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    naduki_hina

    @naduki_hina

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    naduki_hina

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    【ラギ監♀】
    ある日突然、世界に拒絶されて消えてしまった監督生と、一人不思議な力に抗うラギーの話。
    ※付き合ってるか両思いくらいのラギ監から始まります。
    ※小話毎に視点が変わります。
    ※捏造多数。
    ※ハッピーエンド

    ##ラギ監

    【Dear,―――】 【ハロー、愛しいキミへ】 【拝啓、もう居ない私を愛する貴方へ】 【ハロー、消えゆくキミへ】 【はじめまして、愛しい子供達】 【ハロー、会いたかったキミへ】 【拝啓、会いたかった家族へ】 【Dear,―――】 【ハロー、愛しいキミへ】
    「監督生くん、おはようッス」

     ギシリと軋む音のする古びた廊下を歩いて、奥の部屋へと向かう。扉を潜ってカーテンを開ければ、宙を舞う埃が光を浴びた。

    「今日はいい天気ッスよ」

     外から差し込む朝日に、今日は快晴だという事を教えられて「さあ、今日も頑張ろう」と背中を押される。
     なんて清々しい朝なんだろう。なんて素敵な朝なんだろう。



    ――けれどもう、魔法は解ける時間。



     オレは静かな部屋で朝を告げる。

     誰も居ない、静かな部屋で。

    ■ ■ ■

    【拝啓、もう居ない私を愛する貴方へ】
     今日も朝を告げに来た先輩の背中を見つめる。「いい天気ッスよ」という先輩の横に並び立って朝日を浴びた。窓から差し込む日の光に伸びた影は一本だけ。
     今日も先輩は、見えない私に朝を告げにくる。

    「おはようございます、ラギー先輩」

     届く事のない言葉が静寂の部屋に響いた気がした。横に居る先輩に手を伸ばしてみても、その手に先輩の温もりは伝わってこない。

    * * *

     ある日突然、私は消えた。私が透明人間になったかのように、みんな私が見えなくなった。
     最初は戸惑っていたこの世界の知り合い達も、時間が経てばまるで最初から私は居なかったみたいに日常へと戻っていった。

     どこからか知らない声がして、「ごめんね」と謝られて…意味がわからなくて私が泣き暮らしていたのは一週間前までの話。
     私に向かって謝るその不思議な声は、私がこの世界に留まれなくなった理由を一方的に語る。この世界のモノではない、この世界にとって異分子である私を排除して元ある形に戻そうと不思議な力が働いてる事。そして、この世界の異分子は元からこの世界に居なかったかのように、みんなの記憶から消えていく事。

     私を忘れていく世界で、ずっと不思議な力に抗い続けるのはただ一人。ラギー先輩だけだった。

     嬉しい。悲しい。忘れないで。忘れていいよ。
     触れたい。触れれない。会いたい。会えない。

     相反する気持ちと現実を抱えながら、私は今日も先輩に忘れられていない事でこの世界に留まれている。

    「今日も忘れないでいてくれてありがとうございます」

     届かない感謝と愛を込めて、今日も先輩の背に向けて呟いた。

    「神様お願い…もし、神様が居るなら、元の世界に帰れなくなってもいいから、もう一度先輩に会いたい…」

     願いは、無人の部屋へ吸い込まれ消えた。

    ■ ■ ■

    【ハロー、消えゆくキミへ】
     監督生くんが居なくなった。

     学園中がざわざわと騒めいたその出来事は、一ヶ月もすれば何もなかったかのように皆の記憶から消え去っていた。
     オカシイと気付いたのは、あんなにも監督生くんの周りを取り巻いていた生徒達が監督生くんの話をしなくなった時だった。あの一年トリオすら…それは余りにも不自然で、違和感で。何かがオカシイと思った時からオレは忘れないようにと出来る事を探した。

     文字を書くのは好きじゃない。自分の字がそんなに綺麗じゃない事を自覚しているから。それでもペンを取り、今までの思い出を忘れないように綴った。
     時間は有限。無駄にするのは嫌いだ。やる事は山程ある。それでも通った…あの、オンボロ寮に。そして居なくなった監督生くんへ話しかけるように独り言を呟く。いつか返事が来るんじゃないかと期待しながら…
     側から見ればおかしな奴。危ない奴。やばい奴。そんな風に見られようが、オレはオレが好きになった人を忘れたくなかった。
     みんなの記憶から監督生くんの記憶が消えていく度に、オレの番が来ないようにと願いながら。

