眼裏の貴方カシャッ
(あっ……)
シーカーストーンが遺物音をさせて、今を切り取った。
目の前の風景よりもやや青みがかったそれは、確かに私が撮ったもの。
「どうかされましたか?」
彼が問う。
心の声が聞こえてしまったのかと、ついありもしない事が頭をよぎる。
胸が一つ、大きくなった。
「いいえ。何もありません」
言葉の通り装って、私は遺物の画面を閉じた。
腰のフォルダにひっかけ、彼を見つめる。
「ここでの調査は、これでいいでしょう。城に戻ります」
「承知いたしました」
崩れかけた遺跡を後にする。
足元にちらばる石の一つを跨ごうとすると、すっと手が差し出された。
「お気をつけて」
「ありがとう」
彼の手に、自分をあずける。
指先が触れる。
彼の手のひらと温もり。
彼の私室にあるであろう、白い皮手袋が恋しかった。
頬に熱を感じて、タバンタの冷たい風が心地よい。
そのまま彼の助けを借りながら、白馬に跨る。
かがんだ彼の手に足をのせ、彼の肩につかまる。
瞳と瞳を交わし、言葉なくともタイミングを合わせる。
それだけで、いとも簡単に鞍の上だ。
最初は、まるで乗馬が上手くなった気持ちになったものだが、今日は少しだけ……そう少しだけもっと馬から離れた遠くまで視察すれば良かった。
そんな事を考えていたら、馬への労いを失念してしまった。
それに、どこか馬上でも落ち着かず、彼を目で追ってしまう。
私の動揺を察してか、だいぶ慣れてくれたと思っていた馬が鼻先を振って嘶いた。
慌てて、綱を引こうとすると、彼がそれをそっと制した。
「ほーほー。ん?どうした?」
彼が馬の頬皮を両手に引いてから、安心させるように鼻先を撫でる。
岩塩を与え、水をやる。
そして、またその手で私の馬を撫でた。
「落ち着きましたね。大丈夫のようです」
そう言って、彼は白馬を見つめながら笑った。
そう、いつも平行か。やや下がった口角をあげた。
驚きに目を見張る。
まるで時が止まったような気がした。
「参りましょう、姫様」
こちらを振り向いた顔は、いつもの無表情だった。
口元も、その眉も、目元も変わらない。
自分が落胆しているのが、はっきりとわかった。
* * *
シャラララン
閉められた天蓋。寝台の赤い薄闇に、シーカーストーンの音が鳴る。
近くに控えた侍女に気づかれなかったろうか。
私はそのまま布団に潜り込む。
するといつも暗いだけの私だけの世界が、今日は白く冷たい光りで照らされる。
指で操作して、アルバムを開く。
ドキドキしながら、今まで撮りためた写真をおくる。
すると、それはすぐに見つかった。
青と黒の幾何学模様に、小さく表示された写真の一番最後。
それにそっと触れる。
すると、ぱっと画面が切り替わり、今日訪れた遺跡群の写真が大きく表示される。
息がとまった。
やや日が傾きつつある遺跡群。苔むした祠。
その端に写り込んだのは、私の近衛騎士の姿。
すこし輪郭がぼやけているが、こちらを見つめる青い瞳。風になびく金の髪。
そう。あの瞬間、風が吹いていた。乾いた空気に土の香りがしていた。
彼の手はあたたかかった。
剣を握るからだろう。硬くて、私とさほど背は変わらないのに大きかった。
触れた肩もそう。私とぜんぜん違う。
そう思いながら、夜着ごしに自分に触れると、指先に髪の柔らかさを感じた。
(リンクの髪は触れると、どんな感じなのでしょう……)
触れてみたくて、画面の写真に手を伸ばす。
指先が震えるのは、何だかいけない事のようだと感じるから。
あと少しの所で私は伸ばしかけた手を握りしめる。
この想いはなんなのか。
これは物語で知るあの感情なのだろうか。
わからないし、確かめようもないし、私は役目の途中。
退魔の騎士たる彼を待たせている身だ。
瞳を閉じる。
自責の念に、少しだけ──今日感じた風と彼の温もりが過ぎる。
眼裏に彼の一瞬の笑顔を切り取る。
貴方のその笑顔を、私の記憶にとどめましょう。
私だけの記憶。
そこに貴方の温もりはないけれど。触れれば、どんな感じか知れないけれど。
今の私に、それだけを許してください。
瞳を開く。
まだ明るく輝く画面に幾度か触れる。
すると、今日の思い出は、遺物から完全に消え去った。
青白い光が私の世界に満ちて、それすら厭わしいと電源を落とす。
貴重な遺物を胸に抱きしめ、私は目を閉じた。
いつもは一日の終わりに後悔や悔しさが追いかけてくるが、今日は違う。
このまま眠れば、あの風景が待っていてくれるような気がして、足先からふわりと包まれる様な感覚にただ身を任せ落ちていく。
あの笑顔を寄り添わせながら。