素振り 22これは……夢だ。
あの時の記憶を……見ているのか。
地に倒れ伏した体は、鉛のように重く動かない。
剣は、すでに剣ではなく。杖だ。
倒れた今となっては、杖も無用。
しかも、それを握る手は、指一つ動かない。
早く起き上がらないと。
「立て!さもないと死を呼ぶぞ!」と、誰かが叫んでる。
叱られる!起きなきゃ!
と、思うけど、それは霞の中。
誰がそう言ったのか思い出せない。
ただ一つ。
「リンク、だめ!だめー!」
おれを呼ぶ声がする。
抱き起こされた。その温もりが……冷え切っていた。
早く安全な場所へお連れしなくては。
早くその御体を温めて。
早く、早く。
気持ちばかりが焦った。
ついにこの時がきたのに。
おれは。
おれは。
やっと目を開けて、視界にその御尊顔をみた。
泥で汚れて、それでも美しい。
おれの──。
「ぇっう──ぁ」
全身の痛みに、声にならない。
伝えたい事がまだある。
喜び。
謝罪。
願い。
赦し。
そして、残ったのはただ一つ。
己の奥底に秘めていた気持ち。
それは、このまま連れて行こう。
冷たい。雨が降っていた。
そうだ王都を出てからずっと、降り止まなかったのか。
それすら気にかけて差し上げられなかった。
頬に温かい雫が落ちて、流れる。
これは──姫様の涙か?
おれの為に泣いてくださるか。
いや!いやだ。行きたくない。
深淵に背中からゆっくりと落ちていく。
冷たい沼底に沈むように。
意識が先に。体は後に。
熱を失っていく。
姫様の声がする。
なんて……なんて……。
おれは愚かで、運の無い男だろう。
役目も果たせず。
大切なお方を悲しませて。
願うならば、もう一度。
もう少しだけ──。
願いは、段々と闇に飲み込まれて消えていった。
✳ ✳ ✳
落下する感覚に、リンクはビクリと体を震わせた。
一瞬で覚醒し、あたりを見渡すと、そこは自室の寝台の上だった。
天井近くの明り取りの小窓から朝日が柔らかに差し込み、閉めた鎧戸からは小鳥の囀りが聞こえてきている。
それに腕の中には愛しい人が眠っている。彼女がまだ優しい夢の中にいる事を確かめて、リンクはほっと安堵してまた布団に潜り込んだ。
温もりが、なんとも心地よい。
触れ合う肌がすべやかで、また腕の中に閉じ込める。
「んっ」
その可愛い声に誘われて、額に口づけると、彼女の香りがした。
唇を離して、そっと顔をのぞき込む。
すると、寝ているはずなのに、何とも幸せそう。彼女が好むフルーツケーキの上を飾る生クリームのような微笑みを浮かべている。
(幸せだ……)
リンクは、そう思った。
愛する人の笑顔がそこにあり。
それは自分の想いに返された物で。
手を伸ばして、触れていい。
許されている。
それが、どんなに奇跡なのか。
自分だけでなく、相手もそう思っていて。
今を大切に過ごしている。
幸せという以外に、この状況を表せる言葉は他に無い。
(昔のおれも……少しは可愛げがあったんだな)
リンクは瞳を閉じて、あの時、最後の最後に自分に残った『願い』を想う。
(大丈夫だ。おれは、願いを叶えるよ。だから、大丈夫。あの時のおれ。安心して、眠るといいよ。その先に絶対!絶対!今が待ってるから)
悪夢の中の自分にそっと話しかけ、ゼルダの寝息に自分のそれを合わせる。
すると、睡魔がそっと背中から寄り添ってきた。
寝台に。温かな温もりに、意識が溶けていく。
ふっと落ちていく感覚の中。リンクはその口元に微笑みを浮かべていた。