それはきっとあなたとおなじ(仮) 34
「おーい!」
タチボウを見送って、すぐ。次に二人を呼ぶ声は、風に運ばれてきたほがらかな少女の物だった。目が合うと、ぱっと笑顔が輝き、大きく手を振ってくる。アイビーだ。
村のメインストリートに、大きな壺の形の看板が目印の店があった。よろず屋イースト・ウィンド。それが彼女の実家だ。
食料品から店主自慢の鏃まで扱うその店は、村人から農産物を買い取り商いをしていた。村人は手にしたルピーで、肉など自給自足では得られない物を買うための足しとする。村人と村人の物々交換では損益や諍いが出る所を、間に入る形にもなっていた。
そんな村になくてはならない場所を、看板娘とはいえ毎日毎日。雨が降らなければいつも掃き掃除をしながら、往く人にかいがいしく声をかける。
家族は元気か。景気はどうか。作物の育ちや、家畜の様子。まるで自分の事のように声をかける。
愛くるしい子栗鼠の様な様は、村人の多くから慕われていた。
ゼルダはそんな彼女に手を振り返した。最初、肩のあたりまで手をあげて、小さく振って応えたが、彼女の元気な挨拶と自分の違いに気づいたのか。一瞬の思案の後に、先程よりもほんのわずかに腕を伸ばして、おずおずと振り返した。
リンクはそれを後ろから気づいて、こっそり目を細めて微笑んだ。
その全てを見ていたアイビーは、なんて微笑ましいと、こっそり目を細めた。
「ふふふ。おはようごさいます!リンクさん、ゼルダさん」
「おはよう」
「おはようございます」
すぐ近くまで歩み寄ると、改めて挨拶を交わす。毎日顔を合わせる同年代ということで、最近になってゼルダとアイビーは打ち解けた雰囲気になっていた。
「雨、あがってよかったですね」
「そうですね」
「今日も、これから研究所ですか?」
「はい。今のテーマがとても良い感じにまとまってきていて」
「そうでしたか。それは、良かったですね。でも残念。父がゼルダさんとお話したいって言ってて。私もよければゆっくり午後のおやつを一緒にどうかと思ってるんですよ。近くご都合いかがですか?」
アイビーがうかがうように、見上げてくる。
「それは楽しそうですね。今の研究が一段落したらどうでしょう?」
アイビーの提案に、ゼルダは一瞬驚きに目をしばたたかせてから、ふわりと微笑んだ。
その手は、こっそりとゆっくり結ばれては開いたりしている。あまり同年代と打ち解けて話した事がないゼルダには、喜びと緊張が同時に湧き上がっていた。
嫌ではないが、失敗したくない恐れもあった。もう国はなく姫ではないのに、卒なくこなす上流社会の処世術しか知らない。しかも、ゼルダは挨拶を受ける側だったし、事前に謁見する側の情報などは侍女達から知らされていた。それについて述べれば、ほとんど相手が話すのを待てばいいだけだったので、自分から話すとはなんだろう。政の様な用事も無く、ただお茶を飲み、楽しむ。市井の女の子は何を話題に選べばいいのか、全くといっていいほどわからない。
仲良くなりたいからこそ、失敗したくなかった。
「嬉しいです!じゃあ、ソフォラとかツキミさんや他の女の子達にも、声をかけていいですか?皆、ゼルダさんと一度ゆっくりお話したいそうなんです」
「はい。ぜひ、喜んで!」
困ったような、嬉しいような。けど、リンク以外にはそれを悟られぬ笑顔を飾って、ゼルダは元気よく答えた。
「あ!話してるとこ、ごめん。ゼルダ、あの件、話していいかな?」
後ろで成り行きを見守っていたリンクが、ひょこんと顔を出した。また瞳をしばたたかせて、ゼルダはどこかほっとしながら、ええと頷いた。
「アイビー。後で親父さんに寄るって伝えておいてくれる」
「あ、わかりました!例の石鹸の件ですね!周りから問い合わせが多いんです。次の入荷はまだか、って」
アイビーが箒を脇に、両手を合わせた。チャーミングな瞳が、またくりくりと動く。
「そう言われると、嬉しいです。私が直接納めに行って、お話させていただきたいのですが……」
ゼルダは言いながら、ちらりとリンクを見やる。
「生憎、今日は、用事があって」
「今度のご用向きの時にでも、ぜひ!父も、ゼルダさんから、ぜひ色々聞きたいと楽しみにしています」
「ありがとう。こちらこそ、ぜひ次の機会に。では、これで。ごきげんよう」
「えっと、ごきげんよう」
去り行く二人に手を振りながら、アイビーはニコッと白い歯を見せた。
先程の喜ぶゼルダの眩しい笑顔。それを見つめるリンクの穏やかな眼差し。ゼルダが振り向くと一瞬見つめ合って、無言で喜びを分かち合う二人の姿を思い出す。
小さくうっとりしたため息を漏らして、二人の背中にポツリと「いつも仲良しで、うらやましい……」と、憧れを込めて呟いた。