憂鬱(大内+伊獣院兄弟)「やあ、初めましてかな?薫くん」
伊獣院透から足りない備品などを調達するようにと命令された大内は新しく出来た…いや、元研究者の囚人から奪った研究所から伊獣院宅へと出向き裏口にある関係者口から入ろうとしたところ、突然聞き覚えのない声に呼び止められた。
トラウマがあり好きになれない自身の名前を呼ばれた事もあり眉間に皺を寄せ不機嫌そうに顔を顰めるが、ここは伊獣院家なのだ…油断は出来ない顔に笑みを作り後ろへと振り返ると褐色肌に生える鮮やかな真紅の髪、優しげなタレ目は伊獣院透と同じ若草色…色味は似ているが大内に声をかけた男は、顔が整っており独特の色気がある。
まあ、俺の方が色男だがな
等と何処から来るのか分からない妙な対抗心を持っているのか心中でそんな事を考えながら緩く首傾げて
「ああ、はじめましてですね。俺に何か御用でしょうか?お貴族様」
人によっては嫌味とも取れる話し方で受け答えするが、声をかけてきた男は気にする事もなく優しげに微笑み
「名乗り忘れていたね、俺は伊獣院斗希だよ。君のよく知る透の兄だ…俺とも仲良くしてくれると嬉しいな」
フレンドリーに手を差し出す男はどこも悪意のようなものを感じない、寧ろ物腰柔らかで善人のようにも見れる。兄弟でこんなにも違うのかと驚きつつも差し出された手を躊躇なく一瞬握り挨拶をした
「お兄様からご挨拶頂けるとは光栄です。で?俺になにか御用ですか?」
いくら善人のように振舞っていたとしても、まだ肝心の要件を聞いていない…富裕層でありこの家の長男であるこの男が態々使用人用出入口へと出向くほどの用事とはなんなのだろうか?あの伊獣院の兄だからということもあり尚のこと信用ならない。
「話が早いね、そういう所を透くんも気に入ったのかな?…実は薫くんにお願いがあって待っていたんだ」
その言葉に大内は作り笑いを崩さないように表情筋へと意識を集中させる。気になる点が2つも出来たからだ…
1つ目、お願いの内容
2つ目、待っていたの言葉
待っていた?今回は備品の調達は前から決まっていた事ではなく伊獣院透から先程命じられたばかりだ。もし前々から決まっていたとしても、彼の事だ人にわざわざ伝える事もないだろう。
警戒をしつつもお願いの内容を聞き出す為、相手の言葉を遮らぬように続く言葉をにこやかに待つと伊獣院斗希は悪意など何も無いかのような優しげな笑みを絶やさぬまま言葉を続けた
「くだらないお遊びはそろそろ辞めるように透くんに言って欲しいんだ。お薬や玩具や動物で遊ぶのは子供までだと言うことを教えてあげて欲しい」
一言一言聞き逃さぬように真剣に耳を傾けていたが言葉の意味を理解するのに時間がかかった。お遊び?なんの事だろう
「透くんは顔も性格も全てが残念な子だろ?俺以外の全てに愛されなくって拗ねてお薬を作ったり動物と戯れたり…君みたいな可愛い玩具で遊んで現実を見ないようにしてる。君も感じているだろう?」
大内の理解が追いついていないのに気づいたのか、それとも言葉が返ってこないという事は聞く姿勢だと判断したのかツラツラと言葉を並べ少し困ったように眉を下げる彼は、弟を心配する兄というには棘を感じる物言いだ。しかも、初対面である大内に対して玩具扱いとは…思わず笑顔の仮面の下で苦笑がこぼれそうだ
「それで、俺にお遊びとやらを辞めるように行って欲しいと言うこと…ですよね?それは、無理ですね」
伊獣院斗希の言葉を端的に繰り返すようにたずねた後にピシャリとハッキリと断れば、予想外と言わんばかりに目を丸くして驚く伊獣院斗希に対して呆れを感じつつも大内は言葉を続ける
「俺はご主人様に仕える理由がある為反抗する訳にはいきません。それに、俺が言ってもきっと…ご主人様は変わりませんよ。」
その言葉を聞けば驚きつつ大内を凝視していた伊獣院斗希は納得したのかにこりとまた笑顔に……いや、先程よりも嬉しそうな笑みを浮かべた。その笑顔に違和感を覚えつつも次の言葉に今度は大内が目を丸くする番だ
「そうだね!確かにそうだよ。透くんを唯一愛していて、そして透くんも唯一信頼してくれてる俺があんなに言っても聞かなかったんだ、君みたいな唯の玩具が口を開いたとしてもただのオルゴールを聞いてるのと同じだね」
驚きを隠せない大内とは違いうっとりと言葉を並べるこいつは、やはり伊獣院透の兄弟だと納得した…人を不愉快にさせる天才だ
「ええ…そういう事なので、俺はこれで」
さっさとこの男と離れてしまいたいという一心で一言伝えて関係者口の扉を開こうとするが、その扉をその男の手で押され所謂壁ドンのような形で止められてしまった。
