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「どちらのベッドがいいです?」
「ジェイドのでいーよ。てか、ほんとに一緒に寝るんだぁ?」
Tシャツにハーフパンツという緩い服装のフロイドは、枕を手にしてジェイドの方へやって来る。その顔は愉しげに笑みを浮かべていて、そこに嫌悪が見えない事にジェイドはホッとした。
「フロイドが壁側で。落ちたら困るので」
「うわ、信用ねー」
ジェイドの枕の横に自分の枕を置いて、フロイドはベッドの上に乗り上げる。ギシ、と重さでベッドが揺れた。
「オレが蹴ってジェイドが落ちたらどーすんの?」
「落ちる前にフロイドのベッドに避難しますよ」
「優しいのか酷いのか分かんないねぇ」
アハハと笑うフロイドは本当に機嫌が良い。長い一房のメッシュを耳に掛け、垂れ下がった目尻を細めて柔らかく笑う。今日一日、こんな調子で、ご機嫌だったのだろう。
クラスも部活も違うジェイドは、日中のフロイドの様子は詳しくは分からない。この笑顔を他の人間達に向けているのかと思うと、少し気に入らないのだが。
フロイドが横になるのを見計らって、ジェイドは部屋の照明を落とした。机の上のライトの灯りは最小限に絞ってある。それは辛うじて互いの表情が見えるくらいの明るさだった。
「なんかドキドキすんねぇ」
「旅行の時のような感じですかね」
いつもと違う状況への高揚感。見上げた白い天井はいつも通りなのに、フロイドが隣に寝ているだけで違うように見える。
「やっぱりちょっと狭いねぇ」
ジェイドとフロイドの体の間は、ほんの少し開いていた。体は触れ合ってはいないが、温もりは感じられる。フロイドは横を向き、ジェイドの方へ体を詰めてきた。ピタ、と裸足が触れ合うのに、ジェイドは驚いたように目を丸くする。
「ジェイドの足、冷たっ」
「……フロイドの足があったかいんですよ」
「それはジェイドが爪切ったせいじゃん」
ジェイドによって爪を綺麗に切り揃えられ、指をマッサージまでされて、フロイドの足は程よく温まったのだろう。そんなフロイドが、ツンツンと爪先でこちらの足を突くので、ジェイドは笑ってしまった。
「やめてください、擽ったいです」
「あっためてあげんね」
笑いながらそう言って、フロイドはジェイドの体に身を寄せる。冷たいジェイドの足を両足で包み、腕に頬を寄せるようにして。
ドクン、とジェイドの鼓動が跳ねた。
鼻先に掠めるフロイドの髪の毛は、自分と同じシャンプーの香りがする。触れ合った箇所からは体温が伝わり、首筋には温かな吐息が掠める。こんな接触はしょっちゅうなのに、ジェイドの心臓の動きは明らかに速くなった。
「……温かくなると、すぐ眠くなってしまいますよ」
ジェイドは動揺する自分を押し殺し、フロイドの肩に腕を回して引き剥がそうとする。が、その手に力が入っていない事は自分でも分かっていた。
「すぐ寝れるならいーじゃん。」
「おや、僕はフロイドとお喋りできるのが楽しみだったのですが」
同じベッドに寝転びながら、今日あった出来事を報告し合うのも良いだろう。稚魚の頃みたいに。
「お喋りなんて、いつもしてあげてんじゃん……うーん、今日はアカイカせんせぇに褒められた。論文の出来が良かったって〜」
「それは良かったですね」
嬉しそうなフロイドに、こちらまで嬉しくなる。
「あとねぇ、今度バスケ部の合宿があるんだってぇ。たった一泊二日だけど」
楽しみ〜と、フロイドは額を摺り寄せて笑う。ジェイドに抱き付く腕の力が強くなる。
「そうなんですか。フロイドがいないのは寂しいですね」
「よく言うよ。ジェイドだって良くキャンプとか行ってんじゃん」
ぷぅ、とフロイドは稚魚のように膨れっ面になった。それを宥めるように、ジェイドはフロイドの頭を優しく撫でてやる。もう引き剥がすのは諦めて、触れ合ったフロイドの熱を享受していた。話しているうちに体は温められ、ジェイドの足はもう冷たくはない。
「ジェイドは? 今日なんかあった?」
「特に面白いことはありませんでしたねえ……ああ、錬金術の授業中にクラスメイトが薬品を爆発させて、リドルさんが蛸のように顔を赤くして激怒してらっしゃいました」
「そんなんいつものことじゃん」
クスクスと笑い合いながら、二人はいつの間にか抱き合うような体勢になっていた。ジェイドはフロイドの首の下に左腕を差し込み、もう片方の腕は腰に回して、その痩身を柔らかく抱き締める。温かなフロイドの体。それがまるで自身の体の一部のような気がするのは、兄弟だからなのだろうか。
やがてフロイドは、小さな声で鼻歌を歌い始めた。海の底で良く聴いた、人魚の子守唄。幼かった頃、自分達が好きだった歌。
ジェイドはその心地良い歌声を聞きながら、ゆっくりと瞼を閉じる。
──ああ。
どうしてこんなにも、胸が苦しいのだろう。