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    Sapphir_576

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    OLLIE TO SATISFAKTION参加記念の展示用ジョーチェリです。

    #ジョーチェリ
    giocelli

    こどもの日の思い出「よし、こんなもんか」
    ダンボールの中にぎっしりと詰まった本を眺めながら実家の自室で一人呟く。これは全てレシピ本だ。どれも使い古されており、油が跳ねてシミができていたり、醤油をこぼして茶色くなっていたりと他人からはきっと資源回収に出すゴミだと思われるだろう。
    だがこれらは俺にとっては写真が入ったアルバムの様なもの。まだ料理の『り』の字も知らず、料理の名前から材料、調味料の分量、手順、全てをレシピ本を見て作っていた頃の思い出が沢山詰まっている。
    初めて薫に振舞った料理のレシピとか、二人してオーリーを決めた日に記念で作った料理のレシピとか。高校受験に合格した日に作った料理のレシピとか、薫の好物であるカルボナーラのレシピとか。厚焼き卵を食べた薫の表情、ハンバーグを食べた薫の表情、ラザニアを食べた薫の表情。
    一冊本を手に取ってページを捲れば、色褪せることのない思い出が湧き水のように溢れ出して止まらない。
    ──ゴーン、ゴーン──
    時刻が変わったことを告げる音が響く。どうやら過去の思い出に浸っている間に思ったより時間が経っていたようだ。
    俺は片手で本を閉じる。と、隙間からひらりと何かが舞い落ちた。
    「ん?」
    つるつると光沢を持ったそれを拾い上げる。写真だ。マジックで五月五日と書かれている。ひっくり返してみると、幼い頃の俺と薫が現れた。
    「あー、これ懐かしいなぁ。こんなこともあったわ」
    せっかくだからこれも持って帰ろう。薫に見せたらなんと言うだろか。そもそもあのときのことを薫が覚えているかどうかが怪しい。薫にとってはなんてことないことだったかもしれないが、俺にとっては今でも忘れられない出来事だ。
    まぁ、薫との思い出はほんの小さなことだって何一つ忘れたことはないけど。
    「っと、こんなことしてる場合じゃねぇな。あんまりだらだらしてると薫が帰ってくるのに間に合わなくなっちまう」
    俺は写真をレシピ本にはさみ直すと、重量のあるダンボーを抱えて実家をあとにした。

    ※※※

    仕事を終えて家に帰ると虎次郎が一枚の写真を見つめてニヤニヤとだらしなく口元を緩ませていた。気持ち悪い。
    「虎次郎、ニヤニヤしてないで早く飯を出せ」
    「ん、帰ってたのか」
    虎次郎はソファから立ち上がると、ニヤニヤした顔のまま近づいて来たかと思ったら、俺の腰を抱き寄せわざとらしくリップ音を立てて口付けをしてきた。
    「お帰り、薫」
    「この万年発情ゴリラが」
    俺は虎次郎の腕を扇子で払ってから手を洗いに向かった。

    手を洗って戻ってくると、テーブルには笹の葉で包まれた円錐形のものがずらりと並べられていた。これは…ちまきか?
    「ここはいつから料亭になったんだ?」
    「今日はこどもの日だぜ?こどもの日といったらやっぱりちまきだろ」
    あぁ、そうか。今日は五月五日か。
    「柏餅もあるぜ」
    「別に聞いてない」
    「そうか、食べないのか。じゃあ俺が──」
    「食べないとは言ってない」
    「はいはい」
    ため息をつきながら虎次郎がワイングラスを二つ用意する。しかし注がれたのは日本酒だ。
    「いい薫酒が手に入ったんだ。せっかくだからグラスで香りを楽しもうぜ」
    差し出されたグラスを手に取りスワリングをすれば、薫酒のフルーティな香りが鼻腔をくすぐった。そのままグラスを傾けゆっくりと味わうように舌の上で転がしてから嚥下する。
    「ふむ、ゴリラにしてはいいセンスだな」
    「お褒めに預かり光栄の至です、お客様」
    いつもだったら何かしら言い返してくるのだが、どうやら今日は上機嫌らしい。テーブルを挟んだ向かい側で同じように酒を嗜みながらニヤニヤと頬を緩めている。
    「さっきからずっとニヤけ顔で気色悪いぞ。よっぽどいい女でも捕まえたのか?」
    俺がそう言えば虎次郎は「違う違う、懐かしいもんを見つけてな」と写真を差し出して来た。それを受け取り、見る。
    「な、懐かしいだろ?」
    その写真に写っていたのは幼い頃の自分たちだった。頭には新聞紙で作った兜を被り、片手にはプラスチック製の玩具の剣。そしてもう片方の手はお互いの間で強く握られている。そしてよく見ると、笑顔の虎次郎の頬にはうっすらと涙が伝ったあとが見て取れた。
    確かに懐かしかった。この写真はまだ自分たちが幼稚園の年少だったころのものだ。虎次郎が泣いていた理由もハッキリと覚えている。
    幼いながらも二人で一緒に苦労して作った兜を他の子に取られて「かおる…せっかくおそろいだったのにとられちゃった…」ぐすん、とべそをかきながらスモックの裾をちょこんと掴んできた様は今のゴリラになった姿とはかけ離れていて、きっと俺以外のだれも想像すら出来ないだろう。
    「あの頃のお前はまだ可愛げがあったんだがな」
    いつからそんなゴリラになってしまったんだ、と続ける。
    「そう言うお前はあの頃から変わらず真っ直ぐで気が強くて意地っ張りで―――」
    まるで何かを慈しむように、すっと虎次郎の目が細められる。
    「でも薫のそういうところが俺は好きだぜ」
    「……っ」
    この男はこういうことを恥ずかしげもなく言ってくる。一々こそばゆい気持ちになるこちらが馬鹿みたいではないか。
    俺は勢いよくグラスを煽って飲み干す。
    「グラスが空だぞ。早く注げ」
    「へいへい」
    虎次郎は立ち上がり冷蔵庫へと向かう。俺は虎次郎が戻ってくるまでに熱くなった顔をどうにかして冷ます方法に考えを巡らせた。


    「薫、お前顔赤いぞ。風邪でも引いたか?」
    こつん、と額を合わせて熱を確かめてくる虎次郎に、我慢出来なくなって鳩尾に一発拳を食らわせてやった。
    「ぐはっ…なにしやがる!」
    「うるさい!この無神経ゴリラが!」
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