Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    ゆん。

    @yun420

    Do not Translate or Repost my work without my permission.

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 54

    ゆん。

    ☆quiet follow

    11.相合傘をする。

    11.11.



    「嫌です」
    「え~? なんでぇ、いーじゃん別に!」
     無遠慮に人のベッドの上に座り、フロイドはぷぅと河豚のように頬を膨らませる。両足はまるで駄々っ子のようにバタバタとさせていて、アズールにとってフロイドは体のでかい稚魚みたいなものだ。
    「ここにいるのは構いませんが、寝るのは駄目です。自分の部屋に戻れ」
    「ジェイドと同じ部屋に居んのヤダ」
     フロイドはアズールのベッドに大の字に倒れ込むと、体を丸めて顔を伏せてしまう。その声があまりにもしょんぼりとして、アズールは多少は憐憫の情を覚えた。気分屋のフロイドがここまで引き摺っているのは珍しい。やはり片割れが相手ではまた違うのだろう。
     大食堂での諍いから数時間が経っていた。幸い、今日のモストロラウンジのシフトに入っているのはフロイドの方だけで、その後の双子の接触は回避されている。あの険悪な雰囲気のまま二人で接客されてはアズールとしても大迷惑なので、これに関しては助かったと言えよう。オフであるジェイドの方はまた山にでも行っているのか、あれからアズールも姿を見ていない。
     ラウンジの仕事を終えたフロイドは、部屋に戻らずにアズールの部屋に居座っている。ジェイドと顔を合わせるのが気まずいのは分かるが、いつまでもここに匿うわけにもいかない。あの片割れは、どうせここにフロイドが居る事など、とっくに気付いているのだから。 
    「とにかく、お前と同衾するのは御免です。後からジェイドにどんな嫌味を言われるか」
    「はぁ? 意味分かんねー」
     顔を顰めてこちらを見るフロイドに、アズールはこれ見よがしに溜息を吐く。
    「仮にジェイドが僕と同じベッドで寝たとしたら、お前はどう思います?」
     わざと真顔を作ってそう問えば、フロイドはアズールの視線から逃れるかのように目を逸らした。
    「…………ヤダ」
    「そうでしょう。だから無理なんです」
    「じゃあ他の奴んとこ行く」
    「それも辞めておきなさい。お相手の方の命の為にも」
     誰が相手でも変わりませんよ。きっぱりとそう言って、アズールは机の上に置いていた真鍮の鍵を手にする。持つと冷たさが感じるそれは、滅多に使われる事のないゲストルームの鍵だ。
    「特別にゲストルームを貸してやるから、今夜はそこで寝なさい」
     アズールはそう言って、フロイドにその鍵を差し出した。但し絶対に汚すなよ、と釘を刺して。
     一泊一万マドルもする部屋を、フロイドに無償で貸すのだ。守銭奴のアズールにしては、それは最大限の大盤振る舞いだった。




