向かっていた。
その公園は通学路の途中にある。地面に半分埋まっているタイヤがいくつかと鉄棒が一つしかない小さな公園で、
影になるところがないから夏場なんかは夕方でも陽射しが痛い。でもその日は五月だったから陽射しもそこまで辛くなかった。
タイヤに腰かけて一時間ぐらい夕焼け空を眺めてたら暗い気分も治るだろう、と公園に入ると、座ろうとしていたタイヤには先客がいた。
「こんにちは、…浮かない顔してるね、何か悩み事でもあるのかい?」
話しかけてきたのはハンチング帽をかぶった女の子で、オレよりも少し年上に見える。顔が帽子で隠れてるけど結構可愛い…でも、
なんでオレに話しかけてくるんだ?オレはビックリして思わず後ずさる。
「あ、あ、待ってよ!何で後ずさって…あ、そうか初対面だったっけ。ワタシ、一応怪しいもんじゃないから!だから安心して!」
と、その女の子は必死に手を振ったりして自分が普通の人であることを主張してくる。
「わかったって。でもさ、あんた誰?何で話しかけてきたんだ?」
「ワタシ?うーんとね、なんて言えば…あ、そうそうワタシはキミの先輩だよ」
「わかんねーって。んで何でここにいるの?」
その先輩の隣のタイヤにオレも腰かける。タイヤが思ったよりも熱くてちょっとビビるけど、でも座る。
オレはその時、多分この先輩と名乗る変な人に興味を持ったのだ。でなければ熱いタイヤにわざわざ座ってゆっくり話を聞こうなんて思わない。
先輩は一瞬だけ困ったような顔をして、それからちょっと考えて言う。
「質問ばっかりだねキミ。何で…うーん、キミが必要としてたんじゃないかな?」
「は?何で会った事もない人のこと必要とするんだよ。……まあちょっと困った事はあったけどさ、」
「あ、待って」
おっとと。オレはこの通りすがりの人になら今日のことを愚痴っても許されるだろう、と思って話す前振りをしてたのに先輩に急に遮られてしまう。
なんだよもう、と思っていると先輩はおもむろに立ち上がり、オレと向かい合う格好になる。思ったより背が高い。
先輩は真剣な顔でオレが待っていた内容を言う。
「キミの名前と年齢教えて。…あっあっまって防犯ブザー鳴らさないで!誘拐目的とかじゃないから!!」
そんなこと言われたって初対面の人にそんなこと言われたら怪しいって思うじゃないか、普通。
「うん、日野 晃一。ひのこういち、12歳ね。じゃあ小6だね、と… ていうか、冷静に考えてこんな子供にしか見えない人が誘拐なんてしないでしょ!
「そ、そりゃそうだけどビックリしたんだって。でも何で名前聞くんだ?ただの通りすがりなのに」
先輩はメモに何か(多分オレのことだろう)をサラサラと書きつけながら言う。
「ん、ちょっとした確認作業だよ。あとね、きっと晃一とは通りすがりだけの関係じゃなくなるよー、ていうか必然だよ」
「えー、何それ。ちょっと困る。めんどくさい」
「ひ、ひどいな…んで、キミは何か言いたいこととかあったんじゃないの?」
そうだった。先輩に促されてオレは今日あった事を話し始めた。
今日の放課後、オレは友達と喧嘩した。すぐに先生が飛んできて結果的にオレたちは仲直りしたんだけど、そこに至るまでがひどかった。
友達が、じゃなくて先生が。
先生はすぐ怒鳴ったり叱るついでに殴るような先生なのだ。今回もオレたちが喧嘩してる所にやってくるなり
「何やってんだ!!喧嘩両成敗!!」と怒鳴ってオレたちにまとめてゲンコツを落とした。
