ロダロレ 海はあまり好きになれそうになかった。
認めたくはないが、山育ちなもんで恐怖すら感じる。
波にさらわれて、何か大切な物を失いそうだったし、べっとりまとわりつく風も、においも、慣れなくて不快だった。
今思えば、地面に足の付いてない自分の自信のなさからくる物だったろうし、正直、旅に疲れていたんだろう。
この国を左回りに巡る旅も終盤なのに、何も見いだせない自分への苛立ちと絶望だった。
しかし、それは眼を射す波間の煌めきの様だった。
何気なく道を訪ねた彼女が振り向いた。
「なんね〜」
聞き慣れない訛。
それすらも軽んじていたのに、声が女神の琴音の様に耳に響く。
小麦色の肌と黒髪の艶やかさ。
他所人と分かると、少しだけ距離をとって、それでも細められた瞳。
「何か困った事でもあったかいね、旅の人」
尋ねられて、何も答えられない。
自分から声をかけたのに、少し前に頭に浮かんでいた疑問は、潮風に運ばれて、もうどこか彼方へと吹き飛んでいた。
「大変。具合でもわるいさね」
乾いた口がヒリヒリとして、舌がから回る。なんとか言葉を探す。
「ぼくはロダンテ。……ハテノから来た。君の名前を、聞いてもいいだろうか?」
駆け引き?そんなもの知らない。
ただ彼女が本当に存在するのなら、何か。何でもいいから確かめたかった。
「わたし?……旅の人、そんな事知ってどうするさ」
「……わからない。でも君の事が……知りたいらしい」
「おかしな人さね」
ふふふ。と彼女ははにかんで笑った。
周囲を見渡して、からそっと小さな声で応えてくれた。
「あたしは、ロレル。はじめましてさ〜。ロダンテ」
それが、未来の妻になるロレルが、ぼくの名前を初めて呼んだ瞬間だった。