お兄さんといっしょ♪ こんなに焦る必要がないのは、よく分かっていた。出番が終わったBスタジオを早歩きで飛び出して、すれ違うスタッフさんたちと会釈しながら自分の控室を通り過ぎる。ちょっと大回りしないと入れない隣のAスタジオの扉を静かにノックすれば、社員証を下げたアシスタントさんがシー…っと指で合図しながら招き入れてくれた。「この先お静かに」と書かれたもうひとつの扉を潜ると、聴き覚えのあるポップな曲が流れてくる。
『さあ次は、腕を大きく振ってみましょう!』
頭上のスピーカーからこれまた聴き馴染んだ男の声がして、舞台袖の隙間からそっとステージを覗き込んだ。キラキラと眩いスポットを浴びながら小さな共演者たちと共に、ワン・ツー、ワン・ツーと腕を回す一人の男、いや「お兄さん」と言ったほうがいいかもしれない。サラサラの赤い髪を靡かせ、細いフレームの眼鏡をきらりと光らせる「お兄さん」は大口開けて、あーはっはっ…と笑いながらカメラに向かってターンを決めた。
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