     毎朝毎晩、レオナさんのお世話が終わってからオンボロ寮へと向かう。グリムくんは監督生くんが居なくなった日からハーツラビュル預かりで、今では最初からハーツラビュル生だったかのように過ごしている。
     軋む廊下を歩いて、あの子が過ごしていたはずの部屋へと入る。元々私物は少ない監督生くんだったから、彼女の存在を思わせるような物はあまりなかった。不在の隙を狙って女の子の部屋へ訪れる事への罪悪感もあるけれど、表向きは空き家だから周りは何とも思いはしない。
     しかしこの一ヶ月以上の間、オレ以外にもこの現象から逃れている人物がいる事に気付いた。

    「ほう…ブッチも世界の理から抜け出せていたか」

     重く威圧感のある声が暗闇に響く。
     いつものようにおやすみの挨拶をして自寮へ帰ろうとした時、オンボロ寮の門の前に大きな人影が立っていた。―マレウス・ドラゴニア。茨の谷の次期王。

    「僕のように魔力が強ければ忘れる事もないが、お前は想いの強さが成した技か」

     オレが何も言わないのを気にした素振りもなく話し続けるその人は、オレから視線をオンボロ寮へと移して独り言の様に話を続けた。

    「ヒトの子が居なくなって退屈しているのは僕も同じ。お前に力を分け与えよう。そのチャンスを生かすも殺すもお前達の想いの強さ次第…」

     圧倒的な魔力がその体から溢れ出す。気を持っていかれないようにするだけでも精一杯な圧が押し寄せてくる。耐えきれず意識が遠くなりそうな瞬間、微かに聞こえた声。


    「ヒトの子を頼んだ」


    ――さあ、迎えに行くよ。大好きなキミを。

    ■ ■ ■

    【はじめまして、愛しい子供達】
     今日も自らの世界の愛し子達が健やかに過ごしている。一部を除いて。
     数人は私の愛し子。もう一人は違う世界の子供。しかし、一度は私の世界へと足を踏み入れた、紛れもない私の愛し子。

     彼女が私の世界へと来たのは様々な糸が混じり重なり繋いでしまった出来事で、私の力も及ばないナニかが働いた結果だった。そしてそのナニかはまた、私の力を掻い潜りあろう事か彼女を排除しようとする。
     その彼女の運命に悲観した私は、一度でも我が世界に踏み入れた愛し子を守ろうとしたが力及ばず彼女の魂をなんとか繋ぎ止める事が限界だった。

     無力な私は愛しい彼女への償いを囁くしか出来なかった。ごめんね、と。愛し子を守れぬ力弱き父母でごめんなさい、と。

     そんな中、ナニかに抗い続ける愛し子が現れた。その愛し子は涙を流していた愛し子の元へと足繁く通う。そして見えないはずの愛し子に語りかけるのだ。
     ああ、二人の切実な想いが重なり合っているのが見える。

    『忘れたくない』
    『忘れて欲しくない』
    『会いたい』
    『触れたい』

    『神様お願い…もし、神様が居るなら、元の世界に帰れなくなってもいいから、もう一度先輩に会いたい…』

     強い想い、強い願い。二人の想いの波長に私の力を乗せる。そして繋ぎ止めた。ナニかがこれ以上二人を引き裂かないように。
     そしてもう一人ナニかの影響を受けていない愛し子がその持てる力を発揮した時、私の力が愛し子達に届く程増すのを感じて急ぎ愛し子達を私の元へと呼んだ。

    「はじめまして、私の可愛い愛し子達」

    ――遅くなってごめんなさい。

    ■ ■ ■

    【ハロー、会いたかったキミへ】
     目を開けた時、辺りは真っ白な世界だった。そして隣には――

    「監督生くんっ……!やっと…やっと、会えた…!」

     ずっと会いたかった、もう微かな記憶になっていた監督生くんを抱きしめた。もう逃さないと強く強く抱きしめれば、「先輩、苦しいですよ」と今にも零れ落ちそうな涙を溜めた瞳がキラキラと輝いていた。

     そしてもう一つの得体の知れない気配。その気配の方に目をやると、長く真っ直ぐな白い髪の若い青年…?いや、女性だろうか。性別がわからない…年齢も…
     そいつはオレ達を見るとゆったりと柔らかい声で「はじめまして、私の可愛い愛し子達」と言った。

    「アンタ……誰ッスか」

     オレは監督生くんを守るように二人の間に入った。すると「ラギー先輩」と遮るオレの腕にそっと触れる監督生くん。その目には何か心当たりがあるようで、大丈夫と訴えてくる。けれど得体の知れないものと直面している状況には違いない。オレは警戒は解かず、監督生くんを守るように前に出たまま上げていた腕をおろした。

