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    霧(きり)

    腐向けあります

    マリオ/マイイカ・crイカ中心
    ジャンルごちゃ混ぜ

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    霧(きり)

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    ##マイイカ

    奢られるということ『ま、後輩みたいなもんかな』
     プラベとやらに初めて参加させられた学期末のあの日、いけ好かない男の言った言葉が頭に残っている。
    『後輩仲間だろー!』
     それに対する大バカ野郎の言葉も、時々、思い出してしまう。あのバカは、自分が良く話す『センパイ』という存在が、オレにとってはあの男であると思っている……そういうことになる。やはり、いけ好かない。

     いらぬことを思い出して、手に取った風呂用洗剤の詰め替えを握り潰しそうになった。オレは小さく舌打ちする。今は、もうすぐ始まる特売に集中せねばならないのだ。
    「あっ、フウじゃん」
    「あァ?」
     出鼻をくじかれるというのは、なんてタラタラ話す国語教師の声が聞こえたような気がした。その先はよく覚えていないが、こういう状況のことを指すのだろうと身をもって体験している。
     振り向けば、アズキ色の買い物かごを抱えた大バカ野郎が、狭い通路の角を曲がってこっちにやって来ていた。馴れ馴れしく肩を叩かれる。
    「今日、急いで帰ったと思ったら、ここに来るためだったんだな!」
     どデカい店内音楽にも負けない大声で喋りかけてくる。答えるのも面倒で、返事の代わりに鼻を鳴らす。どうせ、これしきのことでは散ってくれないのだ。
     案の定、オレの反応を気にもしないバカがしげしげと見るのは、オレが提げるカゴの中。コイツこそよほど、ぶしつけな野郎である。遠慮のカケラもなく見たと思えば、ノンキな言葉を放つ。
    「おまえもおつかい?」
     負けじとバカの持つカゴの中身を見れば、食器用スポンジに洗濯洗剤、トイレ用の掃除シートに混じって女向けのゲソ洗いの本体と、ドラッグストアらしいラインナップが放り込まれている。いかにもお使い、という中身だ。
    「違う」
     逸らした顔に視線を感じる。へー? と上がり調子で声を出して、バカは黙り込んだ。
     頼まれて来たのではないのだから、お使いとは言わない。……などとは一つもも答えなかったのだが、目の前のコイツは勝手にうなずいていた。イヤな予感がする。
    「おまえ、すごいな! 家にあるもんちゃんと分かってんだ」
     だと思った。このバカは褒める時もバカ正直だ。しかも想像で勝手に褒めてくるのだから防ぎようがない。……ついでに、的外れでもないのだからほとほとイヤになる。
    「自分で使う物くらい分かるだろうが」
     コイツと居ると、ムカムカしてつい反応してしまう。
    「えー? じゃあ、トイレ掃除とかしてるってこと?」
     しまった。余計なことを口に出す自分にムカつく。コイツもコイツで、妙に察してくるのが腹立たしい。
    「テメーはしてねぇのかよ」
     そう言うと、急にマジメな顔つきになった。
    「……怒られたときは、する」
    「なっさけねぇ」
     思いっきり笑ってやる。そんな顔で言うことではない。だが、普通はそんなもんだろう、とも心の隅で思った。
     オレだってしなけりゃいけねぇからしているだけ。誰かが、してくれるのならそれがいいに決まってる。オレが適任なだけだ。

