想像してくれよ、何気なぁく捲った新聞の片隅に、もう一度でいいから会いてぇとずぅっと願ってた相手が、自分の知らないわっるい表情浮かべてる写真が載ってんだぜ。それが今日の朝！俺に起こってんだよ……！そうその記事……まじで心底ショック受けてんの、集中出来なくてミス連発すんのも分かってくれよ……
ん？いや、ちげえよ、怒ってるわけじゃねえ。あいつと会わなくなったのも俺があいつに結構な額の金貸したあと連絡が途切れたからだし、裏切られたとは思ってねぇよ。ははっ、やっぱ詐欺だよなぁ。警察に相談？しなかったよ、だって、あげたら二度と会えねえんだろうなって分かってて、そのうえであげていいと思ったからあいつに金渡したし。
なんで……って、暗い話だし世間話にゃ向かねえ話題だぜ？今更だし気になるから話せ？わかった、わかったよ。

んとまあ、かれこれ10年前の話なんだけどさぁ、そんときの俺は人生に絶望してた訳よ。もう無理って気分で高っいビルの階段を重い足取りで登ってたってのが前提な。前提でもう既に暗いって？だよなぁ、わかる。
ま、暗いのは前提だけだから続けんぞ。重い足取りで階段を登ってたら後ろから慌ただしい足音が聞こえてな、俺は邪魔したら悪ぃなぁってぼんやり考えて端に寄ってから、俯いてまた登りはじめたんだけどさ。いつまで経っても通り過ぎた気配がしねえし、むしろ隣にいる気配がして顔をあげた。そ、隣に居たのが記事に載ってたあいつだったんだよ。
こっち見てたのか視線がバチっと合って、は？って思ったし実際声にも出た。視線を合わせたままあいつがホッとした顔したから尚更意味分からんくて俺は足を止めたし、あいつの足も止まった。
で、あいつなんて言ったと思う？ちげえのよ、死のうとしてる俺を止めるでもなく「屋上まで、まだ長いだろう？登りきるまで僕と話をしてくれないかい？」って。当時の俺は話をするくらいならいっかぁって思って頷いて、本当に屋上までただの世間話をした。
話を内容は細部まで覚えてねえから本当にたいしたこと話してねぇと思う。
たぶん、近所の猫が今日も可愛かったとか、今日晴れてて気持ちのいい朝だったとか、すぐそこのパン屋のパンが絶品だとか、そんな感じの事を互いに話しながらゆっくり時間をかけて階段を登った。ああ、「恥ずかしい話なのだが体力がなくてね、登るのゆっくりでも良いかい…？」って言われて笑っちまったのは覚えてるし、向こうはやたら食い物の話題が多かったな。そのせいで当時の俺は屋上に着いた頃には腹の虫がぐぅぐぅ悲鳴あげてたから、これは確か。
今でも思い出せんだ、俺の腹の音聞いてあいつは一度安心したみたいに息をはいて、心底綺麗な笑顔を浮かべてた。おい、顔に出てんぞ、男相手にって。しょうがねえだろ、何もかも限界でこの世はクソ！って思ってたから他人の笑顔なんて当時は面と向かって見てなかったんだしよ。
……今まで一度も会った事ねえ奴が俺の腹の音聞いて安心したみたいに笑顔浮かべたおかげで、他にも俺の事心配するだろうなって相手がいっぱい居るなって気づけたよ。

その後は屋上で少しの間話をして、あいつに「話続けて喉がかわかないかい？お腹もすいてるみたいだし、一緒に食事でもしよう。……君と話をするのは楽しいから、もう少し付き合って欲しいのだけれど、駄目かな……？」って言われて、迷わず頷いたぜ。
で、また話しながら登ってきた階段を今度はゆっくり降りてって、近くのあいつのおすすめの店で飯食いながらまた話をした。俺は話に愚痴がまじりはじめて、反対にあいつは楽しそうな話題ばっか話してくれてたな。まあお察しの通り、飯食い終わる頃には死ぬ気なんて無くなってたから、あいつは命の恩人なんだよ。

だから当時の俺は警察に相談なんかしなかったし、今の俺は超ショック受けてんの！分かった！？分かったなら良し！！
あとさ、4、5年前に金返ってきてんだよ、貸した金額より上乗せされてな。宛名とかなかったけど、俺があいつにおすすめしたパン屋のパンも一緒に届いたから、絶対にあいつからだ。ただのクソ詐欺師ならんな事しねえだろ。
それにぜーんぶ嘘だったとしても俺が救われたのは本当、それで良いんだよ。
だから、あいつがこんな事する前にあいつの話相手になれなかったのが悲しい。あとやっぱちょっと怒ってるわ、あいつ、置いてかれた側がどう思うか分かってねぇ！ってな！あいつは根っからの置いてく側の人間ぽいよ。置いてかれる側の気持ちを知らねえで、受け取ろうともしねえで、スっと逃げちまって悲しいぜ、俺は。
……ハッ！しみったれた話はもう終わりだ！終わり！とにかく纏めんと、俺は友達だと思ってた奴が思いもしなかった逃げ方したせいでショック受けてんのって話！
あ？3ヶ月くらいしか付き合いなかったけどよ、友達になんのに時間なんて関係ねえんだよ！覚えとけ！