無題:プロット、メモ1
かくして戦士は次の戦場へと向かった。
ミクトランパに誂えたこの場所――家のようなもの――もテスカトリポカの一動作で全て煙となる。それを行わずにただテスカトリポカはリビングのソファで空を見つめていた。
以前人間の前に現れたのはいつだっただろうか。2本の矢で射抜かれた時だったか。
立ち上がり、空になった家の中を意味もなく歩く。寝室の広い寝台へと腰をかけた。ベッドのサイドチェストの引き出しが少し空いている。コトリと開けてみると白い長方形のカードの上に2本の煙草が置かれていた。手に取り、カードを裏返す。
『D to T』
力強い筆跡を見たテスカトリポカは鳩尾に力を入れた。そうしないと意味もなく声が漏れてしまいそうだった。
「最後の貢物が煙草とは趣味がいい」
ふふんと指先を躍らせて煙草を咥える。
「だが、火種を置いていないのは減点だな」
火種を探そうと足を動かした時、サイドチェストにあたる。カタンと中から音がした。引き出しの奥を覗き込むとそこにはマッチ箱があった。
「……さすが、抜け目がない」
息をついて笑う。
黒い指先がマッチを擦り、咥えた煙草に近づけ火を灯す。マッチを振って用が済んだ火を消す。
煙を口に含み、舌で転がして味わう。
味わったそれを肺へと吸い込んだ。
1本目を呑みながら、2本目へと目がいく。あの男はなぜ2本置いていったのか。
「やっとアイツも情緒を学んだか」
手を空へ翳し灰皿を取り出す。2本目の煙草に火をつけて取り出したそれへ置いた。煙が真上へと登っていく。テスカトリポカは1本目を呑みながら、2本目が先から煙になって行くのをただ見ていた。
そうして、2本の煙草が煙になったあと、そこにあった全ては跡形もなく消えた。2人がすごした家は無く、睦みあった寝台は無く、映画を写したスクリーンは無く、ただ煙のみがそこに残った。
「Kuaki iluichiuali!」
これで良いと神は笑った。
2
男は常に何かを探していた。
父から継いだ金髪と母から貰った碧眼。2つ下に弟がおり、仲の良い兄弟だった。幼い頃から何かを探す仕草が多かったと両親は男へ言った。
男は欧州に生まれたが、大学進学とともにアメリカへ渡り、そこで妻と会った。家庭を持ったあとも男は何かに突き動かされるように仕事に取り組んだ。次から次へと商談に挑む男を見て、同僚や上司はまるで戦士のようだと言った。時折、男は腕時計に目をやった。続いて自分の右手の甲を見る。何かが足りなかった。
男に子供が出来た。満たされているにもかかわらず、男は何かを探し続けていた。その隙間を埋めるように相変わらず男は仕事へ取り組んだ。やがて子供が増え、その子供が親になり、男には孫が出来た。今度の夏に息子夫婦は孫を連れて中南米へ旅行へ行くらしい。孫が右手を掴んで言った。
「おじいちゃんも一緒に行こう」
笑いながら「仕事だ。」と言って孫が掴む自身の右手を見た。やはり何かが足りなかった。
男は常に厳しい環境へ身を置いた。それは男が歳を重ね、寝ていることが多くなるまで続いた。そうして、90年戦い続けた男の寿命が尽きようとしていた。
サイドテーブルには成人した孫がお土産に買ってきた煙草がある。男は煙草を嗜んでおり、よく歳を重ねても家族に隠れて吸っていた。さすがに今は嗜まないが、香りだけでもと孫がこっそりと差し入れてくれた。その行為に甘えて香りを楽しもうとサイドテーブルの煙草に右手を伸ばす。
「?」
伸ばした右手の甲に羽の影が見えた気がした。もう一度よく見るが、皺の多い自身の甲があるだけだった。「とうとう目にまでガタが来たか」と苦笑いをする。
もう一度煙草へと手を伸ばした。すると今度は視界がぐらつく。目の上に手を置き息を長く吐いた。しかし不思議と気分は悪くない。ならばこの目眩は一体何なのだろうか。男は下腹部に力を入れ、無理矢理上体を起こすと3本あった煙草のうち1本を手に取った。共に置いてあったマッチ箱からマッチを取り出し、煙草へ火を灯す。
――ああ、そうだ、アレにもマッチ箱が必要だろうか、引き出しに入れておこう。
なぜそう思ったのかも分からず自分の思考に男は手を止めた。しかし些細なことだと気にせずに煙草を咥えた。そして煙を吸った途端、勢いよく噎せた。
「吸いすぎだ!まずはゆっくり口に含め」
そうだった。初めて吸った時もこんな感じで噎せて笑われたんだった。
いや違う。そんな経験はしていない。男は首を捻る。しかしなぜだか分からないがこれは忘れたくない事だと感じた。思わずもう1度煙を吸い口で転がした。
