イイ男の条件の話　互いに恋情を交わしたはずなのだが、相変わらずリゼルはジルを相手に際どい言葉遊びを仕掛けてくる。
「他の男にもやってンじゃねぇだろうな」
　あまりに際どい台詞の数々に思わずリゼルに圧し掛かりながら問えば、リゼルはきょとん、と瞬いた目をとろりと細めると。
「……君しか言いませんよ」
　そう言って、リゼルはまだしっとりと汗ばむジルの背に腕を回した。
　つい先程まで甘やかな「恋人」の時間を過ごしていた。ジルが自分のモノになるなら方法は問わないらしいリゼルは、ジルの欲望を素直に受け入れ、躯を開いて全てを受け渡し、それ以降二人は隠しているつもりはないが密やかに甘い夜を過ごしている。
　今夜もそうやって二人だけの甘く濃密な時間を過ごした後。汗ばむ背に回される細い腕と、ふわりと鼻腔を掠める汗の匂い。無防備に預けられる躯にずくりと奥底の欲が疼く。
　リゼルはジルの事を完璧な男だと笑うが、まるで抑えの効かない子供のような情動は、彼の言う「完璧」からは程遠いとジルは思うのだ。
　やれやれとため息をついて、抱き付いてきたまだ湿り気を残す柔らかな髪を梳いてその手を後頭部に回す。そのままゆっくりとリゼルを支えたままベッドに向き合うように身を横たえれば、リゼルはうふふ、とそれは嬉しそうな笑みを見せた。
　ぽんぽん、とそのまま腕枕をしてやって、空いた手で抱き寄せるようにリゼルの背を叩く。その柔らかな振動に、リゼルはとろ……と目を閉じると、囁くように口を開いた。
「これでも俺は、君を俺の元に引き止めたくて必死なんです」
　思いがけない言葉に手が止まった。その拍子に、リゼルはがばっと顔を上げると、キラキラした目でジルを見上げた。
「以前、完璧な男とは、ベッドの中でも最高だと言いましたよね？」
「あ？　ああ……そういや」
　言っていた気がする。
　あの頃はとにかくじりじりとした片恋を抱えつつ、リゼルの不用意な言葉遊びや際どい誘いに理性の糸を引き絞る事で精一杯だったのだけれど。
　あまりその頃を思い出したくないジルが曖昧に頷けば、リゼルはふんふん、と胸の前で小さく拳を握る。
「では、ベッドの中でも完璧とはどういう事なのか？　俺なりにちゃんと調べたんです」
「…………」
　……嫌な予感しかしない。
　眉間に皺を寄せて黙り込んだジルに気付かず、リゼルはうっとりと頬を染めながら、えっへん、と胸を張って見せた。
「ベッドの中で恋人に退屈をさせる男はダメ男だって言ってました」
　誰に聞いた？　誰が言ってた？とリゼルを問い詰めたい。
　――――だが。
　うふふ、と笑ったリゼルに、言いたい事は山程あれど、結局言葉にならずにジルは不意に小さく噴き出した。
「ジル？」
「……っ、ああ、悪ぃ」
　さらりと額にかかる髪を梳いて、露わになるそこにちゅ、と唇を落とす。そのまま鼻筋を通って唇を重ねれば、リゼルはくたりと躯から力を抜いて、迎え入れるように唇を開いた。
　少しズレていて、だがこちらが驚く程男らしい一面を見せて、かと思えばこんな風にあっさりと全てをジルに受け渡してしまう。
「ん、はぁ……っ、じる……」
　一頻り口付けて顔を覗き込むと、リゼルは蕩けるような笑みを見せた。
「俺だって、ベッドの中でもジルを退屈させないイイ男になりますよ」
　ふふん、と子供のような笑顔を見せるリゼルに、ジルは笑いながら頷く。
「ベッドの中に限らず、お前相手に退屈してる暇なんかねぇよ」
　そうして、ジルはやっぱり思うのだ。


　――――完璧な男とやらは、いまだ随分とハードルが高いものだと。