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    はるち

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    はるち

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    ヴィジェルとリーがクルビアでギャングとわちゃわちゃするお話

    トマトソースはまだ煮えているか 風が乾いている。
     シラクーザであればそれは福音だっただろう。しかし今のヴィジェルには障害の一つだった。立ち上る硝煙を、この乾いた風は烟る雨のように隠してはくれない。
     銃声は三発。いずれもヴィジェルの狙い通りに目標へと命中し、男の一人はくぐもったうめき声を上げて手にしていたナイフを取り落とした。後続の一人は地に伏し、もう一人は銃弾のめり込んだ肩を抑える。黒いスーツでも、血が滲む様はこの距離であれば良く見えた。
     先陣を切った男は、しかしナイフを持っていた右手を弾丸が貫通した程度では足を留めなかった。獣のような叫び声を上げながらヴィジェルに向かって走り出す。男はフォルテのようだった。その巨躯がこちらに突進する姿は蒸気機関車を連想させる。けれどもそれに、横から影が躍りかかる。本物の獣――、ヴィジェルの使役する狼の群れだ。未だ血の滴る右手、肩、大腿に牙が食い込んだ男は今度こそ悲鳴を上げ、ヴィジェルは銃を下ろした。
     
     ロドスがクルビアでの依頼を受けたのは数日前のことだった。
     一人の感染者を保護し、ロドスで治療を受けさせて欲しいというものだった。感染者の容態は悪く、診察に当たった医療オペレーターは一刻も早いロドスでの保護を本部に訴え、ドクターは依頼を受諾した。ヴィジェルが自分からその任務に志願したのは、その感染者がクルビアのギャングの一員だからだった。
     そしてそのファミリーは、シラクーザから亡命したマフィアが立ち上げている。
     かつてのヴィジェルの同族だった。
     
    「状況は」
    「順調だ。Aチームは予定通りにターゲットを確保した」
     インカムからノイズ混じりの声が聞こえる。この声はクォーツのものだろう。ヴィジェルとは異なり、彼女の役割は、ターゲット――感染者であり、クルビアギャングを本艦まで護衛することだ。
     そして、ヴィジェルの役割は――
    「――ッ!」
     ヴィジェルが銃弾を放つのと、曲がり角から現れた新手が武器を構えるのはほぼ同時だった。否、ヴィジェルの方がわずかに早く、しかしその数瞬の差ごと切り伏せる軍刀サーベルが閃き、銃弾を両断した。背中を伝い落ちる汗は、この気候のせいだけではない。
     銃という武器のメリットは、その射程にある。裏返せば近接戦闘においては不利となる。弾丸を込める、照準を合わせる、引き金を引く。その行為は距離というアドバンテージがあるからこそ許される余剰であり、近距離においては剣を振るうという一行程ワンアクションの速さには及ばない。
     軍刀の持ち主は赤い髪のヴァルポのようだった。ヴィジェルに向かって駆ける彼女はさながら稲妻めいて、飛びかかる狼でさえ軍刀の前では無力だった。
     
     ロドスでの治療を依頼したギャングに、ドクターが求めた対価は金銭ではなかった。
     クルビアは他の国と比べて、感染者の人権が担保されている国である――金のある限りは。大抵の感染者は、多額の保険料や治療費を払えなくなり、開拓隊や傭兵へと身をやつすことになる。
     そして彼らが辿る道の一つが、ギャングの一員となることだ。
     消耗品の下っ端として使い潰されるものもいれば、元々の能力を活かして出世するものもいる。いずれにせよ確かなことは、クルビアのギャングのもとにはかなりの数の感染者がいるということだ。
     ドクターが要求したのは、ファミリー内にいる感染者の治療だった。ロドスが彼らの傘下に入るのではなく、あくまで対等な一企業として、クルビア内にあるロドスの事務所で定期的に彼らの診察と治療にあたること。ギャングは躊躇したが、ドクターがその要求を曲げることはないと理解した彼らは、最終的には合意した。
     ドクターはすぐに作戦部隊を立ち上げ、指揮を取った。部隊は二つ。クォーツのいる護衛部隊と、ヴィジェルが指揮を取る遊撃隊だ。別部隊が必要となる理由、それは――
     
