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    natsukoshi_ay

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    natsukoshi_ay

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    リクエストいただいた間の中でも特別甘い血でたくさんの吸血鬼に狙われるほたるさんと、それらから守ってやる代わりに血を吸う吸血鬼しょーさんの話です
    ほんとはタルタリヤさんもとのことでしたが長くなったので切りました ごめんなさい

    #魈蛍
    xiaolumi

    吸血鬼、あるいはヴァンパイア。
    夜に墓の中から蘇る自殺者、破門者、早く埋葬されすぎたものの死体が一般的にそう呼ばれる。彼らはその長くてするどい犬歯によって人の生き血を啜る。その様から、比喩的に無慈悲に人を苦しめ利益を搾り取る人間の意でも使われることもあるが、それは置いておいて。
    血を吸われたひとはこの夜のおとないびとの虜になり、自身もまた吸血鬼へと変貌を遂げる。
    太陽や十字架、聖水やニンニクが嫌い。とはいえ日光はともかく、ニンニクを鼻先に突きつけたり聖水をばら撒いてやったらちょっと怯むというくらいであり、真に、永久に、彼らを絶やすには銀の杭を胸に打ち込み、四つ辻に埋めなければならない。
    彼らが表舞台に姿を表したのは古代ギリシアやスラヴ、ハンガリーの伝説だとされている。地方で囁かれる民話、伝説の類であった吸血鬼の存在が広く一般に広まったのはロマン派文学の起りである18世紀末以降のことだ。
    伝承は──もっと広く言い換えてもいい、神秘的な存在全般は──語られることによってより強大な力を持つようになるという側面が強い。語られることとはそのままその存在を信じるものが増えることに直結している。それによって自然と生まれる恐怖や好奇心といったものに代表される関心。彼らはそれを糧に力をつける。影の存在でしかなかったものが現実に影響を及ぼすことが出来るようになる。げに恐ろしきはひとの心……といったところ。

    では、現代に吸血鬼は存在するのか?
    魔法ではなく、錬金術でもなく、それらから枝分かれして別の道を歩んだ科学が発展して、いまなお進化を続ける時代。夜闇はいまだ存在してはいるものの、吸血鬼の存在が広く信じられていた中世に比すれば信じられないほどにまばゆくネオンの明かりによって煌々と照らされている街に、吸血鬼は果たして夜の遊歩者であったかつての如く存在しているのか。
    遠き中世はトランシルヴァニア、その夜は星と月と彼らのものだった。いま夜を支配しているのは誰であるのか。星と月と、飛び交う電波?

    そんなものはいない、と言う人がいる。
    吸血鬼は過去の伝説や物語に過ぎない、と言う人がいる。
    しかし、決して忘れてはならないのが彼らが神秘的で怪奇的な存在であることだ。怪奇も神秘も、存在があやふやなものは確かなものに存在を信じられることでこそ存在しうる。
    吸血鬼を語る書物の一冊がこの世界のどこかの本棚の中に存在していて、その表紙に薄く積もる埃を払ってからページをめくる誰かがいる。
    吸血鬼の生活を演じる演劇や映画がその分野の歴史に名を刻み、それに興味を持ってその生活をもう一度舞台の上やスクリーンに蘇らせる誰かがいる。
    その誰かが消えない限り、吸血鬼もまた消えることはないのである。