「どうだ?美味いだろ」
――ああ、確かにこうしてみるとお前が気に入るのも分かるよ。
そう言うと目を細めて笑った。そう、笑ったのだ。
「あ、」
金糸の髪が風に揺れ薄い空色の瞳が笑う。
「……ああ、なんで」
今まで忘れられていたんだろう。
目頭が熱い、喉が絞られる。
そのまま男は初めて神の名前を呼んだ。
あまりにも惨いと男は思った。
自分は長くないことはよく分かっている。それなのに思い出してしまった。思い出してしまったからには手を伸ばさずには、もう一度と願わずにはいられなかった。
それからと言うもの、男は何度もその名を呼んだ。声に出ていたかどうかも定かでは無い。しかし男は名を呼び続け抗った。まだ足りない。まだ生きて戦いたい。そう、彼に会うためにはまだ足りないのだ。
男は寝たきりの寝台から出ようともがいた。力の入らない足で立とうとした。家族や医者に止められたが、まだだと男は言った。
しかし、時間が積み重なっていくと同時に燃える蝋燭は確実に短くなっていく。そうして、男の命はとうとう尽きようとしていた。
ある穏やかな春の日、男の寝台の周りには家族が集まっていた。最期のときを共に過ごすためである。傍から見れば幸せな最期だろう。しかし男の中にあるのは闘志と悔恨だった。まだやらなくてはならない事がある。だが、体が動かない。手を伸ばしたはずが、指先が少し動いただけだ。頭を起こそうとしたが瞬きをするだけだった。悔しさに噛み締める歯も既に無く、ただ男は心中で叫んだ。
――ああ、どうか。
――オレにあの風を追いかけさせてくれ。
穏やかな湿った声が聞こえるなか、肌の上をなにかが通り抜けた。窓へ視線を向けるとカーテンが夜風に揺れている。ふと意識が遠くなり、近くにある家族の顔を順に視線で追っていく。目を赤くした妻の顔。その隣には不器用な笑顔をうかべた息子2人。そして、
「よう!久しいな」
「……は?」
金糸の髪にサングラス。黒いコートを着ている、さながら死神のような男。裏地の鮮やかさに目を見張る。
「おいおい、随分な挨拶だな。お前が何回もオレを呼ぶもんだから来てやったってのに」
肩を竦めて口をとがらせる。「クソ不敬なところは相変わらずだな」とサングラスを下へずらし不敵に笑った。空色の瞳が弓なりに形を変える。
捕まえなければと思った。思わず右手を伸ばす。
「手を、」
「……甘えただな?」
ふふと笑い、黒く塗られた指先が皺だらけの手を取って包み込んだ。温かくは無いが心地の良い温度。離さないとばかりに握りこんだ。
「これは夢か?」
「さあな。夢にしたいか」
「いいや、ちっとも」
そう答えると手の横にある顔が破顔する。
「そもそも思い出す方が奇跡なんだよ。魂の転換時に前の記憶は消去される。思い出せたとすればそれは魔法に匹敵する事だ」
「だがオレは思い出した。抗うことにかけては得意だからな。……これはお前にとって善くないことだったか?だから来たのか?」
「いいや?さっきも言っただろ。お前がオレを何度も呼ぶから慌てて準備して来てやったんだ。……まあ、あとは」
「?」
「こうした方がのちのち面白くなりそうだったんでな」
「……そうか」
らしい理由に思わず笑みがこぼれる。
ふと周りに目をやると誰もいなかった。先程まで妻や息子が近くにいたはずだ。やはりこれは夢なのかもしれないと男は思った。
――それならばそれで良い、好都合だ。
変わらない顔を見ながらふと息をついた時、酷い眠気が襲った。瞼が閉じかけるのを食いしばって耐える。
「おっと。……そうか、もう時間か。準備に手間取ったからな」
黒いコートの男は悟ったように目を伏せてから腰をあげた。離れようとする手を咄嗟に掴む。
鏡のような空色の瞳がこちらを見た。
「テスカトリポカ」
「……なんだ、デイビット」
恐らくこれが最期なのだろうと悟る。長く短い時間を辿った。生まれ変わってひとつの人生を走破した。この人生では決して敗者ではなかった。傍から見れば勝者だろう。だが、それすらも霞むほどに忘れたくない、手を伸ばしたい存在がここにいる。伝えたいことは沢山ある。デイビットは口を開きかけ、結んだ。伝えるべきはどの言葉か、思考を一巡する。再び口を開いた。選択するのは慣れている、ならば。
「オマエに必ず追いついてみせる、たどり着いてみせる。待っていろ。」
そう言いながら耐え難い眠気に身を任せる。
楽しくてたまらないといった笑い声がいつまでも耳に残っていた。
