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    ゆん。

    @yun420

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    ゆん。

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    15.前夜と当日。

    15.15.



     フロイドはニコニコと機嫌がいい。ベッドの上にうつ伏せに寝転がり、雑誌を眺めたり、スマートフォンを眺めたり。賢者の島にある店の情報を見て、ここに行きたい、これが食べたいと、隣にいるジェイドにおねだりをする。
    「この靴、賢者の島で売ってますかねぇ」
    「うーん、無かったら通販かなぁ」
     頬杖を付き、眉尻を下げて、フロイドは雑誌を睨み付けていた。雑誌の特集ページには様々な靴の写真が載っている。どれもそんなに高い値段ではなく、学生でも手が届く範囲の靴だ。しかし賢者の島はそれなりに人口が多いとは言え、大都市というわけではない。フロイドが望む最新の靴が並んでいるかどうかは、難しいところだった。
     明日は久し振りに二人揃っての休みである。この日をずっと楽しみにしていたフロイドは、まだ前日だというのに既にテンションが高かった。そんなフロイドを見ているだけで、ジェイドの方も嬉しくなってくる。
    「ジェイドはアウトドアショップに行く?」
    「そうですね、特に必要としている物は今のところないのですが……せっかくですので見てみたいと思います」
    「ウン、一緒に行こ~」
    「はい」
     ふふ、と二人で顔を見合わせて笑う。まるで遠足前の稚魚のように、ワクワクと胸を躍らせていた。
     こんな気持ちは久し振りだ。陸の世界へ初めて来た時のような、黒い馬車が迎えに来たあの時のような、高揚感に包まれる。
    「なんか、楽しみ過ぎて眠れないかも」
     閉じた雑誌を机の上に放り投げると、フロイドはベッドに仰向けに寝転がった。その横顔は確かに眠そうには見えない。もうシャワーも歯磨きも終えて、後は寝て、明日を待つだけなのだが。
    「フロイドと二人で出掛けるのは久し振りですからね」
    「だってジェイドは最近ずっと休みの日は登山ばっかだったじゃん」
     ぷぅと頬を膨らませてこちらを見るフロイドは、ジェイドにはとても可愛らしく見える。例えそれが欲目だとしても。
    「では今度、フロイドも一緒に山へ行きましょうか」
    「え、ヤダ」
    「そんな冷たいことは言わないで」
     フロイドの腹に手を回し、その細い腰を抱き寄せれば、きゃあっと楽しげな悲鳴が上がった。バタつかせる足を押さえ付け、無防備な脇腹を両手で擽ってやると、フロイドは身を捩りながらゲラゲラと笑い出す。その度にギシギシとベッドのスプリングが軋む。
    「あははっ、やめてぇ、くすぐったいじゃん!」
    「今度登山に行きます?」
    「行く行く。だからやめてっ」
     フロイドの降参を聞き、ジェイドはやっと擽っていた手を離してやった。笑い過ぎたのか、フロイドは涙目になっている。「もー、ジェイドひどい」と言いながらもその顔は笑っていて、どうやら本気で怒っているわけではないようだ。
     フロイドは今日もハーフパンツにTシャツというラフな格好だ。シーツの上に投げ出されている脹脛には、浴室で付いた青痣はもう見当たらない。あの時、ジェイドが首の後ろに噛み付いた痕も、もう跡形もなく消えている。あのゲストルームでの一件から数日が経ったが、あれから二人に性的な接触はなかった。
     明日が楽しみだ、と自分と出掛ける事を嬉しそうにしている兄弟の傍らで、ジェイドがどんな想いを抱いているかフロイドは知らないだろう。ジェイドはあれから、人間の生態や、男同士での性行為の方法を調べ、頭の中でいくつものシミュレーションをしている。フロイドを押し倒し、体を暴き、その体液の味を堪能する事を考えている。こうして話していても、頭にはフロイドの痴態が浮かんでいるのに、ジェイドは普通の兄弟の顔をしてフロイドの隣にいる。「待つ」と言ったからには、ジェイドはいつまでも待つつもりだった。だが、拒否をさせるつもりはない。フロイドが拒んだとしても、いずれその気にさせる。地の果てまでも追い掛けて、逃がさない。ジェイドはそういう男だった。