    「ほんっと、厄介、……!」

    名前も顔も住所も知らない誰かの好奇心からの行動に愚痴をこぼすという、なかなかに理不尽なことをする少女は街の路地裏を縫うように駆けていた。おもての街並みはすっかりオレンジ色に染め上げられていた夕焼けの頃を通り過ぎ、街灯がぽつんと半径一・五メートルを丸く照らしだすのみ。
    まるで何度も同じように走ったことがあるかのように路地裏を自在に駆ける少女。陽の下ではどれほど柔らかく輝くだろうかという金色の髪の毛の先と、纏う服の裾をほぼ水平と言ってもいいまでに空に靡かせ、首から下げられた細い鎖の先に小さい銀の十字架がきらりと反射してかすかな光を生み出していた。それなりに動きにくそうなスカートという出で立ちだが、そうであることを感じさせない俊敏な動きで走る、走る、走る。
    イルミネーションがちかちかと、おそらく電池切れという理由で点滅する壊れかけの看板をハードル走の選手かと思わんばかりの華麗なフォームで飛び越え、転がっていたゴミ箱の蓋(本体は行方不明)を後ろに蹴り飛ばし、アルファベットと思わしき図や、パッと見ただけではそれが何か分からない絵がカラフルに描かれた壁の落書き……グラフィティ・アートとか、ウォール・ペインティングと呼ばれるらしい……が派手に存在を主張している壁の先で鋭いカーブを描いてキュッと曲がる。
    難易度が高めの障害物競走やストリートスポーツをしているのかとも思ったかもしれない。この状況がそれをするにはあまり適さないであろう夜間ではなく昼間で、なおかつ、その走者の表情がスポーツをしているとは到底思えない……まるで、何かから逃げているような必死なものでなければ、だけれども。

    「はっ、は……あと、少し」

    ちら、と後ろを確認するように振り返り、それからばっと首を前に戻してその足を速める。街を抜けるとすぐのところには、あれがあったはず。
    そう思って走り続けていれば前方にちょろちょろと流れる浅い川瀬が見えてきて、悲壮を漂わせていた表情が一瞬、安堵に輝いた。速度を緩めずに足を動かし、くるぶしまでほどの水流をざぶざぶと向こう側を目指して突っ切った。靴に水が入るとか、黒い靴下が水浸しになるとか、そういったことを全く気にしていなさそうな潔さ。
    じゃぶ、と一際重たげな音を立てながら向こう岸に上がる。濡れた靴を脱ぎ、左で片足立ちをしながら右の靴下のつま先を引っ張ってずぽんと抜くと、ちょっと顔を歪めながら裸足で靴に足を入れた。左の靴下も同じように脱いでいたその時に、彼女が走ってきた方向からばらばらと姿を表す影。いちにいさんと数えてみれば影はよっつ。少女のいる方を見て、およそひとのものとは思えない唸り声をあげている。今にも掴みかかってきそうな具合で、しかし子供でも渡れそうな浅い川を越えてこようとは決してしなかった。

    「吸血鬼は、流れる水を渡れない」

    靴下を脱ぎおわった少女が川を挟んで、そう声を上げる。
    神秘的なものが存在できるようになるのは人が信じるから。それは特徴に、長所に、そして欠点にも余すことなく適用される。吸血鬼が流水を渡れないというのは吸血鬼を題材にした物語の中で一番有名だと言われるブラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」における特徴だ。おそらくこの記述はスコットランドやアイルランドの悪霊などの悪しきものは流れる水を渡ることができないという伝承を元にした独自のもので、確かにストーカーの小説は吸血鬼伝説のスタンダードとなっているが、全ての吸血鬼に関する言い伝えに適用されているわけではない。日光や十字架に弱いことと比べればいささか頼りない弱点ではあるが、信じる人が多いという点で賭けてみてよかった、とほっと息をついた。
    ゔーゔーと不気味な鳴き声とも、川を越せないことからくる不満の唸り声ともつかない音を聞きながら、さして気にしていなさそうな素振りで手に持った靴下をぱたぱた振って乾燥させようとする少女。そのまま膠着かと思われたが、ばっとその小さな体が動いてその場所から三歩ほど飛び退った。

    「まだいた……」

    流れる水は渡れない。もちろん、こちら側にいるときにそれが通用することはなく。じりじりと距離を詰めてくる不気味な影をじいっと見据えた。それは少女より頭三つ分ほど高い男の姿だった。服装だけを見ればごく普通の、オフィス街を歩いたり混み合う電車に乗ればいくらでも似た人が見つかるような少しくたびれたスーツ。しかし彼をひと目でそれとわかる異形たらしめていたのは青白く血色の悪い顔、だらしなく開かれた口からだらだら漏れる涎と荒い息、そこに浮かぶ落ち窪んだ、そのくせぎらぎらと凶暴に見開かれて輝く瞳。そして何より、剥き出しの犬歯だった。あの歯。あれこそがひとの肌を切り裂く吸血鬼の第一の武器。
    それから目を離すことなくしゃがみ込み、河原から何か取る。手元でごそごそやって間合いを測った。ちらりと後ろを見ればまだ向こう側で蠢く四つの影。さっきと同じように川に突っ込んで逃げる方法をとるわけにもいかないということだ。ため息をついて、息を整えて、それから。彼女は何かを思いっきりぶん投げた。

