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    ayana_juju

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    ayana_juju

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    一千年後の君に告ぐ、心中エンド本文サンプル。
    本は8月発行出来たらな…。

    一千年後 君と幽明 相隔つ虎杖悠仁。その体は平成という時代に羂索によって作られた、宿儺の器となる為の肉体である。只人では受肉させる事すら出来ない呪いの王、ただその存在の為だけに調整されて作られた一級品。であれば当然その肉体の強度は只人よりも優れており、耐久性もある。
     とはいえあくまでも人間として、ではある。人間が人間である以上、人間として作られた以上、その器は人間以上にはなれやしない。当然である。それより先は神の域、人間が踏み込める領域ではない。
     だがいつの日にか宿儺に心を返す。その一心で千年を過ごしたイタドリの体は既に擦り切れており、精霊としてももう永くは持たない。千年以上咲き続けた本体のイタドリももう新しい芽を出す事は殆どなく、枯れ果てるのも時間の問題である。
     だから神はせめてとその体をイタドリに与えた。どんな形でも構わない。もう一度だけ宿儺に会い、そして真心を返したいと願う彼の声に応えて。
     宿儺の器として調整されているとはいえ、只人の体では神の力には耐えられない。そのため特別に少しだけ祝福を与え、そうしてイタドリの力を殆ど封じて、『虎杖悠仁』という人間としての生を与えた。
     宿儺の器であれば遅かれ早かれ確実に彼と出会う事になる。その人生は苦労しかないだろう。困難しかないだろう。精霊としてならばあと数百年は生きられるかもしれないが、人の生は短く、数十年ぐらいしかない。宿儺の器として調整されてる以上、もっと短いかもしれない。それでも彼の人物に心を、歌を、返したいと願うのならば。という提案にイタドリは一も二もなく飛びついた。

     そうして得た『虎杖悠仁』として人間の生は、イタドリにとっては新鮮そのものだった。あの羂索が母親だという事にはいっそ吐き気さえ覚えたが、向こうは人の器に入ったイタドリに気づいておらず。そうこうしている内に両親ともにいなくなり、厳しくも優しい祖父との二人だけの生活になった。永い時間を独りで過ごしてきたイタドリにとって、己以外の誰かと過ごす生活というのは宿儺を喪って以来のこと、また宿儺を除けば初めてのことで。祖父と己の二人きりとはいえ、それはたしかにイタドリの千年の寂しさを少しずつ埋めていた。
     加えて千年経った世界は文明が恐ろしいほどに発達し、料理一つとっても豊富な種類があった。娯楽に関しても、情報に関しても、世界には多くの物が溢れている。そもそもが人間ではないのだから当然ではあるが、永い永い、人間から見れば悠久ともいえる時の間を山の奥に引き篭もって移ろいゆく日々を見守り、時折宿儺の指の様子を伺うだけの生活をしていたのだから、イタドリにとっては何もかもが知らないものばかり。右を見ても左を見ても今の時代ってすっげぇな! 人間っていうか人間の叡智ってすっげぇ! という感想しか出てこない。
     蛇口を捻れば綺麗な水が出て、スイッチ一つで火が使える。夜も明るく眠らない街だなんて言われる土地があるほど。海の向こうの国にだって気軽に行けるような時代なのだ。兎にも角にもイタドリにとっては見るもの触れるもの聞くもの、全てが知らない事だらけ、新鮮であり、かつて心を貰った時のように『楽しい』が上書きされていく。
     何より『虎杖悠仁』には己の心がある。人として生きるのだからと与えられた、借り物ではない己だけの心がある。今こうして『楽しい』を感じる事も、興味を持つ事も、借り物ではない『虎杖悠仁』が感じている事である。
     
     ――あぁ、あぁ、己はこんな大切なモノを宿儺から奪ってしまったのだと激しく後悔をしながらも、それでも悠仁はいつの日か、この器が役割を果たす時を待ち望んでいた。

     ◆   ◆   ◆

     宿儺がいなくなった体はとても軽かった。たった四ヶ月ほどしか入っていなかったというのに、一人きりの体はこんなにも軽かったのかと衝撃を受けたくらいである。尤も二人分の魂が入っていた体は思っていた以上に負担が大きかったらしく、体が軽くなったと言ってもそう長くない事はなんとなく察せられた。宿儺を受肉するために調整されていたのだ、そもそもが無理を強いた器という事もあるかもしれないが。
     ふぅ、と一つ息を吐いて悠仁は目の前のモニターへと意識を戻す。ハラハラと、この場にいる誰もが五条と宿儺の戦いを不安そうに見つめている。規格外である史上最強の術師と、同じく規格外である現代最強の術師による一騎討ち。このまま五条が宿儺を倒せれば良し。倒せない場合はそこから総力戦へとなるが、勝率はかなり低くなる。五条がどれだけ宿儺を削れるかに掛かっており、それは宿儺も承知の上だろう。