その後延々と一時間ほど説教が続き、その間ずっと正座でオレたちは泣いていた。あまりの理不尽さに泣いていたのである。
「だって俺らの喧嘩の原因、カバンが当たった当たってない、だけなんだぜ?ひどすぎるだろ流石に!!」
タイヤに座りなおしてうんうんと相槌を打ちながらオレの話を聞いていた先輩が急に立ち上がって叫ぶ。
「そうか!それじゃあワタシがその先生を懲らしめてやろう!」
大空に向かって高らかに宣言する先輩にオレは面食らう。
「え、懲らしめるって、先輩が?それマジで言ってる?」
「ああそうだぞ晃一!だってあんまりにも理不尽じゃないか!ふふ、先輩に出来ないことはほんのちょっとしかないのだよー」
と、先輩が得意げかつ意味深に言う。謎の自信に満ち溢れている先輩が、なんだか信じられるような気がしてくる。
でも何をするつもりなんだろう。
もう暗くなるから今日は帰れー、と言われて辺りを見るとだいぶ日が傾いていて肌寒くなってきてもいるので、
オレは大人しく家に帰ることにする。
しかし変な人だったなー先輩。でもいい人そうだったなー。多分もう会うことはないんだろうけどなー。あ、そう思うと残念かも。
公園が一瞬光ったような気がした。
次の日学校に行くと、いつもは早く学校に来て教室にいる先生が今日は来ていなかった。
「おーっすコウ!おはよー」
と挨拶してきたのは昨日喧嘩したレイジである。オレも挨拶を返しながら、ちらほら人が集まりつつある教室を見渡す。
「おーっす。先生は?来てないの?」
「うん。なんか休みらしいぜー、でもラッキーだよな!」
休み?風邪か何か?…と考え出したところでオレは思い出す。顔を隠すハンチング帽。自信たっぷりに宣言する姿。
―ふふ、先輩に出来ないことはほんのちょっとしかないのだよ―
先輩。まさか本当に懲らしめてしまったのだろうか?
「いやいや、まっさかー」
「コウどうした?」
「んー、ひとりごとー」
まあそんなことあるわけないよな。先生が休んだのはただの偶然だろう。通りすがりの先輩にそんなことができるはずがない。
と思ったオレの耳に女子グループのこんな会話が入ってくる。
「なんかさー、先生悪霊に憑りつかれたらしいよ」
「先生からの休みの連絡、明らかに変だったってー」
「なんかうめき声とかしてたらしーじゃん、こわー」
マジで?
放課後。先生は結局その日一日中来なかった。その先生の家にオレと友達二人・レイジとケイトはお見舞いに行くため歩いている。
家の場所は先生が送ってくる暑中見舞いなんかのはがきが頼りだ。そこにある住所を頼りにひたすら歩く。
あんな先生でも休んだりするとやっぱりみんなちょっと寂しいらしい。それにオレとしてはあの悪霊の噂についても確認したいことがあるのだ。
本当に悪霊のせいで休んでいたのか?もしそうなら、『どうして悪霊が憑いた』んだ?もしかして先輩が憑けたのか?
そんなことを考えているうちに先生の住んでるアパートについた。オレ達は結構長い距離を歩いてたみたいで、足が棒になっている。
ケイトがインターホンのスイッチを押してキンコン、と音が鳴ってから約コンマ数秒。
物凄いうおーっとかくるなーっとかの叫び声が部屋から聞こえてきてオレらも「うおおお」とビックリして後ずさる。
まさか悪霊のセンが当たった!?とオレはテンパる。そうなると間接的にオレのせいになるじゃないかこれ!!
