ブルースが再起動すると、そこはかつて見たことのある天井だった。
アーカイブを漁り、機能停止に陥った原因を探る。……そう、ブルースはキングと対峙して、胴をふたつに分けられた。そのあとロックと一言二言声を交わして……そのあと。
そのあとどうしたのだったか。
「……気がついたか、ブルース」
「…………あ……」
視界の範囲を右にずらすと、もう記憶の中にしかなかった顔があった。
「と……とう、さん」
トーマス・ライト。ライト博士。ロボット工学とブルースの父。思わず父と呼んでから、ブルースはすこし後悔をした。ライト博士が嬉しそうに、寂しそうに目を細めていたから。
「まだ私を……父と呼んでくれるんだね」
「……あなたはすべての心あるロボットの父ですから」
ぶっきらぼうを装いながら視線を逸らす。ブルースが視線を逸らした先には、ライト博士の手によって繋がれかけたブルースの胴と、開け放たれた胸部開口がある。
そこに伸びかけた父の手も見える。
そこには──ブルースの胸の中には、取り替えられた動力炉が収まっている。
「父さん」
呼びかけた。咎める声色はかつて絶対彼に聞かせてないものだ。戸惑ったように揺れる指先を、睨みつけながら続きを投げる。
「まさかとは思いますが」
「……なんだい、ブルー……」
「俺の動力炉を、この期に直してしまおうなどと考えてはいませんよね?」
竦んだ体はYESのサインだ。ブルースは唇を噛み、父と呼ぶべき男の顔を睨んだ。
少しやつれたのではなかろうか。目の下にうっすらと隈があるのも見える。きっと心労が絶えないのだろう、これからその心労をさらに上乗せしてしまう。
許してほしいと思っているのはきっとお互い様だろう。
「やめてください。それは直さないで。切断された胴体部を直そうとしてくれていることには感謝します。でもそれに手をつけることだけはしないでください」
「ブルース、しかし……」
「触るなと言ってるんだ!!」
うろたえる父を怒鳴りつけた。とてもいい子の行いとは言えない行為だ。それでもブルースは彼に据え付けられた心のままに叫び散らした。
「さわるなッ!! それは俺とあの人をつなぐものだ!! あなたとぼくを切り離すために必要なものなんだ!!」
腕をばたつかせて作業台の上で身を捩る。まだ伸ばされている手をどうにか加減して振り払った。
ライト博士の試作機だった失敗作のロボットは、もう出力を押さえないと人間に触れることができなくなっていた。
「こ、……殺してやる」
「……!」
「それを直したらいくら父さんでも許さない!! 殺してやる! ……できるんだ、ぼく、俺、俺はもう人間だって……」
「ブルース、」
「なんだッ!!」
──父親が息子を見る目は、慈愛と憐憫で満ちている。
「心まで改造されてしまったんだな、ワイリーに」
「…………は、」
「もう大丈夫だ、私が直すから、だからブルース、」
その続きはどうしても聞きたくなかった。
「は、ははは。はははは、あはははは」
「ブルース?」
続きを聞きたくなかったので、ブルースは大声を上げて笑った。いつかどこかの本棚にあった、コミックの悪役を真似た仕草だ。
「あっはははは!!」
「……、」
「直す? 俺の頭を!? ははは、父さん、博士が弄ったのは俺の体だけだ!! あんたそうやってロックの頭も弄ってるんじゃないだろうな!!」
露骨に傷ついたような顔をされて、ブルースは安堵した。そうだ、そうして失望してくれ。
「なあ、なあ、なあ、直して、それでどうするつもりだったのか当ててあげますよ。あんたは俺のことを直して、あるべき形に組み立て直して、それでもう一度やり直すんだ。ロックよりも先にできあがってた心を持つロボットとして、みんなで研究所で家族として暮らして……」
「……ああ、そうだ、私は……」
肯定されて、ブルースは歯を食い縛り、一瞬でもそうありたかったと願った自分の心を追いやって、精一杯の嘘をつく。
諦めてもらわなければならない。あの日研究所から出て行った試作機のロボットは、行方不明になったままなかったことにされないといけない。
そうでなければ、何のために俺は。
「今更なんだ! 父さん、ライト博士、あんたが試作機の存在を公にしていなかったから、ぼくは安心してあなたの前から消えられた……失敗作のロボットなんかあなたの経歴に必要ない! だから俺は、ぼくは」
動力炉に手をあてる。感情プログラムが過剰に働いているせいで、熱を持ち始めたそこを押さえる。
「俺は……こんな失敗作は、あなたのロボットじゃない。そうじゃないといけない。その証明がこの動力炉だ。ライト研究所製のロボットには決して搭載されてないこの原子炉だけが頼りなんです」
人間が触れたら火傷をする温度だ。父さんには触れさせちゃいけない。
「絶対にここだけは直さないで。……いや、電子頭脳もだ。俺はあなたのロボットじゃないから、破損箇所だけ直してくれればそれでいい」
「……ブルース、私は」
「ありがとうございますライト博士、見ず知らずのロボットを直してくださって」
どうにかいい子のように笑えていればいいなと願いながら、ブルースは父の青ざめた顔を見つめていた。