Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    kiko_611_ar

    @kiko_611_ar

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 14

    kiko_611_ar

    ☆quiet follow

    RFマニュSS

    4.2.Fri 03:12 RF said
     私たちの関係を表せば、きっと「上司と部下」。ただそれだけだろう。それでも日毎夜を共にするようになったのはひとえに私の気まぐれだと、朝日も登っていない薄暗いベッドの上でぼんやりと思った。家の物ではない、理事室に仮設的に置いてある決して狭くはないそのベッドは、それでも少なくとも二人運用を想定してはしないのでそれなりに窮屈だった。
     時刻は午前三時過ぎ。起き上がるには早すぎて、しかし寝直すには目が変に覚めてしまっている。急に端末の光を取り入れた目を休ませながら、さてどうするかと思案する。今日も普段通り仕事がある。最近はどこぞの新人がやらかしてくれたお陰で、ポーズだけでも改善策を講じなくてはならない。ポーズだけ、であるのは多少頭が回る者であるならば分かることだろうが。件の新人は頭こそ切れるものの、圧倒的にこの世界での経験が浅かった。この世界がどういうものなのか、それをまるきり知らない。いや、解っていない。そも、告発するだけで変革出来るというのなら、既に先人たちが達しているだろう。どうやっても覆らない環境。それをよく知っている者が身近にいたのにも関わらず、浅慮なことだと笑ってしまう。
     そこで小さく、布が擦れる音がする。天井から視線をそちらに移せば、ちょうど彼がこちらに寝返りを打ったところだった。小さく唸りながら、またふっと顔を和らげる彼は随分と幼く見える。いつもはかっちり上げている前髪を下ろしていることも、更に童顔に拍車をかけていた。
     「……一体どんな夢を見ていることやら。」
     彼こそ私がどういう人間か知らないわけではあるまいに、どうしてそんなにも無防備でいられるのか。まさか同衾した程度で気を許すような男でもない。
     これだ。彼の思考は大抵読めるが、唯一これだけは理解出来なかった。この関係における彼のメリットが、あまりになさ過ぎる。もちろん上役の自分に逆らえない、もしくは取り入ろうとしている可能性だってあるが、彼においてこの二つの線はあまりに薄い。この男が何を思ってこの立場に甘んじているのか、未だにそれが分からないまま、この関係を続けてしまっていた。
     もう一度向こうから音がした。彼が完全にこちらに向きを変え、その拍子に男にしては長い髪が顔にかかる。その気の抜けた顔が嫌に憎たらしく、無意識に手を伸ばした。
     「……隣にいるのはこの私だというのに。いっそ今すぐ起こしてやろうか、」
     なぁマニュアル、と続くはずだった言葉を呑み込む。手は宙に浮いたまま、彼に触れてはいない。あと数センチで届く距離にいる彼に、私は触れられなかった。
     「……りじ、……。」
     彼はほのかに笑い、そして次の瞬間に元に戻った。

    4.2.Fri 07:28 manual said
     痛む身体を何でもないように動かしながらTシャツを取る。乱雑に置かれた服は、毎度のことだがその時の自分の余裕のなさが窺えてなんとも居たたまれない。昨日のことを思い出し、人知れず舌打ちをする。
     「昨晩はよく眠れたようでよかったよ。」
     そう言葉をかけられ、今の舌打ちが聞こえたのかと内心ドキッとしたが、理事の方を見ればそれは杞憂だったらしい。その顔はいつも通り何を考えているのか分からず、相変わらず胡散臭い笑みで包まれている。部屋に備え付けられた専用の椅子に鎮座する理事に、なんとなく嫌な予感を覚えた。
    「……いきなりなんです?」
    「いや、特には。ただ君の寝顔を久しぶりに見てね。あまりにリラックスしているようだったから。」
    「はぁ。」
     随分とまぁ余裕のあることだ。こっちはアンタと話すときは頭をフル回転させて言葉を選んでいるというのに。シュルっと音を立てながら作業着に腕を通す。一晩経ったそれは、春先とはいえかなり冷たく感じた。
     失礼にならない、不快にさせない、しかしこれ以上進展もさせないギリギリのラインで話す。これが意外と難しいのだ。特に三つ目。この人が俺の後腐れないところを買っているんだろうということは分かる。だからこそ娼婦のように媚びを売るような真似もしないし、面倒な問いかけもしない。
     いつもならここで終わらせていた会話。下手を踏んで失敗するくらいなら喋らない。当たり前だ。けれど今日はなんだか気分がいい。例え身体中がボロボロでも、朝起きてこの男が同じベッドにいなくとも。この男の言うとおり、確かに昨日は夢見が良かった。
     「俺に何を期待しているのか分かりませんが、そりゃあ俺も寝ている時くらいは静かですよ。手負いの獣じゃあるまいし、隣にあなたがいたって爆睡できます。」
     出てきたのはそんな可愛げのない言葉。けれど普段なら続けなかった言葉だ。誤魔化すように髪を大掴みにかき上げ、チラっと横目で理事を窺う。彼はもう興味をなくしたようで「ふむ、まぁそうか」と独り言ちていた。
     切れてしまった会話を続ける材料をもう持たない俺は、後は部屋を出るしかカードを持っていなかった。髪を後ろで大雑把にくくりながら足早に扉へと向かう。こんなに雑にまとめてはきっと昼頃にほつれてしまうだろうが、その時はその時だ。
     「俺はもう行きますね。戸締まりお願いします。」
     ドアノブに手を回し、そこでこのまま引っかき回されっぱなしも悔しくて振り返る。今日はなんだか気分がいい。だからほんの少し、冒険がしたくなった。
     「まぁでもそうですね。確かに内容は覚えていませんが。」
     振り向けば理事はこちらを見ていた。それだけで心が揺れるなんて、なんてお手軽なことだろうと自嘲する。
     「いい夢だったと思います。あなたの傍らで見たことが信じられないくらいのね。」
     少し驚いたような顔をした相手を一瞥し、今度こそ理事室を後にする。朝の社内はほとんど人がおらず、心なしか空気も澄んで感じた。自分の足音だけが響く廊下を歩きながら、今日の段取りを頭で確認する。頭の片隅で、そういえばクシをどこにやったのかと考えた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works