「お、おいコウこれやばいんじゃね!?先生なんかヘンになってる!!」
「聞きゃわかる!!おいドアこじ開けるぞ!!」
焦るレイジを押しのけてオレはドアノブに手をかけて引く。開かない。
「え!?ふほーしんにゅーってやつじゃねーのそれ!」
怖がりのケイトはすでに涙目になっていて、逃げたそうにその場で足踏みをしているがオレは気にせず声を張る。
「緊急事態だ!!レイジ!!ケイト!!体当たりして開けっ」
「開いてんぞ」
内開きのドアだったらしい。一瞬だぁーっとずっこけかけるけど先生はまだ叫んでるし緊急事態なのは変わってない。
オレは気を持ち直してドアを勢いよく開ける。とそこは、その空間には、
超グロテスクな怪物に襲われてる先生と、先生から怪物を引きはがそうとする先輩がいた。
「先輩ぃいーー!?ってええええなんだこれ!!」
「え!?誰コレ!?ってかコウ知り合い!?」
「晃一!!いいところに!手伝って!!」
がやがやがや。一瞬で部屋に驚きと戸惑いと疑問と恐怖が充満して、十秒ぐらいたったところでみんなの意識が
「先生を守ろう」
に一致したため、先輩を援護する形でオレたちは怪物をぐぐーーっと引っ張る。引っ張る掛け声の代わりにオレは先輩に訊く。
「先輩ぃーっ、なんだよこれーっ、てかこれやったの先輩ぃーっ!?」
「ち、違うよっ、ううー、ワタシがやったのはー、…えーと先生にちょっとしたお説教だけーっ、」
先輩が苦しそうに答える。…お説教?
「そうぅ…お説教ーっ、夢に出てーっ、注意しただけーっ!!」
夢に出るってなんだそれ。意味が分からないけど、それだけなら何でこんな怪物が先生に?
「この怪物はねー、…っ人の、不安とかに憑りつくのー!多分夢にワタシが出たからーっ、先生はそれに怖がったんだと思うーっ!」
「お、お前の知り合いなにしてんだよコウ…」
オレが知りたい。しかし一体先輩は何者なんだ。そうこうしてるうちに怪物が先生から引っぺがされて、その勢いでオレたちもバランスを崩しずでっとしりもちをつく。
離したのはいいけどこんなのどうしたら…!とオレと友達とたぶん先生も思っている中、先輩だけがその怪物に向かい合う。
え、先輩何するつもりなんだろうとびくびくしながら様子を見ていると、先輩が突然叫ぶ。
「魂を喰らう悪霊よ!!お前の居ていい場所はここにはない!永遠に異界へ閉じ込められているがいい!!」
そう言って先輩は両手を怪物にバッと突き出す。と、濁音だらけの断末魔を上げて怪物が消滅してしまった。…ええっ!?
「さ、先生が起きる前に逃げるよ!」
と先輩が言うので先生を見ると気絶していて、うわあ大丈夫かなと思った瞬間に景色が入れ替わる。
「ホントはすぐにやっつけられれば良かったんだけど、先生にくっつきっぱなしだと先生まで一緒に消しちゃうからねー」
と先輩がオレと友達に説明している場所は昨日先輩と出会った公園である。どうやら瞬間移動というのをやったらしい。
既に先輩はオレの友達二人と自己紹介を済ませていて、先輩のメモ帳にはオレの名前の下に
『城野 玲司 しろのれいじ 11歳』『赤羽 恵人 あかば けいと 11歳』
のメモが追加されている。何のためのメモなんだろうか。
レイジとケイトは先輩とすっかり仲良くなっていろいろと質問を浴びせている。
「しっかし先輩ってばうっかりさんだよねー、あんな怖いの呼びこんじゃうなんてさ」
「いやあ恵人、あれはワタシも予想外だったのさー、あはは。ま、何事もなく先生を助ける事が出来たから結果オーライ?」
「何が何事も無かったんだよ先輩。俺らめっちゃ疲れたんだけど。謝罪しろ謝罪ー」
「あ、あはは… ゴメンナサイ」
と先輩がレイジにぺこっとお辞儀して僕にもシャザイしてよーとケイトが言って非常に和やかな雰囲気。だがオレは一つ先輩に訊いておかなければならない。
「先輩って、何者?」
