蛮族と姫君4-2太陽が稜線の向こうへ消えようとしている。
わかたれ時。
城内はいつもより賑やかだった。
姫君の私室に蛮族が通される。
すると、もう暗黙の了解で侍女長が他の侍女達を伴い、静かに退席する。
着飾った姫君に駆け寄る蛮族。
「ぜるだ。きれい」
「ありがとう」
蛮族抱きしめ、体を擦り付ける。
首筋に鼻先をよせる。
「だめよ。崩れてしまいます。おりこうに」
姫君に抵抗されて、しゅんとしながら、唇とがらせる蛮族。
「じゃあ『キス』していい?」
「『キス』?」
『うん』
「それは何?」
「こうする」
蛮族、姫君を傷つけぬように、頭飾りをずらすと、ちゅっとその唇に自身の唇で触れる。
腕に触れるだけ。体を離した状態で。
ぱっと頬を染める姫君。
蛮族もまた幸せな笑み。
「なっ、いけません!」
「だめ、こと?」
「絶対いけません!」
「ぜるだ、うれしいのかお」
ぱっと顔を覆う姫君。
「かくすだめ」
手袋に包まれた手の甲。紋がある場所に口づける。
「っ!だめ!」
「これおしえる。ぜるだ、いやない」
「教える?」
「これ。まだある。ぜるだ、おれすきいうこと」
「これ……この紋の事?」
「そう。すきとすき。きえない。まじないから」
「……」
手の甲を見つめる姫君。
言われると、紋がじわりとあたたかい。
「ぜるだ?」
「時々、ここがあたたかいと感じます。貴方が言う教えるとは、そのこと?」
縦に何度も首をふる蛮族。
「それはあなたの言う……『愛してる』?」
「そう!そうっ!うれしい!ぜるだ」
がばっと抱き寄せる。
「だめです!」
とがめるが、聞かない蛮族。
『愛してる。ゼルダ。愛してる。帰ろう。おれを選んで』
彼の言葉を理解しながら、紋から喜びと想いが熱となって、じわりじわりじわりと、あがり続ける。
そして姫君の心へと流れ込む。
溢れそうに、苦しいほどに。
「リンク!まちなさい!おりこうに!」
またしてもしゅんとするリンク。今度は唇をとがらせる余裕もない。
「……今宵の宴では、貴方はお父様の隣に。マスターソードを絶対に忘れないで。服装はあなたらしくそのままで大丈夫。今夜も素敵です」
そう言って蛮族の装備に触れ、乱れた箇所を整える。
腕に結ばれた『愛の奉仕のしるし』。姫君の青い袖が緩みないかも確かめる。固く結ばれたそれに安堵する。
偽りの約定の証。蛮族の求める形で報いる事はできない。
明日には婚約者と式をあげる姫君。
彼は自分から『喜びのむくい』を受け取る時、それを喜んでくれるだろうか。その前に信頼を失ってしまうだろうと姫君は思っていた。
だからこそ、それは蛮族と自分を繋ぐ唯一の物だと信じ、願っていた。
「すてき?」
「かっこいい。で、わかりますか?」
ぱっと顔を明るくする蛮族。
それを愛しく思いながら、すぐに眉根をよせる姫君。
「私はお一人、どうしてもお連れしなくてはならない客人がいます」
「?」
「私はその人といるので、貴方はおりこうに。お父様の身を守ってください」
「……わかた」
「ありがとう」
「よくできた。ごほうびは?」
「ご褒美?懐かしい」
小さく笑う姫君。
昔、離宮での暮らしの中、言いつけを守ると蛮族の好きな食べ物をあげていた。
「『キス』いい」
「えっ?!」
「『キス』なんていう?ぜるだ?」
「……く……口づけ……です」
「くちづけちょーだい。ぜるだ!」
真っ赤な顔して、蛮族の口を塞ぐ姫君。
「それをこの部屋で。2人の時以外言ってはなりませんよ」
「やくそく。おりこうのはなし?」
「そうです!」
「する。やくそく。だからごほうび」
「……それ以外では?リンゴやパンでどうですか?」
「だめ」
「……」
「くちづ──」
慌てて口を塞ぐ姫君。
その手をひょいっとよける蛮族。
「いま、ぜるだだけよ」
「わかっています。けど、だめ……」
「ぜるだ。かわいい」
「なっ!!!」
ますます真っ赤になる姫君。
「どうしたの?ぜるだ。おかしい」
「おかしくありません」
「むかしちがう」
「昔?」
思い当たらず、首をかしげる姫君。
少し残念そうな蛮族。
赤い天鵞絨の向こうから侍女長の声。
「姫様、お時間です」