     だが誰もがその戦いを邪魔する事は許されない。尤もあの場に誰が飛び込んだとしても足手纏いでしかなく、瞬時に五条か宿儺の術式の犠牲になるのは目に見えている。だから宿儺が引き連れていた謎の術師も姿を見せておらず、こうして一騎討ちに持ち込めているのだろうが。
    「……チャンスは一度だけ」
    「悠仁、どうかしたか」
    「いんや、なんでもない」
     ふぅー、と細く息を吐いた悠仁に気づいた脹相が声をかけてくる。それになんでもないと返せば、彼はそうか、とそれ以上追求してくる事はない。こういうところが彼の良いところだよな、と苦笑し、悠仁はそっと自身の腹を撫でた。
     返さなければならないモノはずっと此処にある。神に願って、本来この器に入るはずだったかもしれない魂を押し除けて、精霊である己を封じて。そうして千年かけて、ここまでやって来た。地獄絵図を描きながらここまでやって来た。後戻りする道なんて、人間になる事を選んだ瞬間から残ってはいないのだから。
    「……でも後始末を押し付けるのは申し訳ないなぁ」
     ここまで宿儺を好き勝手させてしまった責任は大いに己にある。己がさっさと心を返していれば、もしかすると渋谷の被害はもっと抑えられたのかもしれない。伏黒が体を乗っ取られる事もなかったかもしれない。羂索の企み自体、もっと早い段階で潰せたかもしれない。
     彼が人ではなくなった事を。人をなんとも思っていない事を。心がないゆえに快、不快でしか動けない事を、誰よりも己は知っていた。その凶暴さを、残忍さを、誰よりも己は知っていた。

     ――優しかった彼を、己がこの手で殺したというのに。

    「おい、虎杖?」
    「ちょっとだけ外の空気吸って来ます。すぐ戻るんで」
     へらりと笑い、観覧席もとい待機場を後にする。そうして冷たい冬の風に吹かれながら、悠仁はそういえば今年はまだ雪を見ていないな、とぼやりと考えた。
     地球の温暖化が騒がれるようになって久しい。それも結局は自然の営みだと悠仁は考えているが、人間達はそうは思えないらしい。やれ地球環境が、ゴミ問題が、と謳い文句にしては金儲けに繋げようとしている。ならば真っ先にする事はこの便利な生活を捨てる事だろうと思っているが、人間はそれも捨てたくはないらしい。そういうところ、千年前と何も変わっちゃいないよな。などと考えながら、悠仁はいつ乱入しようかなと今も派手な音を立てる遥か下を覗き見た。
     決戦の場が新宿になるのは前々から分かっていた。であれば決戦となる日より前に色々と仕込む事も可能である。現に今五条と宿儺が戦う新宿の地下には広くイタドリや蔓薔薇などの根が蔓延っている。元はコンクリートジャングル、植物など殆どない土地。這わすのには少しばかり苦労したが、その甲斐あって今はそのコンクリートを突き破り日の下に出るのを今か今かと待ち侘びている。
    「……よっしゃ! そんじゃこの旅を締めくくるとしますかね!」
     雪は降っていないと言えど寒さが厳しい真冬だというのに今にも咲き誇ろうとする草花の強い生命力を感じながら、悠仁は一度己の頬を強く叩いた。
     死ぬのは別に怖くない。本来であれば吹き込まれた神気を使い過ぎ、とうに散っていた命。それを無理に繋ぎ止め、かろうじて咲いていただけなのだ。何より己は元は精霊、死の概念など持たぬモノ。いつか消滅するのが運命。この心さえ返せるのであれば、それと同時に散ってしまっても構わない。
     それに永い間一人きりで生きて来たイタドリにとって、『虎杖悠仁』という人生はとても満たされたものだった。十五年といえば精霊からしてみればほんの瞬きの間、あまりに短い時間だが、それでも十分濃い時間だったと胸を張って言えるだろう。何より最後の四ヶ月は宿儺の気配をずっと傍に感じられていた。会いたいと願っていた宿儺に出会えた。
     たとえ彼が己の事を忘れていても。たとえ彼が己を路傍の石のように見ていても。たとえ彼が己の事を何とも思っていなくても。たとえ彼が己の体を使って悪行を働いていても。
     会いたかった彼に会えたのだ、時折とはいえ彼の姿を目にして、会話する事が出来たのだ。常にその気配を己の中に感じていたのだ。であるのならばイタドリとしても、虎杖悠仁としても、十分満たされた人生だっただろう。
    「……うん、十分すぎる人生だったよな。俺にはもったいないぐらい」
     ふっと笑い、悠仁はそうして遥か下の地上目掛けて飛び降りた。

     ◆   ◆   ◆