    「ぐ……ッ!」
     そのヴァルポがヴィジェルの間合いに入り込むまで、一呼吸もかからなかった。振り下ろされた軍刀を銃身で受け止める。火花が散り、腕の骨が軋む。頬を伝い落ちた汗は乾いた地面へと吸い込まれ――二人が同時に後方へと飛び退り、距離を取ったのは、このままでは埒が明かないと判断したから、ではない。
    「おっと、まあまあ落ちついて」
     二人の間へと符を投擲した男は、聞いているだけでやる気が削がれるような声で言う。
    「茶がこぼれるでしょうが」
     ――彼が出てくるのは、君が十分に状況を整えてからになると思うけど、と忠告したのは、作戦開始前のドクターだったか。
    「今更何だ、オペレーター・リー?」
     味方に対して向けたものとは思えないほど冷徹な声は、マフィア時代の彼を知っているものであれば血も凍るほどだったろう。しかしリーはそれに対して肩をすくめただけで、まるで大通りを散歩するような足取りで二人へと歩み寄る。
    「そちらの方も。お察しの通り、ここにあなた方の探し人はいませんよ。でもここで会ったのもなにかの縁です。どうです、ゆっくり茶でも呑んで話しませんか?」
    「……」
     中段に軍刀を下げていた彼女が、再び構え直す。戦闘態勢に入った敵を見て、リーは大仰にため息をついた。
    「そんなにぴりぴりしないでくださいよ。うちはあくまでの感染者の治療が目的なんです。あなた方の縄張り争いに、口を挟むつもりはありませんよ」
     返答はない。代わりに向けられるのは、剥き出しの刃よりも鋭利な敵意だ。
     ロドスに治療を依頼したファミリーには、当然のように敵対するファミリーがあった。おそらくはそこからの襲撃があるだろう、というのがドクターと依頼元の予想だった。理由は二つ。保護対象がファミリーの重要人物であり、人質としての利用価値があること。そしてもう一つ。
     もしそのファミリーに所属すれば真っ当な鉱石病治療が受けられるという噂が広まれば、ファミリーを離脱する人間が出てくる可能性があるからだ。
     感染者はギャングにとっては重要な人的資源だ。捨て駒として適当に使い潰すこともできれば、時には思わぬ掘り出し物がある。二つの選択肢があるとして、一つでまともな治療が受けられるのであれば、そちらを選びたいと思う人間は多いだろう。
     ならば当然、それを阻止するものが現れる。
     はあ、と天を仰いだリーは頭をかいた。相手の態度が変わらないことに困惑している姿は、けれども偽りだとヴィジェルは理解している。口元に湛えられた笑みは、至って不遜なものだから。
    「本当に、議論の余地なしなんですかねぇ?」
    「……今更、何を話し合うと?」
     その時初めて、ヴィジェルは彼女の声を聞いた。リーの笑みが深くなる。この乾いた風の中であっても、その三寸不爛の舌は変わらずよく回る。
    「うちはあくまでも一企業として取引させてもらっているんですよ――。だから、お互いここまでにしませんか?」
     そうすれば。
     あなた方の取引相手になれるかもしれない――、と。
    「……」
     彼女は変わらず軍刀を構えたままだった。その切っ先は揺るがない。けれどもその刃に浮かんでいるのは、間違いなく躊躇いだった。
    「――こちらのファミリーにも、治療技術を提供する気があると?」
    「いやいや、治療技術は提供しませんよ。うちから提供できるのは治療のための場所と資源です。事務所まで来てくれれば、どなたでも分け隔てなく治療しますよ」
     それはすなわち、このクルビアに二つのファミリーの中立地帯を作るということと同義だ。
     彼女が唇を歪めた。初めて見せる人間らしい表情で、それは挑発だった。――お前たちに、それが維持できるのか、という。
    「――できるとも」
     答えたのはリーではなく、ヴィジェルだった。銃を握り込んだ拳で胸を二度叩き、銃身を首筋にあてがう。それを見た彼女が、驚きに目を見開いた。予期せず、異郷で同郷のものに遭遇したことへの。
    「……ベッローネファミリー流か。久々に見たな」
     若いマフィアが良くやるポーズだ。ハートも命も問題はない、ビビってないしここで負けるつもりはない、という意味の。
     ヴィジェルは答えなかった。無言で、同郷の敵対者を見つめる。
     彼女はしばし沈黙し――やがて軍刀を、腰から下げた鞘に納めた。肩の力を抜いたリーとヴィジェルに向かって、ジャケットの裏側を見せる。げぇっと声を上げたのはリーの方だ。
    「爆弾まで隠し持っていたんですか、あなた」
     手の内を明かしてみせるのは、ギャングの和平交渉につきものの儀式だ。備えに怠りはなく、これ以外にも手は隠しているのだから裏切るな、という意味の。一時的とはいえ信頼関係を築く上では必要な儀式だった。だからヴィジェルもそれに答えた。彼が手を挙げると、付き従う影狼が一匹、また一匹と数を増やす。自然と視線がリーに集まるが、彼は両手を広げて肩の高さまで上げてみせただけだった。彼女はしばらく猜疑の視線を向けていたが、やがて短く息を吐いた。
    「今日はここまでとしよう。……次は取引のテーブルで会えるといいな」
     ジャケットの襟を正すと、彼女は振り返り、ヴィジェル達とは逆方向に歩き出した。背を見せているのは、例え追撃があっても迎え撃つ自信があるからだろう。どのみち彼女の標的はここにはいない。ならば取引の可能性を残しておいた方がファミリーの益になると判断したようだ。
     背が曲がり角を越えてから、リーはにこやかにヴィジェルへと向き直った。
    「いやあ、ヴィジェルさんのおかげですねえ!」
    「……大した交渉の手腕だったな」
     おそらくはドクターもそれを期待して、遊撃隊のメンバーを設定したのだろう。いえいえ、とリーは手を降った。
    「良く言っているでしょう。目的は暴力そのものではなく、それがもたらす勝利だ、って。あの人が交渉に応じてくれたのは、ヴィジェルさんが暴力を最小限に抑えたからですよ」
    「……」
     ヴィジェルは改めてリーを見た。一緒にいるだけでやる気をなくす、という評価は、やはり改めるべきだろう。自分は暴力を手段と捉えているが、目の前のこの男は、暴力さえも使わずに、目標を達成してみせる。
    「さて――どうです? ロドスに帰還したら、仕事終わりの一杯でも」
     リーはグラスを傾けるジェスチャーをした。
    「まだ任務は終わっていないだろう」
    「大丈夫ですって。あっちにはペナンスさんとドクターがいるんですよ?」
     自分と同じ任務についた姉のことを思い出し、わずかにヴィジェルの動きが止まる。そういえば、と無理やり乾いた喉から言葉をひねり出したのは、動揺を隠すためでもあった。
    「さっきまでどこにいたんだ?」
     嗚呼、と今まで忘れていたとでも言うように、リーは朗らかな笑みを浮かべる。
    「そりゃあもちろん、ヴィジェルさんを信じてずうっと応援してたんですよ」
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