「餞別だ!持っていけよ!」
3
どこまでも続く暗闇を歩いていた。
男は自分の名前を復唱する。デイビット・ゼム・ヴォイド、それが男の名前だった。デイビットが意識というものを取り戻した時、すでにこの暗闇の中を進んでいた。進んでいたと言っても、本当に進んでいたかはっきりしていない。自身の身体というものを認識できなかったためである。ただ、前へ進んでいると言う思いだけがあった。
その状態がどのくらい続いただろう。デイビットは唐突に自身の足を認識した。進み続けることだけをただひたすらに考えていたからか。それからというもの末端から徐々に身体の輪郭を認識できるようになった。デイビットは暗闇を歩き続けた。あるはずのなにかへたどり着く、それだけを目指して。
デイビットは歩き続けた。時間の感覚は端から無い。気の遠くなる時間を歩いた気もするし、たった一瞬の事のようにも感じた。それでもデイビットは歩き続ける。たった一つ、あの星へ追いつくために。
「そう言えば首から下げていたものはどうしたの?」
ノウム・カルデアのマスターは戦神へと尋ねた。目を丸くしたあと、少し目を伏せて言った。
「未来のオレが餞別にくれてやったんだよ」
口のはしをあげて彼は笑った。
3ヶ月前、楽園から戦士が去ったと話した時に似た笑いだった。全てを受け入れつつも、少しの寂寥をたたえるその表情は殊更美しかった。
カチャンと音が鳴った。デイビットは音の方へ視線を向ける。コートのポケットに何かが入っているらしい。足を認識した時と同様に、唐突に自身の服装を認識できるようになった。
黒革のコートのポケットへ手を伸ばす。指先に硬い何かが当たった。手繰り寄せてポケットから取り出す。それは金属でできた丸い装飾品のようなものだった。チェーンがついているため、首から下げるものかもしれないとデイビットは考察する。不思議と懐かしさを感じた。
体の輪郭を取り戻してからというもの、デイビットは歩き続けながら重ねた時間を徐々に思い出していった。父のこと、自身のこと、変え難い星とのことをすべて。その中であの装飾品が餞別であることを思い出した。今はそれを大切に首からかけて歩き続けている。
しかし、デイビットにとって記憶を辿るということは外宇宙を観測することと同義であった。
唐突に目の前に現れた輪を見てデイビットは納得する。観測したものはあちらからも観測されるということは知っていた。ぼんやりと光を放つ輪を前にデイビットは口を開いた。
「ちょうど良かった、聞いてみたいことがあったんだ」
ふ、と息をつく。
「言葉は通じるのか? まあ、ここなら通じると仮定しよう」
「前のオレがこうなったことに関しては何も無い。どっちにしろオレはあの人生を歩いただろうさ」
「だが、 一日の最小が五分だなんて誰が決めたんだろうな? そうは思わないか? そもそも1byteは8bitじゃないか」
目線を上にし、若干不本意そうな表情をする。それも束の間、視線を輪に戻し口角を上げた。
「……今のオレなら1440分のうち180分くらいは抗えそうだ」
「オレはお前たちを観測した。その代償が……いや、違うな。観測したという事実に対するルールが記憶の漂白だとしたらオレはそれを否定しない。だが受け入れはしないし、全力で抵抗はさせてもらう」
無い心臓が脈を打つ感覚を覚えた。
頭の片隅によぎる知識がある。顎に手を当て、片眉を上げながら「たしか」と零す。
「たしか、お前たちの影響を受けたものは 降臨者と呼ばれるんだったか」
首からかけた餞別が強い光を放った。
「マスターくん、ちょっといいかい?」
「どうしたの? ダ・ヴィンチちゃん」
タブレットを持ちながら話しかけてきたダ・ヴィンチにマスターは身をかがめた。これを見てほしいんだ、と言う。
「リソースが減ってる?」
「そうなんだ。……まさかとは思うけどまた隠れて召喚とかしたりしてないよね?」
「まさか!」
じろりと視線をよこすダ・ヴィンチにマスターは両手を挙げて否定をする。前科があるため説得力には欠けるが、最近は隠れて使用した事実はなかった。
「じゃ、じゃあ! 一緒に確かめに行かない? 使ったならその形跡があるだろうしさ」
「まあ、そこまで言うなら信じてもいいけど。ああ、そう言えばちょうどそこに用があるんだった。……マスターくんの身の潔白のためにも確認しに行こうか」
にこりと笑うダ・ヴィンチにマスターは胸を撫で下ろす。