     渋谷もだが、死滅回游とかいうゲームが無事に終わった暁にはこの新宿はどう復興していくつもりなのだろうか、と崩壊したビル群を見下ろしながら悠仁は小首を傾げる。その間も五条と宿儺は目にも止まらぬ速さで移動して術をぶつけ合い、その度に周りに尋常ではない被害が出る。いや千年前でも宿儺とここまで互角にやれる術師っていなかったよな。そもそもこんな被害が出るような戦いとかあったっけ、だけど二人とも楽しそうだな。などと思いつつもそんな二人の間に無事着地をした悠仁は、そしてそのままあらかじめ仕込んでおいた根を一気に成長させた。
    「悠仁⁉︎」
    「はっ、死に損ないが」
     ありあまる程の神気を注がれた根から伸びた茎が勢いよくコンクリートを突き破り、まだ青々しい緑が鮮やかな蔦が伸びる、伸びる、伸びる。かと思えば五条の周りには彼の腰辺りまで草が生い茂り、そして綻ぶように一斉に白く小さな花が咲いた。
    「これは……呪力じゃないけど、あの花御とか呼ばれてた奴みたいな術式?」
     白い花はまるで五条を守るようにそよそよと風に揺れる。それは一番最初に火山頭の特級呪霊と戦りあった時、あの花御とか呼ばれた呪霊が使った術式に似ていた。尤もあの時は咲き誇る花を見ていると戦意を削がれるような感覚があったが、今周囲に咲く花を見ていてもそのような感覚はない。そもそもが呪力の気配などなく、また悠仁が術式を使ったような形跡もなかったのだが。
     一方で勢いよく伸びた蔦はまるで意志があるかのように、今度は宿儺を目指して伸びていく。いやでもアイツの斬撃の前では無意味でしょ、なんて誰もが思っていた。それは宿儺も同じようで、途端に複数の斬撃が飛ぶ。
    「小賢しい」
    「呪力って神力とは相性が悪いんだってさ。俺は詳しい事は知んねぇけど、オマエがそう言ったんだぜ?」
     コンクリートも鉄筋も難なく細切れにする斬撃。当然ハサミで手入れが出来るような植物など硬さも何もないのだ、簡単に斬れる。……はずだったのに、それは蔦も悠仁も五条を守る花も何一つ傷つけることなく霧散した。それに目を丸くした宿儺を見て、悠仁は「ふはっ」と気が抜けたように笑う。
     心がないわりに、己に受肉した後の彼は思ったより様々な表情を見せるのだ。オマエそんな顔も出来るのかよ、という表情を見て来た気がする。あんな間の抜けたような顔、本来の姿の時、千年前のイタドリが知る限りではした事もないのだ。
    「ついでに今の俺は死にかけの火事場の馬鹿力プラス、神様の加護でちょっとだけパワーアップしてるからさ!」
     蔦など何本束になろうとも斬れると過信していた宿儺を捕らえる事は簡単だった。強すぎるからこそ、つまらないと評する己の事など見くびっていたのだろう。己が『虎杖悠仁』であったのならそれも問題なかっただろうが、今の己はどちらかといえば『虎杖悠仁』という器に入った『イタドリ』である。呪力を込めて殴るしか出来なかった己ではないのである。
    「神力……神だと? 今の時代にはもはや殆ど力も残っておらぬ奴らばかりであろう。それが何を今さら」
     はっ、と宿儺は嘲笑する。
     たしかに千年前と比べれば力ある神は随分と姿を減らしただろう。今なお信仰される、大きな権能を持つ者は、それこそ創世や神話から続く名の在るモノぐらいだろう。それらがなぜ今さら人間に加護を与えるというのか。それもこのようなつまらない子供に。そう宿儺が思うのは仕方ないだろう。
     まぁ言いたい事は分かるよな、と悠仁は苦笑しつつ、くいっと指を動かした。その瞬間、宿儺の腕や脚に絡まった蔦が彼を無理矢理地面に抑えつける。もがけばもがくほどに蔦はより強く絡み、地面に膝をつかせる。術式が使えないように両腕を無理矢理後ろで拘束したところで、悠仁はようやく己の中にずっとずっと、それこそ千年在り続けた宿儺の心を取り出した。
    「たしかに今さらだよな。どう頑張ったってオマエや俺が殺した人たちは返って来ないんだ。こうやって返す手段があったのなら、千年前にやるべきだったんだ。罪を清算する機会が与えられるのならば、千年前であるべきだったんだ」
     命の価値は時代によって大きく変わる。それこそイタドリが知る千年前は貴族以外の人間の命の価値など路傍の石よりも低かった。飢饉が起きようが、疫病が流行ろうが、村人の代わりはいくらでもあり、貴族が無事であれば良いというのがあの時代だった。加えて人ではないイタドリにとって人間が死ぬのはただの自然の摂理であり、誰がいつどこでどう殺されようとも、どんな風に死のうとも、それに心を痛める事がなければおかしいと思う事さえなかった。
     だが平成という時代で倫理観や道徳などを学んだ悠仁の中には、人間の命に貴賤など存在しない。人間はみな等しく平等であり、その命の価値に、重さに、尊さに、差はミジンコ分だって存在しない。善人だろうが悪人だろうが赤ん坊だろうが老人だろうが一人の人間として見た場合、その命自体の価値に差はないのである。故に誰もが理不尽に命を奪われる事は許されないと思っている。
     だが千年前、宿儺は多くの人を殺した。千年前、己は宿儺という人間を殺した。数ヶ月前、己は渋谷で多くの人を殺した。その人達に例え罪があろうがなかろうが、喪われた命が戻ってくる事はない。死んだ人間が生き返る事はない。故に本当に今さらな話である。
     