     どんなに豪華な部屋でも、一人だとつまらないものだ。
     フロイドはTシャツに着替えると、大きなベッドの上に寝転がった。天井には豪奢な作りのシャンデリアがあるが、フロイドの趣味ではない。海が見える大きな窓も、自由に泳ぐ魚達も、今のフロイドには全てが鬱陶しかった。
     唯一の利点はバスルームがあることだ。バスタブもあり、お湯を張る事が出来る。残念ながら今はお湯に入る気力は起きず、シャワーを浴びるだけで終えてしまったが、それでもシャワールームに行かずに済むのは有り難い。
     着替えはアズールから借りた物で、フロイドには少しサイズが小さい。明日、ジェイドが居ない隙を狙って、部屋に戻って着替えなくてはならないだろう。鉢合わせでもしたら面倒で、それを思えば憂鬱だった。
     スマートフォンを開き、マジカメやメールをチェックする。片割れからは何も連絡はなく、フロイドからもする気はない。マジカメのアカウントを見ても、何の投稿も無かった。
     フロイドはスマートフォンの画面を落とし、無造作に枕元へと置く。ベッドサイドテーブルにある照明を消すと、部屋の中は真っ暗になる。
     海の底にあるオクタヴィネル寮は静かだ。もうとっくに消灯の時間は過ぎているので、眠っている寮生も多いのだろう。フロイドは頭から上掛けを被ると、横を向いて体を丸める。頭の中はやけに冴えていて、なかなか眠気は訪れそうにない。何度寝返りを打っても、この高級なベッドは、少しも揺れる事はなかった。
     体に触れる清潔なシーツは、何の匂いもしない。洗剤の匂いも、ジェイドの匂いも。
     眠る時は片割れの匂いに包まれているフロイドにとって、ここは落ち着かない寝床だ。自分の居場所ではないと、拒絶でもされているかのような気持ちになる。
     慣れない部屋と、慣れないベッド。たった一人。
     ぴったりとくっついて眠る存在が居ないのは、とても寂しい事なのだと気付いてしまう。
     ジェイドは平気なのだろうか。
     フロイドが居なくても、普通に寝ているのだろうか。
     それは当たり前の事だと頭では分かっていても、フロイドの心には苛立ちが募る。怒りのような不安のような、醜くて嫌な感情だ。昼間、監督生の話を聞いた時のような、黒い感情だ。
     寂しいと思うのも、不安に思うのも、そんな想いを抱く自分が一番気持ちが悪かった。こんなのは自分ではないと思ってしまう。吐き気がするような嫌悪感が湧いてしまう。『嫉妬』を知ってしまった事が苦しい。胸が掻き毟られるようなこの感情を知ってしまった事が苦しい。
     ジェイドに触れたくて、傍にいたくて、心の奥が苦しいのに、そんな自分に恐怖を覚える。気分屋で、束縛を嫌う自分が、根底から変えられてゆくようでゾッとするのだ。そしてそれはもう、元には戻らない。
     何度目かの寝返りを打つと、自身の髪の毛から優しい花のような匂いがした。この部屋のバスルームにある、備え付けの石鹸の香り。今の自分は、ジェイドとは違う香りを身に纏っている。
     もう血は止まり、痛みもない筈なのに、絆創膏を貼った右手の人差し指が、疼くような気がした。



     ──雨だ。
     フロイドは校舎の入り口で、ぼんやりと空を見上げた。
     朝からずっと鉛色の雲が頭上に広がっていたが、とうとう雨が降って来たようである。
     ──最近雨が多いなァ。
     昨日以外はずっと雨だ。一昨日もその前も更にその前も。雨季でもないだろうに、賢者の島は雨の日が続いている。
     扉の前にはフロイド以外誰もいない。もうとっくに授業は終わっていて、校舎に残っている生徒達は多くはないのだろう。雨が降っていては、外での部活動に励む生徒達も帰寮しているかも知れない。だからこんなに外は静かなのか、とフロイドは思った。
     フロイドはと言えば、今日の部活は自主的に休む事を決めていた。モストロラウンジの方も、今日はシフトに入らなくていいとアズールからは言われている。今日はジェイドがシフトに入っている筈なので、配慮されたのだろう。
     ジェイドには昨日のあれ以来会っていない。着替える為に一度部屋に戻ったが、片割れはもう既に登校した後のようだった。所属しているクラスが違うので、教室から出なければ遭遇する事はない。大食堂や中庭にも、フロイドは一度も姿を見せなかった。
     細く、降り注ぐ冷たい雨。
     音もなく、まるで世界を遮断しているかのように静かだ。徐々に強くなる雨に、傘も無く、魔法を使う気も起きないフロイドは、このまま濡れて帰ろうかと考える。元々海で育った人魚なのだから、水に濡れるのは平気だ。衣服がベタベタと引っ付くのは不快でも、濡れる事自体は嫌いじゃない。
     一歩踏み出そうとしたその時、
    「フロイド」
     と、後ろから声が掛けられた。
     振り返れば、ハーツラビュル寮の三年生達が立っている。ウミガメくんと、ハナダイくん。本名は知らない。
    「傘がないのか? 入れてやろうか?」
    「どうせ鏡舎まで一緒だしねー」
     まさかまだ人がいるとは思わなかった。
     愛想良く笑うトレイとケイトは、二人とも傘を手にしている。紺色で何の変哲もないシンプルな傘と、グラデーションがかった綺麗な色の傘。
    「あー……別に濡れてくからいーよぉ」
    「ここから鏡舎までは結構あるぞ」
    「冬の雨で濡れたら、風邪引いちゃうって」
     人の良い先輩二人組は心配顔だ。
     別に放っておいてくれていいのにな、とフロイドは思う。人の親切は、たまにとても痛くて、重い。
    「オレ──、」