     店内にチャイムが響き渡った。タイムセールが始まる音だ。今日安くなるのはトイレットペーパー。オレが来た一番の目的でもあった。目の前のバカも音には気づいたが、なんだと首をかしげるばかり。オレはため息をつく。
    「……テメー、ほかに買うもんは」
    「え? ほか? あーっと……そうだ、トレペ!」
     案の定。今日ここへ使いに来させるくらいだ、チラシでデカデカと宣伝されていた特売品が欲しくてコイツを寄越したのだろう。
    「なら行くぞ」
    「えっ、お、おう!」
     バタバタと慌ただしく着いてくる音を背に、通路を抜けてセール売り場に顔を出す。一人が買える数に制限はかかっているが、売れる方にも限りがある。積み上げられていたであろう十六ロール入りの山は、既に大きく崩れていた。溢れかえるほどの客達に、バカはわっと声を上げた。
    「うわすげー! みんな買いに来てんだな」
    「テメーもだろ」
    「たしかに!」
     ワハハと笑って客の間をするすると抜けていく。先を越された腹立たしさを感じつつ、オレも客の壁に向かう。揉みくちゃになりながらもお目当ての品をしかと手に取った。しばらくはこのストックで保つだろう。
     今日買うべき物はもうカゴに入れてあるので、あとは会計を済ませるだけ。ごった返す道を通り、同じものを脇に抱えてレジに並ぶ列に加わる。
     ふと後ろを向けば、当然のようにバカも着いてきていた。オレの視線に気がつくと眉を情 下げて情けなく笑った。
    「なんつーか、みんな、すげー勢いだな……」
     力のない表情は珍しく、この体力バカでも色々と削られたことがうかがえる。売り場を確認して商品を取るまで、時間にしてみれば一分程度だが、フシギと体力を奪われる。これはそれだけの戦いなのだ。
     バカが大人しくなったことに気分が良くなる。それでオレはつい、不用意に答えてしまった。
    「大変さが分かったんなら、これからも続けることだな」
     これが他のヤツなら聞き流すか笑い飛ばすのが関の山だろうに。あろうことか、バカは神妙な顔でうなずく。
    「ホントな。かーちゃんにもありがとうって言う」
     ガキか。
     真っ先にそう思ったが、口に出す気にはならなかった。カケラでも大変さを感じて素直に受け止めたコイツに、少し、心がスッとした。そのバカバカしい自覚が、オレの口を封じる。
    「次の方どうぞ〜」
     いつの間にか順番が回ってきていた。カゴをレジ台に置き、サイフと黒地のナイロンバッグを用意する。バカがひょいと後ろから覗き込んできた。
    「えら! エコバッグ持ってんの」
    「るせー」
     オレの眉間には何重にもシワができていることだろう。おれも持ってきた方が良かったかなー、なんて心底、どうでもいい言葉は今度こそ無視。合計金額を確認して小銭を取り出す。しばらく札ばかり使っていたから、今日はピッタリ出せる。
    「ありがとうございましたー」
     さっさと袋詰めして先に帰ってやろうかと思ったが、あのバカはそこまで数を入れていなかったからすぐに来てしまった。
    「なあなあなあ」
     コイツは妙なところで器用だ。ビニール袋にポイポイ放り込みながら、しっかり顔を上げて喋りかけてくる。目が非常にうるさい。もはや無視するのも疲れて、オレは盛大なため息と共に返してやる。
    「……なんだ」
    「なんか食べて帰ろうぜ!」
    「はァ?」
     前言撤回、やはり無視すべきだった。
    「ハラ減っちゃった!」
    「とっとと帰ってメシを食え」
    「もうハラペコなの! 今食べたい!」
    「勝手にしやがれ。オレは帰る」
     オレを誘う意味が分からない。やはりバカの考えることはナゾだ。話を切り上げようとすると、フグのようにむくれた。
    「せっかく会えたんだからさ! おまえと一緒に行きたいんだよ」
     一転、清々しいほど良い顔で答えやがった。コイツは毎度毎度、こりずに豪速直球勝負をしてくる。そしてオレは毎度毎度、こりずに逃げ遅れるのだ。
    「……何食う気だよ」
    「んー、何が良いかな」
    「オレに返すな」
     まったく腹立たしい。こんな考え無しの大バカに振り回されて。だが、なにより腹立たしいのは、それも悪くないと思っている自分である。
    「とりあえず、ここ出て探しに行こー」
     後半はともかく、前半は同意見だ。オレはバカを連れてようやく店を出た。