     千年前、宿儺に心を返せたのならば、宿儺という人間が死ぬ事はなかった。そうすれば例え彼が今と同じく呪物となって時を渡ったとしても、これ程の被害が出る事は無かったかもしれない。渋谷での事件の際、何万人という命が喪われる事はなかったかもしれない。あの人も、その人も、あの人だって。今も笑っていたかもしれないのだ。
     始まりは己のたった一つの罪だった。だがそれは今となってはどう清算したら良いのかも分からないぐらい、大きな大きな罪となってしまった。今こうして始まりの罪を清算する機会が与えられたが、それは本来ならば千年前、悠仁が宿儺を喪う前であるべきだったのだ。
    「そうでなくてもオマエを食べた時に。一度心臓を抜かれた時に。返す機会はいくらでもあったっていうのに、俺がオマエともう少しだけ一緒にいたいだなんて欲を出したから、今こんな事になってる。千年前にそれでオマエを喪ったっていうのに、振り返ると同じ事をしてんだ。バカだよなぁ」
     本来精霊は自由気ままに生きる存在である。それがこれだけ学習したのだからと思う反面、人間としての己は同じ轍を全力で走り抜けたバカさ加減に呆れている。指だってさっさと集めてしまえば吉野やその母親、もっと多くの人だって死ななかったかもしれないのに。
    「ま、とりあえずそんなワケで! 千年経っちまったけどコレはオマエに返すな! 大事な大事なオマエの真心、全部奪っちまってゴメン。オマエを人ではなくしちまってゴメン。ここまで来るのに千年掛かっちまってゴメン。……全部見て見ぬフリして、オマエの優しさも愛も何もかもを踏み躙ってゴメン」
     それはきっと己の中で二番目に罪深い事だろう。宿儺の目の前にしゃがみこんで目を合わせ、悠仁は少し眉を下げた。
     最後の最後まで、ほんの僅かに残った心の全てで己にだけは優しくしてくれた。恋だの愛だのくだらないと嘯きながら、人間だった時間の残り全てを己にくれた。己が良いのだと、最後まで傍にいてくれた。それがどれほど得難く尊いものなのか、それがどれほど難しい事なのか、人間になって初めて身に染みた。
     何せ人の心は簡単に移り変わるのだ。それは精霊だった時から知っていた事だったし、心を分け与えてもらい実際に瞬く合間に変わる感情を体感していた。空模様に例えられる事もあるぐらい、人の心は遥か昔から刹那に移り変わっていくのだ。
     加えて平成と呼ばれる時代は娯楽に溢れている。テレビをつければ朝から夜まで常に何かしら番組がやっており、それだけとってもドラマに漫才、映画、通販番組、ドキュメンタリー、アニメなどと種類が多岐にわたる。図書館と呼ばれる場所には読みきれないほどの本が溢れており、ラジオをつければ音楽や誰かの話を延々と聞いていられる。ネット環境も整っており、近隣の街だけではなく海を越えた国の人ともリアルタイムで繋がれるのだ。簡単に移り変わる人の心は次から次へと娯楽を消費し、それで満足してしまう。恋をしている、誰かを好いた惚れたと騒いでいても、それさえも娯楽の一種のように受けている。
     とどのつまり仮に宿儺を受肉した日に心を全て返せたとして。己が心の全てを宿儺に傾け続けていられたかと聞かれたら首を傾げざるを得ないのだ。どうしても『虎杖悠仁』の祖父の事があっただろうし、あの番組の続きを見たかった、漫画の最終回まで読みたかった、なんて娯楽だって心の一部を埋めていただろう。何か一つしか想えない、という制限があったのならば迷わず宿儺を選ぶが、そうでない自由な心は己の理性であってもコントロールする事は難しい。
     ただ一つの目的の為に生きてきたはずなのに、なりふり構わず人間にまでなったというのに、そうした旅路の果てに己は宿儺以外のモノも色々と大切だと思ってしまったのだ。そんな権利、彼を殺した己には無いというのに。
    「なんだソレは……」
     そんな想いも今の宿儺には何一つ伝わらないだろう。怪訝そうな顔で悠仁を見上げる彼に、悠仁は「じゃじゃーん!」と象った心がよりよく見えるように掲げた。
    「俺が全部奪っちまった、オマエが自分で切り分けたオマエの真心でーす! オマエ悪食だったんだから自分の心だって食えるだろ、はい食った食ったー!」
    「このっ、押し付けるな下郎が!」
    「いや人間の肉よりは美味いって、たぶん。オマエだって生得領域があの変な風景のままはイヤだろ?」
     悠仁が掴む、ピンポン玉のような大きさの光。ふわふわとしていて、時折風に揺れていて、なんだか得体の知れないモノ。それを遠慮なく押し付けてくるものだから宿儺が罵れば、悠仁はにっこりと笑ったままに蔦を動かし宿儺の口端を無理矢理開けさせる。
     腹の口があればそちらの方が早かったのだが、受肉した時には腹の口はなかった。その後も己の体を使った際に腹部に口を出す事はなかった。渋谷の記憶を思い出す限りでは首に口を出していたあたり任意で出せるようだが、今のところわざわざ腹に口を出す必要もないと思っているのだろう。というか腹にある口をそれ以外の場所に出せるとか卑怯ではないか。
