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    はるち

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    はるち

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    You, just you. クロカンブッシュ。
     それはシュー皮を塔のように積み上げたお菓子である。シュー生地の表面はチョコレートソースや生クリーム、エディブルフラワーや果実で飾り付け、シュー同士は飴やキャラメル等で接着する。その華やかさからクリスマスツリーを連想させるお菓子だ。
     それが、今、ロドス本艦のキッチンに顕現していた。
    「ドクター」
     私の来訪に気付いたイグゼキュタ―がこちらを見下ろす。彼は今三脚に乗って、塔を積み上げている真っ最中だった。バベルの塔もかくやというクロカンブッシュは、現時点でドゥリンと同じくらいの高さがある。しかし未だ建造途中だった。皿の上に置かれているシュー皮の量から察するに、全て組み上げたら天井にも届きそうである。
     イグゼキュター、と呼びかけると、彼はシュー皮を積み上げる手を止めた。賽の河原、或いは境界を建造しようと煉瓦を手作業で重ねているかのような光景であるが、彼自身にそれを気にする素振りはなく、疲労の色さえなかった。これだけの作業であれば一日がかりであろうに。
    「何をしているの?」
    「クロカンブッシュを作っています」
     今日はドクターの誕生日ですので、と彼は言い添えた。成程、大方の予想通り、やはりこれは自分へのプレゼントだったようだ。イグゼキュターがキッチンで何かやっているからちょっと様子を見てくれ、とガヴィルが声を掛けたのは正しい。
     お菓子作りはサンクタのライフワークでもあり、彼がそれに打ち込むのは良いのだが。
    「君の気持ちは嬉しいけど、さすがにこの量は食べきれないよ」
     中にクリームが入っていない分、シューは軽い口当たりで食べやすいのだろう。しかし中に入っていないだけで、装飾として白く純真な生クリームに濃厚なチョコレートとキャラメルのソース、宝石のように艶やかな果実をそれこそ山のようにあしらっているのだ。何事にも限度というものがある。
    「ドクターが食べきれない分はこちらで処理いたしますので」
     処理、というが、彼も食べるのを手伝ってくれるということだろう。このままでは七割、いや八割ほどが彼の胃の中に納まりそうである。生粋のサンクタである彼としては、それで別に構わないのだろうが――
    「なら皆で食べようよ」
    「皆で――、ですか」
    「エンフォーサーにセシリアに、インサイダーとスプーリアも呼んで……、ああ、アレーンとアドナキエルにも声を掛けないとね」
     サンクタの面々を呼ぶのは必須だろう。彼が作り上げた芸術作品のようなクロカンブッシュの素晴らしさを、彼らならば真に理解してくれるだろうから。後は外勤から帰ってきているエイヤとハニーベリーに、勿論アーミヤとケルシーも呼んで、と。私が指折り数えていると、彼はおもむろに三脚から飛び降りた。危なげのない着地は流石としか言いようがないが、降りるなら事前に言って欲しい。こっちの心臓に悪い。
    「どうしたの、嫌だった?」
     彼の光輪に曇りはないけれど。その青の瞳は、風で波立つ十二月の湖のように揺らいでいた。
    「……嫌、なのでしょうか」
     自分の裡にあるものを検分するように、彼はぽつりと呟いた。彼は私にと、この塔を作ってくれたのだろう。それが、私以外の誰かの口に入るというのは、あまり面白くはないのかもしれない。
     けれど。
    「せっかく君が私のために作ってくれたんだ。自慢させてくれよ」
     彼はこんなに私のことを思ってくれているのだ、と。照れくさくて普段はやらないけれど、今日であれば許されるだろう。一年に一度、今日は私の誕生日なのだから。
     本当に君が嫌ならやらないけど、と言えば、彼は首を横に振った。
    「ドクターがそれを望まれるのでしたら、拒む理由はありません」
     けれど――と。彼がわずかに言い淀む。瞬きは一度だけ、再び開かれた瞳に、もう揺らぎはなかった。天上の青は、どこまでも真直ぐにこちらを見ている。
    「初めの一口は、ドクターが食べてくれませんか」
    「勿論だよ。君が、私のために作ってくれたものだからね」
     何だったら互いに食べさせ合ってもいい、と冗談めかして言うと、彼は思いの外それを気に入ったようだった。ドクターがそれを望まれるのでしたら、拒む理由はありません、と。先程よりもきっぱりと、彼は言い切った。インサイダーは呆れるだろうし、スプーリアは笑うだろうが――そうと決まれば話は早い。皆を呼んでこなければ、と。キッチンを離れようとしたときに。
    「ドクター」
     振り返る。彼はゆっくりと身をかがめ、甘い匂いがこちらに近づく。重なった唇からクリームの香りがするのは、彼が味見をしていたからだろうか。目を開ければ、青はその色味を増していた。
    「誕生日、おめでとうございます。あなたが生きていることに、感謝しています」
     もう一度だけ唇を強請れば、彼はそれに応えた。天使からの祝福は、いつだって天国のように純真で、砂糖のように甘かった。
    「うん。ありがとう、イグゼキュター」
     私も君がいてくれて嬉しい、と。そう囁けば、祝福は飴のように降り注ぐ。嗚呼、どんな贈り物よりもケーキよりも、一番欲しいものは。
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