自分だけが知っている話 本人が意識している訳ではないだろうけれど、普段から眉間に皺を寄せて黙り込んでいる姿は、確かに『ガラが悪い』と言われても仕方がない。だからと言って誰も彼をもそのガラの悪さで突っぱねている訳ではなく、必要とあればきちんと受け答えをしてくれる。
その声が情感豊かな耳をくすぐるような低音だと知っている者も、実のところ少なくない。
そもそも男性的に整った顔立ちをしているのだ。眉間に皺を寄せて、不機嫌そうに立っていても、その色香と魅力は決して隠しきれず、誘蛾灯のごとく異性を惹き付けているのだから、
「……眉間の皺も魅力的ですもんね」
「……あ?」
ぽつん、と呟かれた声に、ジルはあからさまに胡乱げに声の主……リゼルを横目で見た。
宿のジルの部屋。
誘われればジルがリゼルの部屋に行く事もあるが、大概は足取り軽くリゼルがジルの部屋にくる。今日も各々シャワーを浴びて一息ついた頃、ジルの部屋の扉をノックする音に応えを返せば、リゼルが機嫌良く部屋に入ってきたのだ。
椅子に座って愛剣の手入れをしているジルを、ベッドに腰を下ろしながらのんびりと見ていたリゼルの呟きに、丁寧に剣を鞘に戻してそっと立てかけると、促されるままリゼルの隣に腰を下ろす。
近付いた距離にぽそりとジルの肩に頭を預けてきたリゼルの肩に腕を回しながら首を傾げたジルに、リゼルはうふふ、と機嫌良く笑った。
「眉間に皺を寄せてる顔もセクシーだな、と思いまして」
「何だそりゃ」
相変わらずジルの予想の範囲をぽん、と飛び越えてくるリゼルの突然の思い付きにも、いい加減慣れたとはいえ、やっぱりリゼルの思考回路は解らない。
そんなジルに気付いているのか楽し気に笑ったリゼルのさらさらとした髪を肩に回した手で撫でると、リゼルは少し頭を浮かせてちらりとジルの横顔を見上げた。
彫りの深い男性的な横顔。リゼルの呟きの意味を考えているのか、無意識だろう眉間に皺を寄せた横顔は、随分と男前に思える。確かに今日、行きつけのカフェで後ろの席の女性達が盛り上がっていたように、ジルの眉間に皺を寄せた気難しそうな顔は、だが元の顔立ちが良すぎて男性的な色気を感じさせるのだろうと思う。
……けれど。
「ジル」
つん、とジルの服を指先で摘まんで気を引くと、リゼルは見下ろしてくる灰銀の瞳に微笑みながら唇を寄せた。
「キスして下さい、ジル」
間近からじっと見上げてくるアメジストの瞳をじっと見降ろしていたジルは、不意にふ……、と目元を緩めると、低く笑いながらリゼルの唇に口付ける。
柔らかな体温を受け止めながら、リゼルは思うのだ。
キスをする瞬間。こうして愛情を交わさなければきっと見られないジルの表情。
眉間の皺を和らげたジルの顔。唇が重なる瞬間、ここまで近づく事を許された者にだけ見る事が叶う、少年のようなほんの少しの隙。
……確かに、眉間に皺を寄せた顔も、本当に男性的な魅力に溢れてときめくのだけれど。
「俺だけで良いです」
ジルのこんなに満たされた顔を知っているのは、リゼルだけなのだ。
「何が」
リゼルをベッドに横たえながら首を傾げたジルに、リゼルはジルの首に腕を回して蕩けるような笑みを浮かべる。
「君の愛情たっぷりの顔は、俺だけが知っていれば良いです」
思いがけない断言に、きょとん、と目を瞬いたジルは、
「……そうだな」
やっぱりほんの少しだけ、少年のような楽し気な笑みを見せながら、リゼルにキスをしてくれるのだ。