     とりあえずこの心を宿儺に返して、話はそれからだ。となんとかこじ開けた宿儺の口に形を取らせた真心を放り込んだら、今度はその口を無理矢理閉じさせる。いやなんか千年の旅路の果てだと言うのに情緒のカケラもねぇな、と独り笑いながらも吐き出そうと身を捩る宿儺を無理矢理押し止める。尤も口に含ませたのだ、食うまでもなく心は在るべき場所へ自然と溶け込んでいくだろうが。
     いくら歯を食いしばろうと、飲み込むまいと口に留めようとしても無駄だと悠仁は知っている。心は本来形がなく目にも見えない。それに無理矢理形を与えただけなのだ、口に含めば最後、今の世でいう綿菓子みたいに形を崩していくだろう。そして元の持ち主に戻ったのであれば、在るべき場所に還っていくはず。
     ただし心が戻ったところでイタドリと過ごした記憶が戻るかどうかは分からない。あくまでもイタドリが宿儺から奪ったのは心であって記憶ではなかった。人ではなくなった時にどこかへ落としたのか、心を喪い己と過ごした日々もそこらの有象無象と同じだと埋没してしまったのか、はたまた心を喪う前に何か記憶を封じたのか。悠仁にはもう知る術はない。
     心を取り戻したからといって、再びあの目で見てもらえるのか。あの優しさをかけてもらえるのか。在り方を大きく歪めた己を己と認識してもらえるのか。――彼が大切にしてくれた己だと想ってもらえるのか。
     そればかりは己を作り、己を人にしてくれた神にさえも分からないという。
    「とりあえずこっちは馴染むまで置いとくしかないかな。本人のだしそう時間はいらんと思うけど。んじゃ、今の内に少し昔話でもしよっか、先生」
     気になってるんでしょ? と笑って宿儺を蔦で編み上げた即席の籠の中に閉じ込めた悠仁は振り向いた。
     白い花の中に在っても、彼の銀にも白にも見える髪や世界で一つしかない特別な瞳は色褪せる事もない。そういえば千年前にも六眼持ちはいたはずだが、人間の世界にはあまり興味が無かったから知らないなと思いつつ、悠仁は手近にあった花を手折るとそれで五条の顔をポンポンと撫でた。
    「うわっ、ちょっ、悠仁……⁉︎ って、あれ? 痛みが消える……?」
    「イタドリは痛み取り、遥か昔から人間の痛みに寄り添って咲いて来た花だからさ。まぁ反転術式なんて反則技が使える術師に対しては気休め程度だけど」
     白い花が五条の肌に触れる度に赤く染まっていく。それと引き換えに不思議と痛みが消え、五条は目を瞬かせた。体を見ても別に傷が治ったわけではない。だが花が触れた場所からは痛みが取り除かれている。はらはらと空気に溶けるように消えていく赤く染まった花を見て、五条はどういう事だろうかと悠仁を見下ろした。
     たしかにイタドリの語源は痛み取りと言われている。古来から生える野草であり、根を煎じて飲めば腹痛などに効く薬でもあった。また若葉を揉んで出血した箇所に当てると多少の止血作用があり、痛みが和らぐとされている。――そう、止血作用があるのは若葉であり、決して咲き誇る花ではない。だが今悠仁が振るったのは間違いなく花であった。
    「まぁ本当の民間療法では葉を揉んで押し当てるだけだし、俺に出来る事なんてせいぜいがその時にちょっとだけ普段より痛みを和らげてやる程度なんだけどさ。そこはほら、期間限定でパワーアップしてんだよね! そんなわけで文字通り出血大サービスってわけ!」
     えいえい! と次の花を手折って今度は腕やら何やらへと押し付ける悠仁。
    「先生にはこの後も頑張ってもらわんとだからさ。ちょっとした前払いみたいなもんだと思ってよ。あ、宿儺の事は気にせんで良いよ。俺の事を覚えていても覚えていなくても、この後の事は俺が責任持つからさ」
     えへっ、と笑い、悠仁は何から話そうかなぁと首を傾げた。
    「えっと……まず悠仁と宿儺は知り合いなの?」
    「……ビミョーなとこかな。俺は千年前から宿儺を知ってるけど、この薄情者は千年間俺の事を忘れてるんだよね。意図的に忘れたのか、忘却に消えたのか、そこは分かんねぇけど」
    「千年前……だけど悠仁は受肉した千年前の術師とかじゃないでしょ。虎杖悠仁として平成の時代に生まれてる。それがどうして宿儺の事を千年前から知ってるの?」
     宿儺の器になった時に悠仁の身辺調査は徹底的に行われている。乙骨の時のような事がないように、様々な手段を用いて先祖まで遡り術師の家系か否か。両面宿儺に縁ある家系か否か。徹底的な調査の結果非術師の家系だと判断が下されている。加えて悠仁は宿儺を取り込むまで一般人であり、呪術の呪の字も知らなかった。これが演技だったならば相当だが、そうではなさそうだと五条は当時肌で感じていた。
    「……先生はさ、精霊って知ってる?」