    ぐじゃ、とざらついた鈍い音がして相手が一瞬動きを止めた隙に、脱兎の如く駆け出した。素足で突っ込んだ靴はあまり走り心地が最高とは言えないものだったけれど、それでも十分に速かった。彼女の足の速さ、身体能力の高さがうかがえた。しかし、吸血鬼の特徴として空を飛ぶ、というものがある。それを知っていなかったわけではない。むしろ知っていたからこそ振り返らず走っていたが、地を蹴り飛ばしながら進むのと飛ぶのではどちらが早いのか、とは愚問である。あと僅かで追いつかれるのを察知してくるりと振り向いた。とりあえず一発は拳でも足でもいいけれど入れてやる、という意思で構える。間合いが詰まっていく。カウントを始めた。さん、に、いち……

    どしゃ。

    「え」

    今起きたことが理解できなかった。向かってくる男もどきが一瞬停止したと思ったらゆっくりとその体の芯がぶれ、河原に倒れ込んでゆく。

    「何……?」

    おそるおそる距離を詰めていき、完全に昏倒していることを確かめてその周りをぐるっと確認した。そして見つけたもの。

    「石?」

    拳より一回り小さいくらいの石だった。それは明らかに河原の細かい砂利とは異質で、まさか、とは思うけど。

    「誰か、……投げた?」

    だとしたら、一体誰が、どこから?自問自答を始めようとした瞬間。

    「いつまでそんなもののそばに居るつもりだ」

    涼やかな声が耳のふちを撫で、するりとその中に入り込んで彼女の鼓膜をゆらした。勢いよく声がした方へと体を向ける。
    ゆっくりと、泰然と。そこに、そういう風に、存在するのが当然というように闇のなかから、しかし決して闇に没入することなく声の主と思われるものは徐々に姿を表した。
    その様子を頭からざっと見下ろして少女は胸を一旦は撫で下ろす。彼女とそう変わらない背丈、決して血色が良いとは言えないが青ざめてはいない肌、落ち着いて理性を湛えた温度の低い瞳、そしてきゅっと一文字に結ばれたくちびる。どこをとってもその少年が吸血鬼であるとは思えなかった。しかし、完全に警戒を解いてもいなかった。吸血鬼ではない。ならば何者であるか。何も知らない一般人?……否。大の男が一人倒れているというのに動揺すらしない。そして、この人は先程いつまでそんなもののそばに居るつもりか、と聞かなかったか。

    ぴしりと固まったままで謎が近づいているのを眺めていた。少年はゆっくり彼女のそばに寄ってきたが、あと三歩で彼女の正面というところで突然ばっと立ち止まり、その位置から二、三歩ほど後ずさった。さっきまで悠々としていた姿との変わりように呆気に取られる。

    「あの……」
    「お前……」

    少女の目測で約三・五メートルという会話をする間合いにしては長すぎる二人の間の距離。四秒ほど待って気まずさここに極まれりといった感じの沈黙に耐えられなかった少女が言葉を発するとほぼ同時に少年も呟いた。

    「あ、はい」
    「この街の住人か?」
    「うん……一週間前に引っ越してきたんだけど、一応」

    よろしくお願いします……?と明らかに語尾に疑問符をつけながらもぺこりとお辞儀をしてから挨拶をした少女だが、彼はそれを受け取ったのか、それとも無視したのか、それについては何も触れずに質問を重ねてくる。

    「普段からこのようなことは?」
    「このような」

    吸血鬼から逃げてたらあなたみたいな人によくわからない絡み方されることデスカ。とは言わなかった。嫌味っぽくなるし、なにより吸血鬼なんて言ったところで馬鹿馬鹿しいと一笑されるだけだということは分かっていた。
    でもこの空気を破るためならむしろ言って笑ってもらったほうがいいのかも……、と半ばやけくそのような思考の末に口を開きかける。