     出入口の自動ドアが閉まった途端、背中越しに今日一デカい声を聞いた。耳が壊れる勢いだ。
    「あ きーさん」
    「うっっ、うるっせー!」
     ウソだろ、と言いかけて、慌てて言い換えた。
    「ごめんごめんごめん、でもあれ絶対きーさんだから! おーい、きーさーん」
     バカが指差す方を見ると、たしかに、いけ好かない帽子姿が見えた。コイツといいアイツといい、今日は厄日というヤツだろうか。
     いけ好かない男……三号は、その地獄耳でしっかりと呼びかけに振り返る。オレ達を視認したようで、肩の高さで手を振りながらこちらに歩いてくる。その腕にはオレ達と同じ特売品を抱えていた。
    「ちわす! きーさんも買い物してたんすね!」
    「ああ。お前らも居たのか」
    「気づかなかったすね! おれもビックリしてます!」
     和やかな空気をまとう三号に、オレこそ驚いていた。「三号」で居る時との違いについていけない。あの時はもっと冷たいな顔つきだったが、今はどうだ。バカにつられてか、ふにゃっと気の抜けそうなフンイキしか感じられない。
     そんなやりとりを黙って見ていれば、会話の合間に黄色い目がこちらを射抜いた。思わずガンを飛ばせば、三号は余裕そうに目元を緩め、バカの方に向き直る。
    「……それで、二人は帰るところか?」
    「あ! いやー、そうなんすけど、帰る前になにか食べようって言ってたとこで」
     ふうんと薄い反応を示した三号は、なぜかまたオレの方を見たので、ケッと喉を鳴らして抗議しておく。早く帰れとでも言ってくれれば良い。
    「そういや……そこの道沿いにたい焼き屋があったぞ」
     コノヤロウ、そう罵りたくなったのをどうにか抑える。
    「た、たい焼き……!」
     バカがブンと首をこちらに振った。目を見ただけで言いたいことが分かる。
    「フウ! たい焼き食べよ」
     コイツを見ていると、時折目が痛くなる。クセで文句が出そうになるが、さっさと終わらせて帰る方がマシだ、と言い聞かせる。
    「じゃーそこ決定オラ行くぞ」
    「イエーイ! きーさんも行きましょ!」
     できる限りおざなりに返事をしたのに、バカは気にもしていない。そして当然のように三号まで誘う。満更でもないのか、三号はおーと適当な返事とともにオレ達にの横に並んだ。
    「よぉし! ……きーさん、どこっすか!」
    「バカだろ」
     声に出てしまったのも仕方のないことだと思う。ここまで耐えてきたというのに、いくらなんでもバカすぎる。
    「うるさーい! 案内お願いしますきーさん!」
    「はいはい……と言っても本当にすぐそこだぞ」
     そう三号が言う通り、たい焼き屋は歩いて一分も掛からない路地に建っていた。建物の幅がめちゃくちゃに狭い。そこに造られた窓からやり取りをするようだ。
     窓は引き戸タイプで、半分に寄せられたガラスの向こうから、お品書きが貼られている。あんこの他はオレの知らない味ばかり。軽く十を超える種類があった。
     二人はやんやと話していたが、バカが一際大声を出すものだから、その会話が耳に入ってくる。
    「あ、あんこホイップ……」
    「そう。こないだ話してたやつ」
    「すげー ホントにあるなんて! おれ、これにしますっ」
    「コウはあんこホイップな。フウはどうする?」
    「あ?」
     突然のことに、体も脳も見事に固まってしまった。名前を呼ばれたことも、オレを数に入れていることも予想外で。そもそも、バカに付き合うだけで食べる気はなかったのだ。
    「別に要らねぇし」
     すると、バカが目をひん剥いてこちらを見てきた。
    「フウ食べねーの きーさんのおごりなのに!」
     三号はおい、と呆れた目をしたが、それも一瞬のことで、否定もせず気の抜けた顔になっている。
    「まあそういうわけだ、どれにする?」
    「いや、だからっ……」
     いらない、とそう言えば済む話。だが、なぜか続かなかった。オレの返事を待つ目に、耐えられなかった。だって知らない、そんな目。
     オレが答えないと悟ったのか、引き取るように話を続けた。
    「ここで食べなくても良い。好きなのを選べよ」
    「持ち帰り用良いっすね!」
    「コウはもう一つだけにしろよ」
    「あざーす! ……そうだなー、これとか美味しそう! フウにも良いんじゃね?」
     バカがお品書きの左から四番目を指しながら口を挟んだ。端に近づくにつれ、もはや甘味を離れ軽食のような味が並ぶ。
    「ハムチーズか。食べやすそうだけど、お前はどうだ」
     そう言って、また、知らない目をオレに向ける。むず痒くなるようなカオで、答えを待っている。
    「……それ」
    「良し。待ってろ」
     三号は背を向けてすみません、と店員に話しかけて味を挙げていった。あんこホイップとハムチーズだけでなく、つぶあんにこしあん、カスタードまで、随分と注文している。一体何人分だと考えていると、隣に来ていたバカが同じことを口にしていた。
    「きーさんと、それにカイの分だろうけど……にしても多いよなー?」
     独り言なのかオレに話しかけているのかイマイチ分からない。知らないヤツの名前を言われたところで反応に困る。誰と聞くほどの興味も無い。

