5-15-1.



　転がってゆくボールを拾うと、フロイドはこめかみに流れる汗をＴシャツで拭う。練習の輪には戻る気にはなれず、そのまま壁際に移動して、置いてあったスポーツドリンクを手にした。
　ちょっと休憩しよ、と勝手に休む事を決め、床にしゃがみ込んで他の部員達を眺める事にする。視線の先では、部員達が交代でシュート練習をしていて、エースの投げたボールがゴールを外れて床に転がってゆくのが目に入った。
「ちくしょー！」
　悔しがるその様子に、フロイドは口端を吊り上げる。エースの後方ではなかなかこちらに戻って来ないフロイドに、ジャミルがやれやれと溜息を吐いていた。
　バスケットボール部が合宿の為に借りているこの体育館は、学園のよりも天井が高く、上部にはたくさんの観覧席がある。高い位置にある窓からは、冬の澄んだ青空が見えていた。こんないい天気の休日に合宿なんて嫌だなぁとエースは溢していたが、それでも人一倍楽しみにしていたのもエースである。いつもと違う環境は誰でもワクワクするものだ。
　かく言うフロイドもその一人で、今日の合宿は数日前から楽しみにしていた。土日なので確かに休みは潰れるが、違う土地に行けるのは純粋に嬉しい。朝から晩まで練習三昧なのも意外に苦には思わなかった。
　スポーツドリンクを飲みながら、フロイドはぼんやりと片割れの事を考える。バスケ部の合宿は一泊二日で、明日の昼までは様々な練習メニューがみっちりと組まれていた。寮に帰るのは明日の夕方で、それまではジェイドには会えない。
　片割れは朝、「寂しいです」と、わざとらしい泣き真似をして、合宿に出掛けるフロイドを見送ってくれた。今頃、一人で何をしているのだろう。モストロラウンジのシフトはなかった筈だから、テラリウムでも作っているのかもしれない。あんな態度ではあるが、本当に寂しがっているのはフロイドにはちゃんと分かっている。
　なんとなしに気になって、フロイドは自身のバッグからスマートフォンを取り出した。流石にコーチに見られたらまずいので、タオルを取る振りをして画面を確認する。メッセンジャーアプリには、ジェイドからのメッセージが届いていた。
『合宿は楽しんでますか？ 僕は先程まで山に行ってました』
　メッセージと共に写真が一枚。どうやらフロイドが出掛けた後に山に向かったようだ。フロイドには何だか分からない不気味なキノコが並んだ写真である。山は電波が悪いだろうから、寮に戻って来てから送ったのだろう。
「いや、こんなん見せられてもな」
　ぷ、と思わず噴き出した。陸の世界に来てから片割れはすっかり山に夢中で、食べられそうな変わったキノコをたくさん採って来るのだ。ジェイドが山へ行く度に部屋の中は土臭くなるので、フロイドはそれが苦手なのだが。
「……楽しんでんじゃん」
　自分が居なくても楽しんでいるのは良い事だ。十七歳の男が、兄弟が一日いないだけでずっと落ち込んでいるのも気持ちが悪いだろう。そもそもそんなジェイドの姿は想像もつかない。
　陸の世界に来て、ジェイドとフロイドは前ほど一緒に居る事は少なくなった。部活も違えばクラスも違う。趣味も嗜好も違うのだから、当然と言える。兄弟だからと言って、いつも一緒に居るわけではないのだ。
　──そう、頭では分かっているのに。
　何だか面白くないのはどうしてなのだろう。
「もー、フロイド先輩何してるんすか」
　後ろからエースの声がして、フロイドはスマートフォンをバッグへと戻した。タオルを手にし、汗を拭いて振り返る。
「自主きゅーけぇー」
「コーチに見つかったらドヤされますよ」
「だって喉乾いたしぃ〜」
　へらっと笑って肩を竦め、フロイドはボールを手にして立ち上がった。大股でコートに戻るのに、エースも慌ててその後を追う。
「……なんか、機嫌悪くなってません？」
　さっきまでフツーだったのに。
　首を傾げたエースの言葉に、フロイドは何も答えなかった。