    「吸血鬼に追われることだ」
    「知ってたよ」

    この人。
    気遣いというか、躊躇いを一瞬で蹴散らされて小さく吐き捨てる。ますます目の前(※やや距離有り)の少年が何者か分からなくなった。しかし、ふと……いや、遡れば彼がゆっくり現れた時から。なんとなく、としか言いようがないのだけれど、どうにも疑いがたい感覚が彼女の胸に到来していた。
    敵ではない。もしかしたら、それよりもっと……、と、そこまで考えたところで思考を無理やり止めた。なんとなく、そこから先を考えるのは危険だという気がしたので。あと、流石に三・五メートル先にある顔の表情を細やかに読み取ることは難しいけれど、なんだか少年の雰囲気とか、そういったものが不機嫌そうな色を帯びてきたことを読み取ったから。

    「……ええっと」
    「……」

    早く言え、と急かされている気がする。

    「吸血鬼のこと、知ってるの」
    「……ああ」

    ほんのわずかに間を開けて、肯定が返ってきた。ならば、この人は確かに吸血鬼からそうという意思の末に自分を助けてくれたのだ、と理解して少女は息をつく。

    「助けてくれてありがとうございます」
    「……」
    「石投げたの、あなただよね」
    「……そうだ」

    なんでこちら側が警戒されているように感じるのだろう。決して恐れられているとか、そういう感じではなくて……近づかないようにされている、というような感じだった。
    避けられている?……初対面で?川を渡った時になにか付いたのか、それともにおう?それは嫌だな、と思って袖を口の方にやって息をすんすんとやったけれど愛用している柔軟剤のにおいしかしなかった。
    途方に暮れたところであ、と気づく。

    「くつした……」
    「靴下?」
    「そう、ええと……あ、あった」

    少年の後ろにちょっと不恰好に膨らんだ黒い靴下がぽつんと落ちていた。拾うために少年の方へ歩き始めたらちょっと悲しくなるほどびくりと拒否反応をされて、少女が動けば彼は反対側に動き、決して二人の間にある距離を縮まらないようにされた。しかし、彼は離れていこうともしなかった。そんなに嫌がられることをしたのだろうか、こんな……会ってから十分と経っていないのに?とどこか泣きそうにもなりながら靴下を拾い上げる。足を入れる方を下にして、つま先を持って上下にぶんぶん振った。じゃらじゃらとこぼれ落ちてくるもの。
    その様を(距離をしっかり取りつつも)見ていた少年がゆっくりと目を瞠る。

    「砂利を詰めて、投げつけたのか」
    「よくわかったね」
    「いくら足に自信があるとは言え、獲物を見つけた彼奴らが駆け出すことをそう簡単に許してやる筈もないからな」
    「……ねえ、一つ質問をしてもいい?」
    「ああ、……いいだろう」
    「私は吸血鬼を知ってる、小さい頃から。何故なら、……私の血は、彼らの好物だから。そう教えられてきたし、何度も逃げてきた」

    声が少し震えたのが分かった。それは少年にも伝わったようで、相も変わらず距離はあるけれど、その視線がそうと感じさせないほどに強く少女を包む。それがまるで全てを引き出そうとしているようで、知りたいと、もの欲しげな貪欲を示しているようで、少し、ほんの。こわいと思った。
    けれど、少女は少しの勇気を握りしめて一歩そちらに向かって踏み出した。
    彼は彼女が動いた分の一歩を下がることはしなかった。
    二人の間の距離がもどかしいほどゆっくりと縮まる。ゆっくり歩くということを心がけているということも特になく、不思議と速度が上がらないまま進む歩みに、だんだん何も考えられなくなってゆく。少年に近づいているからかも知れなかった。先程彼が闇の中から姿を表したときと今度は逆だな、とふとぼうっとする頭の中で思う。
    闇の中から出てきて、それでいて決して深い闇に馴染んではいなかった。毅然とした出立ちで、這い寄るそれを跳ね除けていた。神秘的で……美しかった、と思い返した。
    いくらゆっくり進んだとは言え、いくらまるでその瞬間を永遠のように感じたとは言え、進んでいるのであればいずれは辿り着くものだ。とうとう彼女は三メートルを歩ききり、少年の眼前に陣取った。まだ頭がぼうっとしているのは継続したままで、しかし、おや、と思う。

