隣で眠る恋人を起こさぬよう、そっと身を起こす。確か自分が床に就いた時は一人だった。いつの間に帰ってきたのだろうか、とは言えもう一人は何日も帰ってきてはいないのだが…
奇妙な生活をしている、と二人は言う。自分にとってそれはどうでもいい事なのに。好きな人と暮らすことの何が奇妙なのか。まあ、その相手が一人ではなく、二人なのだが。
俗に言う二股とかそう言うものではない。三人で話し合って、決めた事は事実だし、実際大きな喧嘩も啀み合いも、嫉妬すらない。あの二人は…ヴィルとザックの関係は友人としては最高のモノなのだろうと、端々に感じる。言葉であったり行動であったり様々だが。
ヴィルの顔に張り付いた銀髪を撫でたい衝動を抑えてベッドから降り、個室から出る。ゆっくり後ろ手に締めて、綺麗に飾ったクリスマスツリーを通り過ぎて階下へと進む。特に約束したわけではないが当日はどうしようか、など、取り留めなく考えながら降り切って、キッチンへと向かった。
「…?なんか…あったかい…」
いつもなら冷え切ったキッチンからほんのりとした熱を感じてコンロの前へと急いだ。案の定熱源はここで。誰がが火をつけたのは間違いなかった。ぱかりと蓋を開けて半分に減ったシチューを見て目を丸くする。おかしい。隣で寝ていた彼はそんなに食べる人ではない。ましてや夜遅くに、恐らく食事をして帰って来ているのに。そうなると、まさか…
先程通り過ぎたダイニングテーブルの上をザッと見渡す。二つ減ったサンドイッチ、よく見れば戸棚の焼き菓子も減ってる。こんな事をするのは一人しかいない。勿論勝手に持っていった事を怒ってる訳じゃない。いつでも食べていいし、好きなだけ持っていっていいと、目つきの悪い黒髪の黒魔道士には伝えてあるのだ。
そうか、そういう事かと自然に笑みが溢れる。
「帰って、きたんだ…ふふっ…」
次の任務か、予定か、何かはわからないが、彼が確かにここに帰ってきたのだ。もしかするとヴィルと顔ぐらいは合わせたのかもしれない。後で起きたら聞いてみようと目を細めて口元を緩める。
「お腹いっぱいになったかな…?頑張ってきてね」
腹の奥から温かな感情が湧き上がって、自分を満たしてくれる。彼も…ザックもそうならいいと思いを馳せる。振り返って掛けてある黒板に目線を移すと昨日とは違う文字が書かれていた。
明日帰る、と短いメッセージ。
「ちゃんと書き直していったんだぁ。ご飯一緒に食べれるかな?」
そう口に出し、少しだけ食卓を囲む未来を思い浮かべて。何度も温かな気持ちに浸るのであった。