相手を惚れ直させないと出られない部屋 イレヴンの気まぐれに押し切られる形で、暇つぶしに今滞在している拠点の近くにある迷宮に連れてこられた。
しばらくイレヴンが幼子のような一途な思慕を寄せるあの穏やかな男が宿で読書に耽ると宣言した為に、時間が余ってしまったのだろうと、分厚い前髪に目を覆い隠した男は思う。
魔物自体はさして強いものではない。淡々と魔物を屠り、その度にドロップされる魔石やアイテムをひょいひょいとイレヴンがポーチに放り込んでいく。
そんな中、突然迷宮の一室に二人揃って閉じ込められた。何か仕掛けがあるのかとあちこちを探してみたが、扉はおろか壁に薄い隙間一つ見当たらない。
どうしたものかと首を傾げた瞬間。
「あ?」
「は?」
じわりと滲むように壁に現れた文字に、二人は顔を顰めた。
――相手を惚れ直させないと出られない部屋です。
「……惚れ直させる?」
「この書き方だと、まず惚れてないと意味がねぇって感じッスね……」
ぽつん、と男が呟いた言葉にイレヴンは唇を尖らせたが、不意に思い付いたように突然男の胸倉を掴んで引き寄せた。
「ぅえ!? 頭? な、何ッスか?」
「お前、今すぐ俺に惚れて惚れ直せ」
そしたら出られるんだろ。
互いの息がかかる程顔を近付けて、間近からまるで睨み付けるように見上げてくるイレヴンを、男はまじまじと見下ろした。常に斜に構えた余裕の表情を崩さない、鮮やかな色を纏うやけに色気のある青年が、どこか拗ねたように口をへの字に曲げている。
前髪に目元は隠されているはずの男からの視線に、そろりと居心地悪そうに目を逸らしたイレヴンの表情に、男は不意ににんまりと唇に笑みを刷いた。
その笑みに嫌な予感を覚える前に、胸倉を掴むイレヴンの手を逆に掴んでぐ、と身を乗り出すと、
「!」
薄く開かれたままのその唇に唇を重ねた。
びくん、と肩を跳ね上げて、驚いたように飛びのこうとしたイレヴンを許さず、しっかりとキスをしてからゆっくりと唇を離して掴んだ手を解放して見下ろせば、良く回る口が回らないのか珍しく真っ赤に染まった耳と頬。
「な……ッ、何すンだ……!」
驚きで無防備に大きく開かれた赤い瞳にぞわぞわ、と形容のしがたい衝動を感じながら、男は楽し気に口を開いた。
「今、頭に惚れて惚れ直したッスよ」
「……あ?」
その瞬間、がちゃ、と音がしたかと思えば、それまで何もなかった壁に扉が出来て、それが大きく開かれた。
「は……」
聞き慣れた平坦な響きの声に、冗談かと思っていたイレヴンは、本当に開いた扉にしばし呆然と開いた扉を見ていたが、
「ッ! ~~~ッッ!!!!!」
不意に声にならない悲鳴を上げると、弾かれるように部屋を飛び出した。
あまりに素直な反応に低く笑いながらゆっくりと部屋を出る男を、けれどさすがに迷宮に置いて行く事は出来ないと思ったのか、真っ赤な顔のまま転移魔方陣の上で待っているイレヴンにやっぱり形容のしがたい衝動が込み上げる。
「どうしたもんかな」
「……何か言ったか?」
そわそわと男を待っているイレヴンに小さく呟けば、耳の良いイレヴンがまだ赤みの残った頬のまま首を傾げる。
それに笑って首を横に振って、男は迷宮を出るようイレヴンを促した。