    このひと、こんな目の色だったかな。遠目で見た時には……もっと、黒かったと思ったのだけれど。

    こんな、情やら欲やら複雑な……とかくそういう類のものを片っ端から溶かし込んでとろとろに煮詰めたような、あまいきんいろではなくて。

    その瞳に違和感を覚えたらもうだめだった。視線を外すことはできず、さりとて瞼を下ろして無理やり視界をシャットアウトすることもできず。釘付けという言葉では生ぬるい、まばたきすら忘れたように彼女は動けなくなった。どうやら少年の方もそれは同じようで、すっとした柳眉を切なげに引き絞り、きゅ、とうすいくちびるを強く噛み締めている。よほどその具合が強いのか、噛み締めているところが白くなっていて、今にも血が出てしまいそうだった。もう目線を引き剥がすには誰か他の人の手が必要なのではないか、と思うほどにその瞳の引力というか、惹きつける力はものすごくて、頭は全く回らないのだけれど、口が勝手に動くのを少女は感じていた。

    「ねえ、あなたは、なんで吸血鬼を知ってるの」

    殊更ゆっくりと、囁くように口が声を紡ぐ。
    少年の反応は今までで一番動的だった。
    一度呆然として、それから金の瞳をぎゅうっと強く瞑った。それで少女ははっ、と正気を少し取り戻す。
    すぐさま瞳は開かれて、獰猛な金色がまた彼女を捕らえた。

    「知らない方がいい」
    「え、」

    あ。瞳の金色が濃くなった。まるで……堪えていたものが放たれたみたいだ、と思った。

    「それ」

    手が伸ばされる。わかっていても避けられなかった。多分避けようという意思すらもなかった。

    「は、」

    手が掴まれた。ぐい、と腕ごと身体を引き寄せられて腰に少年のもう片方の手が巻きつく。身体が少年に絡めとられた。

    「なんで?」

    と、音が三つこぼれた瞬間、肩のあたりにくちびるを寄せた少年がそこにくちびるをつけて、それから決して痛くないような心地で、少ししめったそこをやわく噛んだ。やけに鋭い歯が、あたって……。

    「っあ!?」

    何も考えられないなかで、少女の喉が小さく鋭く悲鳴を上げた。

    「……っ」

    息を呑んだ感覚が首近くでして、少年がばっと少女の肩に伏せていた顔を上げる。

    「……あ」

    抱き寄せていた手をそっとほどき、少女が自分の足で立っていられるかをいつくずおれても良いように支えながら確かめた。なんとか立っていられそうだ、と確認を終えるとそっと離れる。

    「……すまない」

    そう言ってだんだん離れていく体に向かって手を伸ばす。その指さきが何かに触れた。反射的にそれを放すまいと強く手のひらの中に握りこんだ。

    「待っ、……て、わたし蛍!ね、あなたの名前!聞かせて」
    「……魈」

    そう告げてから、忘れろ、と口が動くのを見た気がした。冗談でしょ。そう言い返してやりたかったけど、どうにも今の口は蛍の命令を聞きたくないらしい。音を出すことは叶わず、ふっと意識の奥を見た気がして、ぐるりと暗転。



    「……っ!」

    意識が浮上して、末端神経まで命令が行き届くのを感じてからばっと飛び起きた。

    「え、なんで……」

    自宅の部屋だった。ご丁寧にベッドに寝転んでいることを理解する。

    「歩いて帰ってきた……?」

    しばらく思考の海に沈み、気づき。

    「魈、って言ってた!」

    あの人。一番覚えていようと脳に刻んだことが思い出されると、そこから芋づる式にそれと関連した記憶がずるずると海底から引き摺り出されてきた。これは比較的いつものことだけど、吸血鬼から逃げ回っていたこと。走って、川を越えて。窮地をなんとか脱したこと。そして、魈のこと。夢じゃない。そこまで思い出してもあの川辺から自分がてこてこ歩いて帰ってきた記憶がとんと姿を見せなくて、蛍は首を傾げる。
    沈ませていた意識が浮き上がってきて逸れると、右手に何かを固く握りしめていることがわかった。
    おそるおそる、ぎしりと音を立てそうなぎこちなさで持って手のひらを開く。