目的地へ歩きながらマスターはダ・ヴィンチへと問う。
「減ったリソースってどれくらいなの?」
「うーん、ちょうどサーヴァント一騎分かな。ちょっとだけ多い気もするけど」
そうかと相槌を打つ。続けてダ・ヴィンチは顔少し曇らせて言った。
「正確には、減ったって言うよりこれから使われることが確定しているって感じなんだ」
「これから? なんだそれ。うーん……。……部屋に入ったら勝手に召喚式が動いたりして」
沈黙が二人の間に奔る。システム・フェイトは未知数な部分も多く、本来召喚されるはずのないクラス、英霊の召喚事例もある。なかにはシステムに入り込んで顕現した例もあるくらいだ。
「ま、まさかね〜」
心無しか足早に廊下を歩き目的地へと着くと、扉の前に影があった。
「よう!マスター。おっと、天才のお嬢さんも一緒か」
「テスカトリポカ!」
「やあ、こんにちは。どうしたんだい? こんな所で」
扉の前の影は戦神だった。話好きの神は普段はバーや食堂で雑談に興じていることが多い。カルデアに召喚されて以来、この部屋の前に寄り付いたことはあまり無かった。
「ちょっとした虫の知らせというやつだ」
ここに用があったんだろう? と彼は扉を親指で指しながらマスターへと問う。マスターは頷きダ・ヴィンチと顔を合わせた。
「テスカトリポカもここに用事?」
「まあな。おまえさんに着いていくつもりだが、良いだろう?」
「うん、良いよ。ダ・ヴィンチちゃんもいい?」
不思議そうな顔をしながらダ・ヴィンチは高いところにある顔を見つめた。その視線に気づいたのか彼は片目を瞑り、にやりと笑う。
「ああ、いいとも。何があった時に心強い」
「決まりだな」
マスターは扉を開けた。
報告書
20XX.XX.XX 11:19
守護英霊召喚システム・フェイトにて単独顕現を確認。クラスは 降臨者。
詳細:通称召喚部屋と呼ばれる部屋へマスター、ダ・ヴィンチ、及びサーヴァント アサシン一騎が入室したところ、突如召喚が開始される。ダ・ヴィンチがエマージェンシーコールを発動。事態の対処にマスターおよび上記アサシンがあたる。召喚システムへの電力供給を遮断したが召喚は継続。結果、上記サーヴァント フォーリナーの顕現に至る。
シールダーの大盾を用いない召喚はこれでX件目となる。
報告書を書きながらマスターは一息ついた。
さながら公開プロポーズを見せられた気分だったと思う。報告書には記載しないが、あの時、たしかに彼は召喚の光の中から伸ばされた手を掴んだ。
理由は無いのだろう。自身がマシュの手を握り続けたことと同様に。
思い出した途端、少し頬が熱くなる。頬に手を当て冷ましていると、自室の扉がノックされた。返事をすると、ちょうど思い返していた後輩が、「少し休憩しませんか」と飲み物を持ってきたところだった。二つ返事で了承し、彼女のそばへ足を進めた。
「追いついたぞ」
いつもの仏頂面を少し緩めてそう言った。己の首から飾りを外し、目の前の神へとかける。
「はっ、上出来だ。オマエはこうじゃなきゃな」
そう言って笑う彼に手を伸ばし、目の前の身体をしっかりと抱きしめた。
0
楽園で煙草を作ってみる話
0.5
楽園での暮らしとックスの話
1.5
カルデアでの昔話
3.5
特異点に向かう話
4
退去する話
作っていた煙草は5本。残りの2本を最後の日に吸う二人。シガーキス。
「オレが煙にしたのは二本だ。まだあそこ(楽園)に二本残っているという事実があれば」手をかざす。「ほうら、この通りだ」
「座れよ、デイビット。最後の語らいといこうぜ」
「これから? そうだな……」
「外宇宙からこの宇宙を、この星を、オマエを見続けるよ」
なんと言う不敬さ。
「そしていつかこの星が冷却しオマエを見つめる者が俺だけになったならば、……そうだな、その時は諦めてオレだけの神になってもらおうか」
そしてなんと言う傲慢さだ。
「一度、意志を持って消された文明の神がここにいる。そしてその神が時間を積み重ねるものと言うならば、それ以上の証拠はないだろう」
例え全てが終わり、記憶から消え去られようとも、ここに奇跡はあった。機械が、人間が星が宇宙が積み重ねた時間が確かにそこにある。誰に観測されずとも、誰に証明されずとも、確かにあったのだ。
外伝
星間ハネムーン
とある月の裏側の主従を添えて
とてもこじつけな計算式
8bit = 1byte
1bit = 0.125byte
daybit = 0.125×1440min(1day) = 180min