話をぶった切ったその質問に先輩の動きが固まる。どうやら上手く確信が突けたらしい。オレは『どうしたんだコウ、急に何を言い出すんだ』というレイジとケイトの視線を無視し、さらに質問を重ねてみる。
「さっきの怪物のときに思ったけど、夢の中に出るとか妄想でもない限り出来ないし。でも実際オレらはあの怪物を見てるわけだから多分嘘じゃないんだろ?」
「……」
先輩は黙ってオレの話を聞いている。
「それに、先生だってちゃんとした大人なんだし部屋に鍵くらいかけるだろ。なのに鍵が開いてて先輩が中にいた。
…さっきみたく、不思議な力でも使ったのか?」
それもそうだ、と友達二人も頷いて、オレら三人は先輩の反応を待つ。
あれだけの事が偶然とかそんな言葉で誤魔化せるはずがないから、これで先輩はオレらに事情を説明せざるを得なくなったはずだ。
そもそも先生に怪物が憑いたことも普通なら絶対に分かるわけがないから、
先輩が超能力者か、……人間じゃないモノってことじゃないと説明がつかない。
すう、と先輩が息を吸って、それから決意を固めたような表情でオレたちに言う。
「流石にあそこまで動いておいて誤魔化すのは無理だね。そう、ワタシは不思議な力が使える。そして、ワタシは人間じゃない。」
レイジが隣で息をのむ。ケイトが小さく驚きの声を漏らす。オレは自分の心臓がドクンドクンと鳴っているのを確認する。
やっぱり先輩には何かあったのだ。ただの変な女の子じゃなかったのだ。
「……先輩が人間じゃないなら、『何』なんだ?」
「……ワタシはね。」
「とある人物を守るために使わされた神の使い。魂の守護者。そしてその人物とはキミだよ日野 晃一。
ワタシはキミを守るためにやってきたんだ」
……………え。オレ?
「うん。魂の守護者って言っちゃうと中二病みたいだけどね。」
「い、いやいやいやいやいやいやいやいや。待て。な、なん、何でオレ!?ちょっ、オレ全然普通の小学生!!」
テンパって思わずどもってしまう。さっきまでの緊張感は一体!レイジとケイトもポカーンと口を開けてオレを見ている。
…しかしまあ凄い急展開だ!オレなんか守っても何もないぞ!?というか、
「守護者、とかいうのだったら『先輩』じゃなくてもよくないか?」
いやいや質問それじゃないだろ、というツッコミをレイジがする。オレもそう思う。
けどあまりにも内容が突飛すぎて自分の世界のベクトルに合わせないとパニックになってしまいそうなのだ。いや、もうなってるかも。
「そこはそれ。先に生まれたから先輩ってだけ。深い意味はないよ? ちなみに名前は極秘事項。訊かれても教えてあげらんないよー」
「あ、そう……これからも先輩呼びでいいのか」
「うん、そうして?」
と間の抜けた会話をしてその後も色々な疑問が晴れて、そうしてからオレらの置かれた状況を考えるとどうやらオレらは『不思議の扉』というのを開けてしまったようで…
というかやっぱりオレが元凶ってことなのかな、これ。
* * *
《あの少年は世界を担っている》
《あの少年の周囲に悪しき物が集いつつある》
《あの少年を守らねばならない》
《世界を守るために》
「分かってますよ、事実あの子の担任にもなんか憑いてましたから。夢の中に入って確信しましたよ。…今ここに集っているモノはただの悪霊じゃない。
…あの子達には、納得させるために『先生を懲らしめるために夢に入った』って言っておきましたけどね。多分以前の会話とのつじつまも合うはずです。」
晃一達も帰り、すっかり日の暮れた公園で、少女にしか見えない者は星空に語り掛ける。
「あの子の友達も巻き込むことになったのは想定外でしたけどね。ワタシに接触したことで彼らにも何かあるかもしれません。こちらのミスです。
…ええ。ワタシももっと精進します。あの子を、ひいては世界を守るために。では。」
と、空に告げ、言葉を切った少女の体が夜闇に溶けるように消える。
晃一の知らないところで、事態はすでに動き始めていた。
To be Continue. . .