    「精霊? 古いふっるーい巻物とかに時折記述があるのを目にした事はあるよ。自然の化身、神に連なるモノ、人ならざる力を持つモノ。人とも呪霊とも異なる、森羅万象を司るモノ。それが何なのかまでは今に伝わってないけど、式神みたいなものじゃないかって言われているよね」
    「ちょっと……いや、だいぶ式神とは違うかな? 精霊は自由、囚われる事のない気まぐれな存在。人間如きに支配されるのを良しとはしない存在だから。うーん、あの花御とかいう植物を操ってた呪霊。アレはどちらかといえば俺ら……精霊寄りだったかな。精霊ってのは自然に発露するモノが大半で、根本的に人間とは違う生き物で、だから人間とは思考回路も何もかも違う。人間に寄り添う事は出来るけど人間を理解する事はない。心を持たず、感情を知らず、基本的には世界を循環させるモノっていうのが近しいかな。今はだいぶ数も減ってるみたいだけど」
     そもそも精霊は昔からあまり人と関わらない。何せ彼らは自然の摂理そのものである。人間の姿を模るモノは少なく、また人間と話が通じるモノも稀であり、例え人々が認識したとしても意思疎通はかなり難しい。
     だから存在こそ知られているものの、呪術師の間でも呪霊ほどの知見はなく。神にも似た大きな力を持った何か、という程度の話しか伝わらなかったのだろう。
    「まぁぶっちゃければ俺も十六年ぐらい前まではその精霊の一つだったんだよね。今で言う飛鳥時代ぐらいかなぁ、もうちょっと前か? 正確な年号とか興味が無かったから覚えていんだけど、とりあえず平安時代よりもっと前の時代に神の気まぐれで神の力で作られたイタドリの精霊。千年前、まだ宿儺が呪物になる前は宿儺が俺の寝ぐらに転がり込んで来た時からの仲だったんだよね」
    「いやちょっと待って待とうか悠仁⁉︎ 情報量が多すぎるんだけど⁉︎」
    「えー? そう?」
    「そうだよ! だって悠仁は悠仁でしょ⁉︎ 十六年ぐらい前までは精霊だったって、じゃあ今はどうして人間になってるの⁉︎」
     十六年前といえば、ちょうど悠仁が産まれる少し前である。そこで精霊として消滅して人間に生まれ変わったとでも言うのだろうか。もしくは虎杖悠仁という人間の体を奪ったのだろうか。
     でも何のために? 精霊が人間とは根本的に違う生き物で人間と関わりが少ない存在ならば、今になって人間の体を奪う理由が分からない。わざわざ指を取り込み呪術師として働いていた意味が分からない。宿儺の器を選んだ理由は?
    「どこから話したものかなぁ。とりあえず、この体は羂索が宿儺の器として調整して作った体だった。普通の体じゃまず宿儺の魂全てを受け入れるなんて不可能だったからさ。で、まだ魂が入らず空っぽだったその器に神様が俺を捻じ込んだんだよね。あと数百年ぐらいしか存在出来ないような俺が宿儺に会うには今回が最後の機会だったからさ。流石に魂が入ってたら考えたけど、なかなか宿儺の指を内包できる、共同できる魂ってのは見つからなくて、心臓は動けども魂は宿らなかったんだよね。もう少し待てば見つかったかもしれないし、見つからず羂索の策は一つ潰えたかもしれない。それらを押し除けて俺はこの体を手に入れたってわけ。だから『虎杖悠仁』っていう存在は間違いなく人間だよ」
     うーん、と首を捻りながらも語る悠仁に、五条は情報量が多すぎる、と再び頭を抱えた。
    「まぁそんな難しく考えんでも良いよ。千年前にいた『イタドリ』って精霊が、虎杖悠仁として、人間として、産まれて生きてきたってだけだから」
    「じゃあ、なんでわざわざ精霊の体を捨ててまで人間に? 精霊のままであれば数百年は生きられたんだよね? それに宿儺に会うのが最後の機会って、宿儺が復活する事が確定していたのなら精霊のままでも良かったんじゃないの?」
    「精霊は心を持たず、感情を知らず。俺は俺の罪を清算する為に心が必要で、その為には人間になる必要があったっていうのが一つ。宿儺の器であれば絶対、何がなんでも、天変地異が起きようとも必ず宿儺と出会えるという保証があったのが一つ。あとはまぁ、神様の思し召しとかいうやつ?」
     えへっ、と笑った悠仁に何だよそれ、と五条も苦笑する。だが実際、悠仁が宿儺に心を返し、尚且つあの時の返事をしたうえで罪を全て清算するには借り物である宿儺の物ではない心が必要だったのだ。彼の真心に、全てを捧げてくれた愛に、釣り合うかどうかは分からないが。この千年の旅路を捧げるには、人の心が必要不可欠だったのだ。心を返した瞬間に、何もかも知ってはいるが理解の出来ないあの頃の自分に戻っては意味がないのだから。
    「ま、結局のところ全部俺の自己満足なんだけどね」
    「そっか。……ところで罪の清算って? 千年前、精霊が何か大きな事を起こしたみたいな記録は残ってないと思うけど。あ、でも精霊については殆ど記録が無いんだから、人間が知らないだけとか?」
    「まぁ精霊が起こした結構大きな事件もあるっちゃあるけど――俺の罪は宿儺を殺したこと。人間としての宿儺を見殺しにして、人ではない何かにしてしまったこと。己の欲ばかり見ていて、全てに目を瞑ったこと。こうして数え上げたらキリがないけど、きっと最初の罪は……一番最初に宿儺の手を取ったことかな」
