2「んと、」
そこまで言ってぴしり、と固まった。自分の何倍も背丈のあるどでかい男三人を前にして委縮してしまったのかもしれない。誰もがそう思ったとき。
「ほ、」
「「「ほ?」」」
「ほたるも、もっとおっきくなりたい……!」
彼女は俯き気味にふるふる震えていた顔をばっと持ち上げてきらきらした目でそう言った。
そのままぺと、と一歩前に進んでから足を向けたのはガイアの前だった。
「お?俺か」
「ん」
そう言って蛍は両腕を伸ばした。抱っこを要求する。ガイアはそれを正しく読み取って軽々とその体を持ち上げてやった。
「俺はガイア」
「ん。がいあ」
「おお、じょーずに言えたな」
「ふふん」
わずかに上半身をそらして得意げにする頭をわしゃわしゃと撫でまわしてやる。きゃあきゃあと声を上げてはしゃぐ姿を眺めていたら、ふと間近でまっすぐな目とかちあった。
「がいあ」
「んー?」
「こわくないの?」
「……ほう、」
なにがだ?……その声がことさらゆっくりと音を紡ぎだす。キュウ、と隻眼が細められた。
流れる空気の変化を読み取った誰かが蛍、と声をかけるより早く。
「こんなにたかくて」
ガイアの腕にぎゅうっとつかまりながらちょっと床を見て、ぴっと素早く顔を背けてガイアの腕にしがみついた蛍はそう言った。
「……ん?」
「おちそう!っておもわない?」
「……」
片腕だけでそのちっこい体を支えていたガイアは無言でうごうごと動く暖かいそれを包むように両腕で抱えなおした。
「小さい可愛い栄誉騎士の親友、これでどうだ?」
「しんゆう、ありがとう!」
「ああ」
にぱ、と少女の姿ではあまり拝むことができない笑い方をしてはじけるように笑ったのを見たガイアはに、と快活に笑いかえしてやってからくるりと背後を振り返った。
「さてと、親友……」
どっちに行く?
その言葉にディルックと鍾離が顔を見合わせる。鍾離が無言です、と半歩ばかり後ろへ下がったのでガイアはディルックのもとへ蛍を届けに行った。落とすなよ、と言いながら蛍を預けたガイアを本気で言っているのかと軽く睨むディルック。そのままおとなしく蛍は大剣を自在に操る力強い腕の中。
「おにいちゃん……は」
「ディルック、だよ」
「じ……う、でぃ、るっ、ぅく」
今までで一番苦戦してた。
「でぃ、る……ぅっく、さんっ!」
最早叫ぶように紡がれる名前をディルックはしかし、そのさまとは対照的に穏やかに眺めやっていた。それを見たタルタリヤがいつもの仏頂面との差に驚きすぎてそばでにこにこしてたクレーに俺の目大丈夫かなあ、と若干心配げに聞くくらいには。クレーはうん!!ととりあえず元気に答えていた。たぶん俺の目おかしくなってると思う?、と聞いても全く変わらない調子でうん!!と返される。なぜならクレーは大好きなお姉ちゃんが下りてきた時をつかまえて一緒に遊びに行く計画を立てることで忙しかったので。それを見ていたガイアはもう笑い死ぬんじゃないか?というくらいに笑っていた。鍾離がその笑いっぷりをいっそ興味深げに眺めている。
「でぃ、るぅ……」
「……ゆっくりで構わないよ」
「ん、……でぃる、っくさんはあったかいね」
「そうかい」
「ん!!」
「なにあれ……まぶしい……」
「公子殿は髪を引っ張られていたからな」
「いや相棒のあれは親愛の表現だから!ね!?お嬢ちゃん!?」
「うん!!」
冷静に事実を述べる鍾離、クレーに助けを求めるタルタリヤ、元気なクレー、そしてそれを見て笑いが止まらないガイア。ディルックが蛍とふたりでいるものだから誰も彼らを止められない。
「またおはなししてね!」
「ああ、きみが望むのならいつでもおいで」
そう二人は和やかに会話を終えた。それでは、とディルックが鍾離に歩み寄り、蛍を鍾離に預けた。その身を抱きとった鍾離はしっかりと、しかし優しくその体を腕に捕らえる。
「鍾離だ」
「しょーり」
「ああ、上手だな」
褒められてにこ、と笑った蛍は不意に小さい紅葉の両手を伸ばして鍾離の頬に触れた。顔を挟むようにしてじいっと見つめる。鍾離はゆるく目を瞬いたが、元来待つことを苦としない性質であるがゆえに、彼が彼女の強く輝く瞳になにか理由を問うこともなく。ただ静かに見つめあっていた。
「おめめ……」
「うん?」
「しょーり、のおめめ、とってもきれいね」
「ほう」
「ほたるのおめめとにてるきもする」
「そうだな」
「でも、しょーりのおめめじゃない」
「そうだ、一緒ではないからな」
「しょーりだけのいろなのね」
「ああ」
「しょーりのいろ、とってもすき!」
「はは、俺もお前の色がすきだぞ」
「ほんと!?」
「ああ」
やったー!と元気に歓声を上げる無邪気な蛍と、たぶんその「すき」にたくさんのものをつめた鍾離。クレーはともかく、みんな分かっていた。
とりあえず、といった感じで床に下ろされた蛍はクレーと手をつないですたこら塵歌壷の中を駆けまわり始めた。危険なことはないだろう。大人組は、というと思い思いの形で落ち着き、話し合いを始めていた。
「さて」
「先生、嬉しそうだね」
「む、そうか」
「そうだよ。あーあ、俺も相棒の好きが欲しかった」
「はあ……もうそれはいいだろう」
「旦那様も親友を見る目がとても優しかったぞ」
「お前は笑いすぎだ」
「いやあ楽しかった。だがなあ、ずっとこのままだというわけにはいかないだろう」
「……ああ」
「確かに」
「そうだな」
すう、と笑みの種類を変えたガイアに三人が三者三様に頷いた。
「なあんか、相棒のことだから何に巻き込まれてああなってても驚かないよ、俺……」
「まったくだ」
「彼女は戻るのか?」
「精神の形を歪めたままでいることは難しい。おそらくは」
「ま、それならいいか」
意外と速やかに結論に至りそうだった、そのとき。
「うわー!!!???」
「……」
「今のは……」
「クレーの悲鳴」
「さっきも聞いたばかりだな」
四人が様々な感情で視線を交わしていたところにだっだだー!!とクレーが駆け込んでくる。
「お、お兄ちゃんたち……どうしよう、おねえちゃんが消えちゃった……!」
「……」
「……」
「……はあ」
「さっき俺、何に巻き込まれても驚かないって言ったけど、まさかこんなに早くそれを再確認することになるとはね……」
続く!次回は魈さんが出ます