大内よりも少し高い身長の男は大内を見下ろして観察するように見つめるが…大内としてはこの状況は男として少々屈辱的なもので振り向いて見つめ合うなんてことは絶対に避けたい、背を向けたまま苛立った声色を抑えるように
「まだ何か御用で「なんで、君みたいな貧民があの子のお気に入りなんだい?」
たずねるまえに大内の方が質問されてしまった。しかも、とてつもなく不愉快な質問だ…そんなもの大内も分かれば苦労しない、あの男に気に入られるなんて不名誉極まりない事が無ければ親友もその家族も不幸に巻き込まずに済んだのに、全て自分のせいで…と後暗い気持ち渦巻きつつも悟られぬよう柔らかな声色で
「お気に入りなんてとんでもない…貴方の仰る通り俺は玩具です。それ以上も以下もありませんよ」
とだけ伝え、またドアノブを引く…今度は納得してくれたのか簡単に開く事が出来た。
どんな顔をしているのか気にならないことも無かったが、それよりも不愉快極まる男から逃れたいと言う一心で慣れた廊下を歩き伊獣院透の部屋へと向かった。
備品などの入ったダンボールを手に研究所へと向かえば今度は伊獣院斗希の姿は見当たらず、安心しながら少し早足で戻ると丁度作業が終わったのか大きく伸びをして休憩に入る伊獣院と出くわした。今度は弟の方だ…正直こちらにも会いたくないのだが彼の研究所なのだ嫌でも出くわす
「遅かったですね。大内薫にしては珍しい…何か面白いものでもありましたか?」
以前ここを利用していた人間は背が高かったのか高めの椅子に足が届かず床に着くことないソレをブラブラと前後に揺らしながら、退屈そうにたずねる伊獣院に本当の事を話すか少し考えたが、変に隠し立てして後でバレた時の方が面倒だ…。少ししか話してはいないが先程の男が話すかもしれない
「ご主人様のお兄様に呼び止められました」
そう言いながらダンボールを備品棚の近くへと下ろし仕分けをしようとすると、伊獣院の方から至極不機嫌そうな低い声が投げられる
「は?兄さんと会ったのですか?それで、兄は何と?」
やはり仲が悪いのか…兄の方は愛がどうのと言ってはいたがあのように馬鹿にするような物言いをする者をよく思わない人間は少なくないだろう、あの様子だと弟本人にも見下すような発言をしているに違いない。そこまで考えた後、大内がここで嘘をついても仕方がない
「遊びを辞めさせるようにと仰っていました」
端的に答える、きっとこれだけで伝わると思ったからだ。伊獣院の方をちらりと見れば充分伝わったのだろう何時ものにやけ面が眉間に皺を寄せ不機嫌を隠そうともしない、伊獣院の性格上あまり見られたくないであろう顕になった感情を見ないふりして備品の整理を続けていると、突然頭部に痛みが走りそのまま後へと引かれるままに尻餅を着いた。
どうやら伊獣院が大内の髪を掴みそのまま引っ張ったのだろう、偶に苛立ちを押さえきれなくなった時にこのように手が出て当たることはあるのだが、今回は何も声をかけなかった為いつもよりも平常心を保てないのだろう。大内はその痛みを受け入れ暫く引っ張るその手を止めること無く奥歯を噛み締め耐え続けた、そして数分経てば引く手を辞めてパッと手を離される何本か髪を抜けているのを見れば将来禿げるのでは無いのかとため息つきたくなる。
「それで?大内薫はなんと答えたのです?まさか無視をした…ということはありえないでしょう」
大内の体へと苛立ちをぶつけた為か先程よりは落ち着いた表情になったとはいえ声色は冷ややかなもので、下手な事を言えないなと内心ため息をつく…こいつに付き合わされるのは懲り懲りだが、大内には助けたい人間がいるのでここで逃げ出す訳にも行かずに口を開く
「俺には無理だと答えました。ご主人様を止めるなど…烏滸がましい」
心中はどうであれ本当の事だ、しれっと伊獣院の小さな瞳を見つめながら伝えれば大内を見つめていた伊獣院はため息をつきながら、大内の額へと人差し指を押し当てて呆れたように呟いた
「そんなの当たり前でしょう、当たり前な事を答えるなんて芸がありませんよ。最適解はここに風穴を開けることです」
さも当然のように話すこいつは今冗談を言っているのだろうか?もし本心だとしたら今頃、先程会話したあの男は生きてはいないだろう。きっと目の前の男に殺されているのだから妙な緊張感に背筋に冷たい汗が流れるのを感じれば、先に動いたのは伊獣院の方だった。押し当てた指先を下ろしてしまえば大内から離れて、また高さの合わない椅子へと座りブラブラと足を揺らす
「ジョークは笑って答えるものですよ。君はもう少しユーモアを理解した方がいい」
そんな笑いあって溜まるか
そう言ってやりたいが、また機嫌を損ねる訳にも行かない…愛想笑いをひとつした後に備品の整理を続けた。
本当に毎日が、憂鬱で仕方ない