     己が積み上げた罪を数えればもはやキリがない。両手では足りないぐらい、千年前の己は罪を重ねてきたのだ。新しく知る感情にはしゃぎ、揺れる心を楽しみ、そうして数えきれない罪を犯したのだ。
    「宿儺を殺した……? でも現実に宿儺は死んでないよね?」
     むしろ千年前に死んでくれていた方が良かったんだけど、とは言わないでおく。だが実際宿儺は平安の時代には死んでおらず、また当時総力を挙げた呪術師も退けて千年に渡り呪物として遺り続けた。そうして今目の前にいるのだから、やはり死んでいないのだろう。
     その言葉に悠仁は力なく笑い緩く首を振った。
    「……死んでるんだ。千年前、『人間』としての宿儺は心を喪って死んだんだ。だから快、不快しか指針として持たないし、愛を理解する事もないし、自分にしか興味がない。いや、自分にさえも興味があるかどうか怪しいけど」
    「人間としての宿儺……」
    「先生も言っただろ? 宿儺は千年以上前に実在した人間だって。その頃にはもう鬼だとか災厄だとか言われていたけど、俺と出会った頃の宿儺はまだ人間の域に収まってたんだ。まぁ気まぐれで人間を助けて施しを与えたかと思えばつまらないと人間を殺す、そんな両極端な二面性を持っていたけど。それでも他の人間がなんと言おうとも、その頃はたしかに人間としての枠組みに入っていたんだよ。喜怒哀楽、感情があって、心を持ってて、移り変わる四季の景色を楽しんで、こんな俺に歌を贈ってくれるぐらいにはね」
     それに「えぇぇー?」と信じられないものを見るような目をする五条に悠仁は笑った。
     今の宿儺しか知らない現代の術師達からしてみれば、たしかに悠仁の言葉は信じがたいだろう。彼らからしてみれば宿儺は宿儺であり、呪いの王以上でも以下でもない。かつて人間だったと言われていたとしても、やはり呪いの王は呪いの王でしかなく。だから『人間』としての宿儺が死んだという事がいまいちピンとは来ないのだろう。
    「……俺があの時宿儺の手を取らなければ、もしかすると今の惨状だって」
    「っ! 悠仁!」
     無かったかもしれない。そう言い掛けた言葉は最後まで紡がれる事はなくて、ハッとしたように五条が手を伸ばす。だがそれよりも早く、悠仁の後ろで膨大な呪力が爆ぜた。
    「――それをオマエが言うのか」
    「うわぁ、仮にも期間限定パワーアップ中の神力で編んだ籠だったんだけど、木っ端微塵だぁ」
     ぼとぼとっと無惨にも粉砕された蔦が地面に落ちる。ありゃりゃ、と苦笑した悠仁は、さて鬼が出るか蛇が出るかと振り向いた。
     もう暫く混乱が続く、あるいは状況把握に努めるかと思ったのだが、思ったより動くのが早かった。やはり本人の物だから馴染むのが早かったのか、それとも記憶は戻らないままで取り戻した心は後回しにする事を選んだのか。かかった時間的に後者寄りかな、などと考えながらも伸びて来た手を避けようとして、そうして蔦の向こうに見えた顔に悠仁はくしゃりと顔を歪めた。
    「なんて顔してんだよ……宿儺」
     伸びて来た手が胸倉を掴む。あの頃には想像もしなかった乱暴さで引き寄せられる。思えば『虎杖悠仁』に接する彼は『イタドリ』の時には知らなかった面の彼だったな、などと考えつつ悠仁は同じく顔を歪めている宿儺の両頬にそっと手を伸ばした。
    「どういうつもりだ」
    「えー、なんのこと?」
    「全部だ。なぜオマエが『虎杖悠仁』なのだ。なぜオマエが人間になっている。なぜここにいる。なぜ、なぜ……!」
    「んー、俺が虎杖悠仁で人間なのはさっき五条先生に話したんだけど……まぁ一言で言えばオマエに会いに来たんだよ」
     頬に触れても手を振り払われない。蒼くなった懐かしい色の瞳の奥に様々な感情が揺らめいている。たったそれだけの事が、こんなにも嬉しい。
     無機質ではない、何よりも尊い煌めく感情が瞬く瞳を覗き込み、悠仁は思わず笑みが零れた。
    「なぁ、宿儺。オマエに会いに千年かけてやって来たんだよ。オマエから奪った物を返しに、あの時の歌の返事をしに、千年かけて此処まで来たんだよ」
    「っ……! オマエはほんに阿呆だ……! オマエは精霊、わざわざ人間なぞに身をやつす必要など無かっただろうが……!」
    「だってそうするとオマエに心を返したあと、俺はどんな気持ちでオマエに歌を返せば良いんだよ。どんな感情でオマエに謝れば良いんだよ。どんな表情でオマエに会いたかったって伝えれば良いんだよ。心を持たない俺なら、きっとこの千年だって無為なモノって断ずるぜ? オマエに返したい歌を覚えていても、オマエに謝らなきゃって思ってた事を覚えていても、オマエに会いたかったって気持ちを覚えていても、その為に千年待っていた事も。全部全部そこに込めていたはずの気持ちが理解出来ない、なんで俺がそうしたのか分からない。何もかも無意味で無価値で、多分オマエと出会ってから『イタドリ』が大切にしたかったものを即座に全部切り捨てるぜ?」