     手持ち無沙汰にあくびをかました所で、紙袋を抱えた三号が戻ってくる。
    「あざーす」
     一つ頷いた三号は簡潔に問う。
    「何から食べる?」
    「あんこホイップ」
     迷いなく答えたバカに、ホカホカと湯気すら見えるたい焼きを紙に包んで手渡す。あっち! と叫ぶバカに、ああ熱いぞ、と遅い忠告をする三号の目はこちらを向いた。
    「お前はこれな。気をつけろ」
     オレは無言で受け取る。同じく紙に挟まれた魚もどきは、紙越しでも熱かった。
    「よっしゃ、行こう」
     二人も並べないような狭い路地に固まるわけには行かず、歩きながら食べるしかない。バカが先立って歩き出す。
    「うまーっ!」
     大通りに戻ったところで、バカがそう言いながらオレの右に来て横並びになった。三号は後ろを着いてきている。
    「きーさん、あざっす!」
    「ああ。それより、前見ろよ」
    「はぁい」
     ごちゃごちゃ喋る声を聞き流しながら、オレは両手の中を見つめた。まだ冷めない体には、ヒレもウロコも表現されていて、案外細かく作られているのだと知る。
     食事を自分で管理することが増えてから、こんな物は食べなくなった。たまに、本当にたまに家に置かれていることはあれど、オレより美味しく食べるヤツが居る。ずっとソイツに譲ってきた。
     こうして手にしたのは一体何年ぶりか。ましてや、こんな風に——
    「アレッ」
     耳を貫くバカの声に思考が遮られる。
    「まだ食ってねーの?」
     もしゃもしゃと咀嚼音が混じる。飲み込みきれていないのに話しかけてきやがった。うるさいと一蹴するが、視線がしつこい。
     苛立ちで顔を逸らす。反対を見ると、深い緑のつばが目に飛び込む。不覚。いつの間にか挟まれていた。視線を下げれば、魚の顔が紙袋からはみ出している。
     ……こいつが払ったんだ。オレが、本当に食べても良いのだろうか。そんな気持ちが湧き上がる。
     つい、確認するように目を見てしまった。前を見ていたその黄色がオレを映す。フッと口元が緩んだ。
    「俺のおごりだ。心配するな」
     そう言ったろ、と見透かすように言い放った。
    「べっ、べつにんなこと……!」
     反射的に否定する。オレは何も言ってない。口に出していなかった……はずだ。反対隣で何を思っているのか、偉そうにうんうん頷いているのを視界の端に捉えた。バカは動きもうるさくて敵わない。
     まったく落ち着かない。叫び出したい気分だった。——だって、奢られるなんて初めてなんだ。
     ヒトにこうして何かを買ってもらうなんてことが無かったのだ。先輩なんてのは、歳がひとつふたつ違うだけのくせに、気に入らないというクソみたいな理由ひとつで、オレをコケにする下らないヤツらだった。
     オレを見てくれるヤツは、居なかった。助けてくれることも。それで何も問題無かった。
     なのにこの男は。後輩だからとオレを見ている。何かあれば手を差し出す。そして今日は、当たり前のように奢りだと言う。
     手が、温い。
    「なー、食わねーのかよー」
     焦れたような声に、我に返った。
    「いらないなら、おれが食べてもいいんだぜー? あー、ハラ減ったなー」
    「は」
     ゴキゲンに鼻歌を鳴らしながら、食い意地を張りやがる。デカい目は確かにオレのたい焼きを狙っていた。バカに食われるのだけはごめんだ。
     オレはいつかのことを思い出して、尾びれを上に持ち替える。大きくかぶりつけば、しょっぱさがガツンと口に広がる。