    「ジェイド? 眠い?」
     訝しげにこちらを覗き込むフロイドに、ハッとする。
    「いえ……でも早く寝ないと明日起きれなくなりますよ」
    「もう日付変わっちゃったねぇ」
     時計を見れば疾うに0時を超えていた。そろそろ寝なくては、明日の朝に起きるのが辛いだろう。
    「目を閉じてれば眠れるかもしれませんね。今日はどっちのベッドで寝ますか?」
     二人はもう毎日同じベッドで寝ている。稚魚の時のように尾鰭は絡ませる事はないが、今は代わりに足がある。足と腕を絡ませて、いつも抱き合うようにして眠っていた。一つの繭みたいに。
    「このままオレんとこでいーよ」
     言いながらフロイドは、ジェイドの腕に抱き付いてくる。柔らかな髪の毛に手を伸ばして撫でてやれば、フロイドはまた顔をくしゃっとして笑う。今日の兄弟は本当に機嫌がいい。
     この時折発揮される可愛げを、ジェイドは出来るなら他の者には見せたくなかった。この学園でももう知っている者もそれなりにいるだろうが、目を潰して記憶を破壊してやりたいとは思っている。割と本気で。
    「羊を数えると眠くなるらしいですよ」
     口からは内心と違う言葉が出た。魔法で部屋の灯りを消すと、辛うじて互いの輪郭が分かるくらいの薄暗さになる。ジェイドはフロイドの頭を引き寄せるようにして、その髪に頬を埋める。ふわふわの髪からは、ムスクの甘い香りがした。
    「なんで羊なんだろーね?」
    「sleepとsheepが似ているから、と言う説は聞いたことがあります」
    「ただのシャレじゃん」
     ククク、とフロイドは肩を震わせる。笑うたびに髪の毛が鼻先を掠め、擽ったい。
     体をくっつけ、抱き合いながら、他愛もない話をする。フロイドは良く動くので、たまに肩や腕が上掛けから出る。ジェイドはそれを見て、毎回上掛けを掛けて直してやった。
     ふと会話が途切れ、沈黙が落ちても、そこは幼い頃から一緒に居る兄弟なので気まずさはない。手や、足や、体が触れて、互いの体温を感じているだけで、心が落ち着いてゆくような気がする。
    「……なんか、初めて一緒に寝たときのこと思い出したぁ」
    「あのときは僕のベッドでしたね」
     ジェイドの足が冷たいと文句を言っていたフロイド。今日あった出来事を報告し合ったあの夜。あれからそんなに日は経っていない筈なのに、今のジェイドはすっかり中身が作り替えられたような気がする。あの時はまだ、自分の中にあるこの感情を気付いていなかった。
    「あんときは狭いって思ったけど、今はそーでもないねぇ」
     それはきっと、今は殆ど抱き合うようにして眠っているからだ。まるで自身の体の一部のように、フロイドの体はピッタリとジェイドの体に嵌る。一度くっ付いてしまえば、離れる事は考えられないほどに。
     今のジェイドはもう、フロイドが隣に居ないと眠れない。フロイドがいない間、Tシャツをその身代わりにしても、フロイドのベッドで寝てみても、結局は無駄な足掻きだった。本物ではないと駄目なのだと、自覚しただけであった。
     無言で頭を撫で続けてやると、フロイドがこちらを見上げたのが分かった。いくら深海育ちの人魚でも、人間の姿で暗い部屋では片割れの表情は良く見えない。
    「ジェイド……」
    「なんですか」
     一瞬の沈黙。
    「……そろそろ眠くなってきたぁ」
     恐らくフロイドは、本当に言いたかった言葉をジェイドに告げなかった。だがジェイドはそれを、指摘したりはしない。
    「ではそろそろ寝ましょうか。……もうかなり遅い時間だ」
     丸くなったフロイドの体を抱え直し、上掛けをまた肩に掛け直してやる。フロイドは暫くジェイドの首筋に鼻先を埋めてモゾモゾと動いていたが、段々と動かなくなり、暫くすると静かになった。
     先に眠ってしまったフロイドの体を抱えながら、ジェイドも安堵したように目を瞑る。腕の中の温もりが心地好い。暗闇の中、フロイドの小さな寝息を聞きながら、やがてジェイドもゆっくりと眠りに落ちていった。