     心を持たなかった、精霊であった頃の自分を思い出す。宿儺と出会う前の、ただただ季節が移ろいゆく様を見ていただけの自分を思い出す。あの頃の感情を殆ど持たなかった己であれば、恐らくこの千年だって無駄だと断じるだろう。なぜここに至ったのか、なぜそうしたのか。全てを見ていても、全てを行っていても、振り返った時に己の行動に理解は出来ず、共感は出来ず、たかが人間一人に入れ込んだ己をうつけだと断じただろう。
     新しい命が芽吹いた時の喜びも。幾つも超えてきた静かな夜の寂寞も。何度もなぞった思い出の切なさも。愚かな夢を見た時の希望も。共に過ごした季節の楽しさも。身を焦がすような恋慕も。――あの深い深い絶望も。
     何もかもを。そう、心を得て得たその何もかもを、ただの精霊に戻ったイタドリは不要な物だと切り捨てその内忘却の彼方へと流しただろう。
    「それにさ、どうせあと数百年存在出来るかどうかだったんだ。千年前に結構神気使ったし、オマエに分身消された時にもだいぶ消耗したし。そもそも単なる草の俺が千数百年とか在り続けた方が奇跡なぐらいだぜ? いくらイタドリの生命力と繁殖力が強いといっても、流石に限界はあるって」
     これがまだ木であれば、木の精であれば、数千年在り続けていてもなんらおかしくはない。樹齢三千年の杉や樹齢二千年とされる桜など、日本だけでも千年以上に渡って在り続けている大樹は複数存在している。
     一方でイタドリはといえば、言ってしまえば草である。冬になれば枯れて眠り、また春になれば根から新しい芽を出す事を繰り返す、ただの草である。その生命力、繁殖力は天敵が存在していない海外で問題になる程だが、流石に数千年と同じ土壌で生え続けるには無理がある。
    「俺たち精霊は循環させるモノ、いつか終わりがあるモノ。いかなる命と言えど地上に在る以上、死なないなんていう存在はないんだからさ」
     まぁ俺らは死ぬって言うより消滅して自然に還るだけだけど! と悠仁は明るく笑った。
     彼らにとってそれは当然の事であり、恐れる事も怯える事も臆する事もない自然の摂理。死は誰の元にも等しく訪れるものであり、いつか消滅して自然に還るのが精霊の終わり。始まりがあるのであれば必ず終わりもあるのが世界のルールであり、当然精霊にだって当てはまる。人間からしてみれば数百年、数千年と在り続けるのだから不死のように見えるかもしれないが、精霊にだっていつか終わりはやって来るのだ。
    「俺は神の手から直接作られたからちょっと他の精霊より頑丈で、強くて、長生きだったというだけで、別に神ではないしさ。人間にならなくたって、オマエに会いに来なくたって、結局いつかはあの山で一人枯れ果ててたんだよ。そもそもオマエと出会わなければもっと早くに枯れてただろうし。それなら俺は何度だって俺が後悔しない道を選ぶ。……んな顔すんなってー。数百年なんて、俺らにとっちゃほんの少しの誤差だって」
     数百年など精霊にとっては誤差の範囲である。瞬きの間とは言わないが、一呼吸程度の差でしかない。息を吸って、吐く。普段当たり前に行っている呼吸の、ほんの一回分。誤差とも呼べないような短い時間。
    「それでも……っ! 人の身にはあまりに永い時間だ……!」
     たった一呼吸分の時間で宿儺に会えるのならば、それは在り続けたかもしれない数百年よりよほど価値があるだろう。人ではなかった悠仁にはそう思えるのだが、人の時間を生きる宿儺からしてみれば数百年はあまりに長く、そして重い。わざわざ数百年を放り投げて人の身になるなど、その数百年に焦がれる人間には理解出来ない感情なのだろう。
     頬に触れていた手を掴まれ、そのまま骨が軋むほどに握られて。いっそ砕けるのでは? と思うような強い力に悠仁は破顔した。
    「そうだな、生き急ぐ人の身には一年だってすんげぇ長いよな。オマエに会えなかった千年より、人の身になってからの十五年の方がすっげぇ長く感じたし。一日千秋とか言うんだっけ? 日本語は美しいとか言うけど、人間ってよくもまぁこんなに色々と表現を思いつくよな」
    「ならば……!」
    「会いたかった。俺を愛してくれたオマエに会いたかったんだよ、宿儺。何度だって言ってやるけど、もう一度だけで良いから、俺が消えて俺がなくなる前に。最期で構わない。一目で構わない。どうしても、どんな事をしても、オマエに会いたかったんだよ」
     それ以外にどんな理由があるというのか。どんな理由が必要だというのか。
     心を返したい。歌の返事をしたい。それらもある。罪の清算だってしなければとは思っていた。だが結局一番であり最大の理由なんて、ただもう一度会いたかったのだ。会ってなんでも良いから言葉を交わしたかったのだ。
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