    「これ、……絆創膏?」

    ピンク色とか、花柄とか、キャラクターが描かれているような可愛らしいものではない。薬局やコンビニエンスストアで一箱何枚何百何十円、という感じで売られているような、ごくありふれたベージュの絆創膏だった。

    「なんで……」

    あまりにも状況に不釣り合いなそれに気が抜ける。そのとき、ぴり、と少し動かした際に痛みが肩をつついていった。

    「……あ」

    その正体を掴んでいくうちに、みるみる頬が熱を持つ。
    あの時手に触れたのはこれだったのか。ならばこれを渡してくれたのは魈と名乗ったあの少年以外にあり得ず、なんでそんなことをしたか、と言うのも決まっていた。よろよろと洗面所に向かって鏡を覗き込む。ぴりっと傷んだほうの肩を覗き込めば、確かに。
    薄い歯型が赤く残っていた。

    「あー……」

    ずるずると床にしゃがみ込んだ。
    あつい、いたい、あいたい。

    ぐるぐる回る思いには蓋をして。今だけは何も見なかったことにさせてほしい。
    ぺろ、と剥離紙をはがしてぺたり。歯型を隠すように、誰にも見せないように絆創膏を貼った。


    続く と思われます 吸血鬼パロで魈さん吸血鬼設定のくせに血吸ってないですね……噛んだだけなので 理性
    以下補足のようなもの

    吸血鬼の能力
    身体能力の高さ、変身能力、飛行能力など多様。

    吸血鬼の弱点
    日光、聖水、ニンニク、流水など。
    また、強く惹きつけられる血が存在すると言う。理性を破壊し、衝動を強める。その香りが彼らにとって垂涎のものらしい。もちろん味も。
    各地にその血を持つ人間は散らばっていると言われており、存在は定かではない。その存在を幻だと言われることもあれば、発見される前に身体中の血を吸い尽くされて死に至るからだとも言われる。

    吸血鬼の特徴
    人の生き血を吸う
    鏡に写らない
    棺桶で寝る
    魔眼を持つ種が存在する。暗示を掛けられたり、感情の動きによって色が変化する。
    血を吸われる相手に快楽をもたらす。
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    natsukoshi_ay

    DOODLEリクエストいただいた間の中でも特別甘い血でたくさんの吸血鬼に狙われるほたるさんと、それらから守ってやる代わりに血を吸う吸血鬼しょーさんの話です
    ほんとはタルタリヤさんもとのことでしたが長くなったので切りました ごめんなさい
    吸血鬼、あるいはヴァンパイア。
    夜に墓の中から蘇る自殺者、破門者、早く埋葬されすぎたものの死体が一般的にそう呼ばれる。彼らはその長くてするどい犬歯によって人の生き血を啜る。その様から、比喩的に無慈悲に人を苦しめ利益を搾り取る人間の意でも使われることもあるが、それは置いておいて。
    血を吸われたひとはこの夜のおとないびとの虜になり、自身もまた吸血鬼へと変貌を遂げる。
    太陽や十字架、聖水やニンニクが嫌い。とはいえ日光はともかく、ニンニクを鼻先に突きつけたり聖水をばら撒いてやったらちょっと怯むというくらいであり、真に、永久に、彼らを絶やすには銀の杭を胸に打ち込み、四つ辻に埋めなければならない。
    彼らが表舞台に姿を表したのは古代ギリシアやスラヴ、ハンガリーの伝説だとされている。地方で囁かれる民話、伝説の類であった吸血鬼の存在が広く一般に広まったのはロマン派文学の起りである18世紀末以降のことだ。
    9012

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