    「フロイドは、僕と帰るので大丈夫ですよ」

     言葉と共に背後から伸びてきた手が、突然フロイドの腕を掴んだ。
     驚いて顔を後ろに向ければ、いつの間にか片割れが傍らに立っている。ジェイドはにっこりといつもの笑みを浮かべ、先輩二人に慇懃に頭を下げて見せた。
    「気を遣っていただいてありがとうございます、トレイさん、ケイトさん。でも僕が傘を持っているので、安心してください」
    「ああ、ジェイドがいるなら平気だな」
    「良かったぁ、風邪引かないようにね」
     二人はホッとしたような顔になり、それぞれの傘を差して雨の外へと出て行く。
    「またな」
    「じゃあねー」
     仲良く振り返ってこちらに手を振り、ジェイドも愛想良い笑いを作って手を振り返す。
     フロイドはそれを、半ば呆然として見送った。
     掴まれた腕を離そうと引いてみるが、ジェイドの手は離れない。それどころか掴む力はますます強くなり、指先が肉に食い込む。
    「……いてぇんだけど」
     文句を口にすれば、やっと手の力が緩んだ。フロイドが身を捩ると、掴まれていた腕は解放される。
     ジェイドは真っ黒な傘を手にしていて、それを片手だけで開くと、フロイドの方に差し出して来た。
    「……何でここにいるの」
    「あなたが傘を持ってないのではないかと」
     片割れのスラックスの裾が濡れている。わざわざ雨の中、寮から戻って来たのか。フロイドを迎えに行く為に。
    「……モストロラウンジは?」
    「フロイドを迎えに行きたいと申しましたら、あっさりと許可が下りました」
     思わず舌打ちをしそうになる。アズールもああ見えて、ジェイドには甘いのだ。
     フロイドはそれ以上ジェイドと話すのはやめ、さっさと雨の中を歩き出した。その後ろから、傘を差し出したジェイドが付いてくる。
     結局フロイドは、横に追い付いたジェイドと肩を並べて傘に入り、鏡舎までの道をゆっくりと歩いた。その間、ジェイドは全く口を開かず、フロイドも何を話していいのか分からない。ただ鼻先に、ほんのりとジェイドのムスクの香りが掠める。昨日の監督生の話は本当だったわけだ。別に、本気で疑っているわけでもなかったが。
     頭上の空を見上げれば、灰色の分厚い雲が全面に広がっていた。
     薄暗く、静かな陸の世界。
     降り注ぐ雨の音も、時折吹く風の音も聞こえるのに、どうして静かだと思うのだろう。
     歩くたびに水が跳ねる音がし、遠くの空からは雷鳴も聞こえる。目に見える風景も、耳に届く音も、何もかも違うのに、海の底にいるみたいな感覚がした。隣にジェイドが居るからだろうか。
     やがて鏡舎に辿り着くと、ジェイドはゆっくりと傘を閉じる。傘の先端からは、水がポタポタと落ちて床に染みを作った。そんな片割れの右肩が濡れているのに、フロイドは眉根を寄せる。
    「……濡れてんじゃん」
    「フロイドも濡れてますよ」
     そう言ってフロイドの左肩を指差すが、どう見てもジェイドの方が濡れている。差していた傘を、フロイドの方へ多く傾けていたせいだろう。それがどういう事か、フロイドにだって分かる。
     フロイドを迎えに来る為に濡れて、フロイドを傘に入れてやって、更に濡れる。冬の冷たい雨だ。フロイドの体も冷えているが、ジェイドの体はもっと冷たくなっている事だろう。
     昨日、ぶつかり合った兄弟の事など、放っておけば良かったのに。