     目が覚めて真っ先にフロイドの目に飛び込んできたのは、天井の白さだった。部屋の中は明るく、カーテンからは海を通してうっすらと光が入り込んでいる。外気の気配から察し、どうやら雨は降っていない。晴天の匂いがした。
     ふわぁ。
     大きな欠伸を一つして、フロイドは目を擦りながら体を起こす。隣では片割れがまだすやすやと眠っている。起こさないように慎重にベッドを抜け出したフロイドは、机の上のスマートフォンに表示された時刻を見て息が止まった。
    「ちょ、ジェイド!」
     慌てて片割れの肩を掴み、体を前後に揺さぶる。恐らくフロイドよりも遅くに寝たジェイドは、フロイドの声にも全く起きる気配がない。
    「ジェイドってば! もうお昼過ぎてるって!」
     確認した時刻は正午をとっくに回っていて、どうやらスマートフォンのアラームをセットし忘れたらしい。
    「あー、やばいやばい、どうしよ」
     観たかった映画はもう上映開始時間を過ぎている。食べたかったスイーツももう売り切れているだろう。昨日なかなか眠れなかったせいで、寝坊してしまったのだ。
     楽しみにしていた分、そのダメージは大きい。フロイドは頭を掻き毟って狼狽える。
    「サイアクじゃん……」
     なんだかもう全てが馬鹿馬鹿しくなって、フロイドは力が抜けてベッドに座り込んだ。どうせ今から出掛けても間に合わない。せっかくジェイドと出掛けるのを楽しみにしていたのに、すっかり台無しになってしまった。自身への怒りをどこにぶつけたら良いか分からない。早く眠らなかったのは自分のせいで、ジェイドは自分に付き合ってくれていただけなのに、同時にジェイドの休みも潰してしまった。
     その時、背後から伸びてきた腕が不意にフロイドの腰に回された。引き寄せられ、抱き締められて、背中に温かな熱を感じる。
     驚いて顔を上げると、いつの間に起きたのか目の前にジェイドの顔があった。
    「ジェ、」
     ジェイド──と、名前を呼ぼうと開いた唇を、そのまま柔らかな唇で塞がれる。一瞬触れただけの口付けは直ぐに離れ、フロイドはぽかん、と口を開けた。
    「落ち着きましたか?」
    「……」
    「映画はもう無理ですが、ランチや買い物はまだ出来ますよ。急いで準備をしましょう」
     ジェイドはフロイドに優しく言い含めるように促すと、ベッドから立ち上がって着替え始める。
     フロイドは暫くは呆けていたが、何度か瞬きを繰り返し、「ウン」と素直に頷いた。突然のキスで毒気を抜かれたのか、さっきまでの苛々は綺麗に消え去っていた。
     顔を洗い、着替えをして、二人は急いで外出の準備をする。髪を整え、お気に入りの靴を履いて、洗い立てのシャツを着て、バッグを持って。
     そうして一緒に部屋を出れば、廊下でアズールにばったりと出くわした。アズールは二人の姿を見て、眼鏡の奥の目を丸くする。
    「お前たち、まだ出掛けてなかったんですか?」
    「これから行くとこ~」
    「行ってきます」
     二人は早足でアズールの横を通り過ぎる。ニコニコと笑いながら手を振って。それだけで二人の機嫌が最大限に良いのがアズールには分かった。
    「あ、お前たち。夕方から雨が──」
     降るらしいですよ、と言うアズールの声は届かなかったようだ。アズールが振り向くと、もう二人の姿は鏡舎の方へと消えていた。
     鏡舎を通り、一歩学園の外に出れば、頭上には雲一つない青空が広がっている。
     フロイドは空を見上げ、太陽の眩しさに思わず手を翳す。太陽の暖かさもあって、外は冬空の下でもそんなに寒くはなかった。
     風に乗って香る潮の匂い。遠くから聞こえる潮騒と、汽笛の音。街並みが広がるずっと遠くには海が見え、太陽の光を受けて水平線がキラキラと白く輝いている。
    「さて」
     同じく空を見上げていたジェイドは、こちらを振り返って微笑んだ。その笑みがあまりにも優しくて、フロイドの胸の鼓動が跳ね上がる。
    「先にランチにしましょうか。お腹が空いたでしょう?」
    「お腹が空いてんのはジェイドの方じゃねーの」
     なんとなく照れ臭くなって、ちょっとだけ憎まれ口を叩いてしまう。フロイドの腹が空腹を訴えているのは本当だったが、自分より健啖家のジェイドはもっと空腹である事だろう。
    「フロイドが食べたがっていたスイーツがあるお店にしましょう。もし駄目なら違うメニューでもいい」
     そう言ってジェイドは手を差し伸べてくる。いつも手袋をしている事が多い片割れの手は、日に焼けておらず、白い。
    「……なに?」
     差し出された手に、フロイドは首を傾げる。
    「せっかくのデートですから、手を繋ぎませんか?」
    「でっ、」
     これってデートなんだ。
     ジェイドの言葉に、思わずフロイドは声がひっくり返ってしまった。フロイドとしてはデートというつもりは微塵もなく、ただ単にジェイドと出掛けられるのが嬉しかっただけなのだが。
     僅かに頬を赤らめながらも、フロイドはおずおずと差し出された手に自分の手を重ねた。片割れとは抱き締めあったり、色々ともっと凄い事もしているのだが、こうして改めて手を繋ぐとなると異様に恥ずかしい。
     重なった手をそっと握り締めれば、ジェイドは指を絡めるようにして握り返してくれた。温かいジェイドの手。その手を握っているだけで、フロイドはホッと安心するような気がする。
     ジェイドは繋いだ手を引いて歩き出す。昨日散々フロイドが話したせいで、ジェイドの頭の中には店のマップが入っているらしい。
     そのまま二人は、街のメインストリートへと向かって行った。



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