    「きーさん! もう一コちょーだい!」
    「おー。ハムチーズ……どれだ」
    「え! なんか書いてないんすか?」
    「お前がさっき食べてたのには何かあったか?」
    「んとー……見る前に食べちゃいました」
    「だよな。違う味でも良いか?」
    「え、おれはいいっすけど、いいんすか?」
    「あいつらならどれでも食べるだろ、多分。……そうだ、これがハムチーズだ」
    「あざす。あいつらって?」
    「ん? ああ、今家に——」
     背後でごそごそとやり取りをしているようだが、その騒がしさも今ならスルーしてやろうと思えた。
    「……うま」
     久しぶりに食べた生地は、懐かしい気持ちを思い起こさせる。三口で食べてしまった。塩気が強く喉が渇く。水筒の水で一息ついてから、ようやく気づく。どうせなら自分でも買えば良かったと。そう思って顔を上げる。
     待ち構えていたのか、三号が声を出した。
    「お前の分ももう一つあるけど、今食べるか?」
    「あ?」
     オレが一言しか発しないうちに、おおー、とバカが会話を続けた。
    「フウの分もあるんすね!」
    「お前だけ二つなのは不公平だろ」
     まただ。この男は当たり前のようにオレを勘定に入れている。仲良しこよしのバカと同じように扱う。オレは要るなんて言っていないのに。
     三号はオレの方を見た。そして見透かすようなことを言う。
    「食べないなら家族の分にでもすれば良い。何味にする?」
     つぶあん、こしあん、カスタード……と三号は買ったのであろう味を列挙した。ためらう気持ちが無いでも無い。しかし、貰えるもんは貰う。
    「……カスタード」
     あいつはいつもこの味だった。
    「分かった、小分けにしよう」
     三号は頷き、抱えた袋から、たい焼きひとつ分の袋を取り出した。それを見たバカが、オレの肩を支えに身を乗り出した。即座に振り払う。が、気にもせず三号に話しかけた。
    「紙袋もらってたんすか?」
    「一応な」
    「さっすがー!」
    「褒めてもお前の分はもう無いぞ」
    「ひど! そういうつもりじゃないっす」
    「はは、分かってる」
     ぺらぺらと喋る傍ら、三号はオレに大きな方の紙袋を持たせたると、紙ナプキンで挟むようにたい焼きを取り出した。そのまま一周させて包み、小さな袋に詰める。そしてオレの持っていた袋と交換させた。気づけば、空が赤らんでいる。

     あれから数分歩き、ようやく駅に辿り着く。まったく余計に長い道であった。三号とバカはこのまま歩いて帰ると言うので、オレは一人離れる。じゃーなー!とクソデカい声と身振りで笑っているバカにうるせーと中指を返していると、バカの横で手をひらりと揺らす三号が余計なことを口にした。
    「トースターで焼いたら美味いらしいぞ」
     オレは手を下ろし、鼻を鳴らす。
    「知ってる」
    「そうか」
     たった一言。それだけでムズムズする。その衝動を逃がそうと、オレは舌を突き出して背を向ける。
     そのまま定期を入れたパスケースを取り出して、改札を抜け……ようとしたオレは気づいてしまった。だが、ここまで来てそれだけのために戻るのもイヤだった。そう、面倒なのだ。……だから。
    「どーも」
     オレは一瞬振り返り、そう張り上げた声と共に紙袋を掲げた。そんなオレを見た三号は一瞬目を見開いて、それから、腹立たしいほど嬉しそうに微笑んだ。
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