タイトル未定 深津一成は、くじらになりたかった。
地球上の生き物で一番大きくて、ものによってはビル一棟ぶんの大きさに至るものもあるらしい。大海にいてはそれでもなおちっぽけに感じるかもしれないが、全ての生き物が自分より小さいなんて、どんな気分だろうと思う。寂しいだろうか。それとも、愛しいだろうか。想像するだけでなんとなく心が躍った。
それから、海のなかを自由に泳ぐことができる。哺乳類、すなわち肺呼吸の生き物でありながら九十分もの間潜水することもできて、ときおり気ままに息継ぎのために海面近くで潮を吹く。その際に海水をわあっとかき混ぜて、海底に沈んだ栄養を浅海にすむ魚たちに与える。鳴いては聴き、鳴いては聴き、数キロ先の情報さえ己の感覚で掴むことができるらしい。研ぎ澄まされた感覚で以て一生のあいだ住み良い海を求めて廻遊しつづけて、とうとう命はてたあとはその巨大なからだがひとつの生態系の温床となって朽ちていく。
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