その二人との出会いは、秋も半ばの頃だった。
スクエアまであと五分で着きそうといったところだった。日が暮れる時間でもないのに薄暗くなってきた。見上げれば、鈍色の雲が空を覆っている。ぽつ、と雨粒が足元を濡らす。
あいにく、手持ちに傘はない。予報では一日晴れだったために、安心しきっていた。しかし、この時期、にわか雨は時たまあることである。面倒くさがらずにいつもの鞄から移し替えておけばよかった、と後悔した。今日は学校に行くだけのつもりだったから、適当なトートバッグに最低限の荷物だけ入れてきたのだった。
それが、学校に着いてから肝心の講義が教授の都合で急に休みが知らされ、予想外に時間ができた。それならと行先を変えたのだった。学校はスクエアの駅から徒歩圏内にある。散歩しながら行こうと思っていたら、こんなざあざあ降りの雨に遭ってしまった。
インクと混ざる前にどこか店に入ってしまおうと辺りを見回す。幸い、歩いていたのは商店街で、開いてるい店がちらほらと並ぶ。
そんな中、目に入ったのは、鮮やかなライトブルーの頭。それも二つ並んでいる。くるりとカールするゲソを一本眉の高さに下ろす、この頃増えた髪型の少年と、これまた流行りの巻いたゲソを両サイドに流す、少し似た髪型の少女だった。二人は仲睦まじげに窓際の服を見ながら何かを話していた。その様子をつい、まじまじと見つめる。
気づけば僕は、二人のいる店に向かっていた。
店に入ると、ゆったりとしたテンポのギターが小さく耳に入る。僕は普段着にせよギアにせよ、どちらかというと色がついたものが好きなのだが、ここは正反対だった。
シャツ類が黒と白とでまとめて重ねられているかと思えば、パンツは交互に吊るされている。こうしたアイテムから内装まで、徹底してモノクロで統一された店内は見惚れるほどだ。ノイズの混じる音楽と相まって、祖父母の家にあった白黒テレビの中に飛び込んだかのようだった。
非日常の世界に少し心が弾む。そんな無彩色の空間に居れば、鮮やかなインクの色はより際立つ。スニーカーの並ぶ棚の向こうから覗く空色がちらちらと目に入った。
「良いのあったかな?」
「これは、お兄ちゃんが好きだと思うな」
「あ、本当だ。よく分かってるね」
その言葉に、少女は小さく笑ったようだった。
「実は、ぼくもアクアに似合うと思う物を見つけたんだ」
「え? お兄ちゃん、わたしの服を探してくれてたの?」
その呼び名から、二人がどうにも気になっていた、その理由が分かった。
兄妹だからだ。……彼らのような、仲の良い兄妹だから。僕は、水色と橙色という、バトルなら敵同士になるであろう二つの色を重ねていた。
『——そういえば、二人のクツは色違いなんだね』
『よく気づいたなぁ、サキ! そうなんだよ。オレがあげたんだ』
『で、お兄ちゃんのは、あたしがね』
バトルを始めて、初めての誕生日に贈りあったのだと、二人は橙色の目を細め、同じ笑顔で話してくれた。
『そっか。毎年プレゼントしあってるんだ。素敵だね』
去年はあれ、一昨年は……と、何をもらったのかもしっかり覚えているようで、ニコニコと話してくれる。それを聞いていると、不意に妹が叫んだ。
『あっ、サキくんの誕生日にも何かプレゼントしようか 誕生日っ、いっ、いつですか』
『おお、いいじゃん。オレも何か準備しようかな』
『ええっ』
羨ましいな、という気持ちが滲み出たのかもしれない。相手を思っているのが伝わってきたのだ。その時の僕に、そんな人は居なかったから。
——結局、僕が誕生日を迎える前に、彼らとは音信不通になったのだけれど。
「どうかな、これ」
はっと我に返った。変わらず雨の勢いは止まない。雨音の間に、ライトブルーの兄の声が聞こえた。
「わたし、これ好き……」
「うん、良かったよ。サイズも大丈夫だと思うけど、着てみようか」
え、と妹は困惑したようだった。
「今日、わたしの服を買うの……?」
「うん? そのつもりだよ」
「お、お店に入れるアイテムを探すって……」
あはは、と兄は笑った。
「そうだったね。でもそれより、これから寒くなるから。アウターがないと大変だよ」
妹はたじろいでいた。
「で、でも、今日はそんなに持ってきてない……!」
「そういうことは、アクアが気にしなくて良いんだよ」
結局、妹は終始押されて、そのアウターは購入に至ったようだ。兄は兄で、せめてお兄ちゃんに何か買う、という可愛らしい頼みに負けて、シャツを買ってもらったらしい。
店を後にする時に見た二人の表情は、鏡合わせのように輝いていた。
そんな空色兄妹との出会いにひとしきり癒された僕は、ふと気づく。——彼らを思い出しても苦しくなかったということに。
何かにつけては、彼らのことを思い出していた。その度に苦い思いをして、必死に忘れたフリをしていた。けれど、所詮はフリでしかなかった。
戻らない過去を振り返っては、やり直したいと幾度となく後悔した。
先のことなんて考えられなかった。バトルなんて到底できなかった。自分のブキを見るのも、誰かのブキを見るのも、ギアを目にすることすら拒否するくらいだった。何も見たくなくて、部屋に閉じこもって。
それでも、無意識だったバトルへの思いは消えていなかった。それを、大事な幼なじみと後輩に気付かされてから、解放されるように赴いた。……あれからもう、二年が経っていた。
『いつか、大丈夫になるよ』
幼なじみの言葉は本当だった。兄妹のことを思い出して湧いてくるのは、あたたかな気持ちばかり。
過去に戻りたいとはもう思わない。
けれど、彼らにもう一度会いたいと思った。だって、僕は二人のことも好きだから。過去ではやり直せなくても、この先でもう一度やり直したい。伝えたいことがあった。
雨が上がる。雲の隙間からあたたかな日差しが射し込む。僕は眩しさに目を細める。
——もう一度友達になって欲しい、そう伝えたい。……たとえ伝えて、拒まれたとしても。僕はきっと、受け入れられる。