    「ジェイドって……馬鹿だねぇ」
    「酷いですね」
     くすりとジェイドが笑うものだから、フロイドも思わず笑い出しそうになる。本当に馬鹿だなぁと思う。ジェイドではなく、自分がだ。
     些細な事で直ぐに腹が立つ自分が。片割れの事には狭量な自分が。
     得体の知れぬ感情に、怖がっている自分が。
     ──ごめんねぇ。
     と、小さな声で呟く。
     何に対しての謝罪なのか、言わなくてもジェイドには伝わっただろう。俯くフロイドの頭を、手袋越しの手が撫でる。それはとても優しかった。
    「僕も──少し狭量でしたね。申し訳ありませんでした」
     ですが、と言って、ジェイドはフロイドの右手をそっと手に取る。手袋越しでも、やはりその手は冷たい。
     ジェイドはフロイドの人差し指を自身の指で挟み、親指の腹でゆるりと絆創膏を撫でたかと思うと、そのままベリベリと絆創膏を乱暴に剥がしてしまった。
    「は……」
     片割れの突然の行動に、ぽかん、とフロイドは口を開ける。フロイドの人差し指には、絆創膏の痕が薄く残っていた。
    「この傷の手当ては、改めて僕にさせてくださいね……もう治り掛けてるようですが」
     僅かに口端を吊り上げて笑ったジェイドは、フロイドの手に唇を寄せると、そのまま食むようにして指先を口に含んだ。まだ真新しい傷口を舌先で突っつき、ちゅうっと可愛らしい音を立てて吸う。途端、ピリッとした痛みが走り、フロイドは思わず顔を顰めた。
     それに構う事なく、ジェイドは更にフロイドの指に舌を這わせ、甘噛みをするかのように歯を立てる。そうしているうちに傷口には新たな血が滲んだが、ジェイドはそれも舌で綺麗に舐め取ってやった。ぴちゃ、と唾液の濡れた音が響く。
    「……なんか、やらしくね?」
     今、自分の顔は、はっきりと赤くなっている事だろう。
     心臓の音も、バクバクと煩い。
     自分の傷付いた指が、片割れの薄い唇に食まれ、赤い舌で舐められて、尖った歯で軽く噛まれる。それを目の前で見せ付けられるのは、フロイドとて流石に居た堪れないのだが。
    「いやらしくしてるんですよ」
     ジェイドは最後に手の甲に口付けを落とし、フロイドの手を解放する。言葉を紡ぐその唇は唾液でほんのりと濡れていて、ゾッとするような色気が漂っていた。
    「フロイド。僕は──、」
     真っ直ぐに、射抜くような視線がフロイドを捉える。色彩が異なる瞳の奥には明らかに情慾の熱が灯っていて、フロイドは思わず息を呑んだ。見つめられているだけで、火傷してしまいそうな。
     煩かったフロイドの心臓が、まるで耳の横に心臓があるみたいに更に煩くなる。体は熱く、呼吸は苦しくて、指先は小さく震えている。ワクワクするような、怖いような、複雑な感情がフロイドに押し寄せている。
     そんなフロイドを見つめたまま、ジェイドはゆっくりと口を開く。

    「あなたといやらしいことがしたい」

     雨の音が響く中で、その声はやけにはっきりと聞こえた。





    .
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ❤👏😭💯💯☺💖👍💒🌋🌋🌋🌋🌋🌋🌋💖💖💖💖💖💖💖💖🙏👏😍😍😍😍😍💞💞💞💞💞💞☺😊👍😭🙏💘💘🌋💒😍😍😍😍🙏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works