    「あなたは、ずっと私に話しかけてくれた人…ですよね?」

     この世のものではない得体の知れない雰囲気を醸し出すそいつに、監督生くんが話しかけるとそいつは眉を下げ困ったように微笑んだ。

    「声だけしか、届けられなくてごめんなさい。もっと早く貴女を助けてあげたかったけれど、あの時は貴女を留める事しか出来なかったのです」
    「…アンタ、何者?監督生くんを助けたかったって言うなら、監督生くんをあんなめに合わせた奴じゃ…ないんスよね?」
    「ええ、アレは私ではないまた別のモノが起こした事です。そして私は――」


    「貴方達が言うところの神という存在です」


     神と名乗るそいつは今ツイステッドワンダーランドに起きている問題を説明した。
     その内容は到底すぐに理解出来る様な話ではなくて、なんとも非現実的な話だった。それぞれの世界にいるだろう神という存在が御伽噺や昔話でもなく本当に存在していて、そしてそんな存在がそれぞれの世界の生きる人間を見守っていると言うこと。
     その中には神々の暗黙のルールのようなものがあって、決して人間の人生に介入してはならない、手を出してはならないという事。

     しかしそんなルールを破り干渉した者が居た。そいつが監督生くんの運命を捻じ曲げたヤツらしい。

    「でもそれじゃあ、あなたは私を助けるためにルールを破ってしまったのでは…?」

     今、干渉をタブーとされる神とその世界の人間がこの場にいる。それは干渉以外の何でもない。そんな事をしてコイツは大丈夫なのかと、そんな心配をする監督生くんは相変わらずのお人好しを発揮していた。
     怒るでもなく、巻き込んだであろう相手の心配をする。ほんとそういう所だよなーと思いながらも、横にいるのが紛れもなく監督生くんだと感じる事が出来て安心もしてしまう。

    「今回の出来事は余りにも大きすぎる干渉で、その軌道を修正する為に必要な干渉とみなされたのですが、私の力が足りず…しかし先程私の世界の愛し子の力により私の干渉が届く範囲に来て、その為二人は此処へ来る事が可能となったのです」

     オレはその『力』に覚えがあった。この空間に来る直前に会ったあの人。

    「マレウス・ドラコニア…」
    「ええ、私の世界で力も強く、そして…貴女を大切に思う愛し子」

     監督生くんを大切に思う。その言葉にオレの耳がピクリと動く。その小さな機微に神が気付き聞きもしないのに勝手に話始めた。

    「安心してください。貴方の思いとは全くの別物ですから」
    「別に何も言ってねーッスけど?」

     不貞腐れた顔を隠しもせずに言葉を投げつければ、何故か嬉しそうに微笑むそいつ。なんだか気に食わない。そんなオレを置いてけぼりにして、神は監督生くんへと向き直る。

    「さて、貴女はこの後どうしたいですか?」
    「どう…?」
    「はい。貴女が望むのでしたら貴女を元の世界に帰す事だって可能です」

     『元の世界』その単語にオレも監督生くんも目を見開いた。生まれ育った世界に帰るチャンスが今目の前にある。やっと、やっと会えたのに…でも、ずっと監督生くんが望んでいた帰る道を逃すなんて事、してはいけないだろう。
     オレは精一杯の強がりを顔に貼り付けて、監督生くんに向かって微笑んだ。しかし目が合った監督生くんの顔は寂しそうな困ったような顔をしていた。

    「私は……選ぶのは、難しいです…」

    (そう、だよな…だって、オレだってばあちゃんと離れ離れになって、もう一度会えるチャンスがあったら会いたいって思う)

     オレは俯いた。貼り付けたはずの強がりが抜け落ちてしまいそうだったから。この子には幸せになってほしい。だって、大好きだから。
     ぐっと握りしめた手。短く切り揃えてるはずの爪が痛い程食い込む。そんな拳を横にいる監督生くんが真っ直ぐ前を見据えながら、そっと触れてきた。その温もりにパッと顔を上げると、優しい笑顔で…凛とした声で言った。

    「でも、またあの世界に戻れるなら、ちゃんと元の世界にお別れをして戻って来たいです。大好きな人と幸せになってくるねって」

     「ね、先輩」と、にこりと微笑む監督生くんに心臓を鷲掴みにされる。苦しくて嬉しい。
     そんなオレ達の反応をわかっていたかのように、神も優しく微笑んだ。

    「これは私達の失態です。私達神が、貴方達の願いを叶えましょう。帰る場所は、」
    「ツイステッドワンダーランドで」
    「わかりました。私とはここでお別れです。いつも、愛し子達の幸せを見守っていますからね。どうか気を付けて、良い旅路を」

     神の声を遮って、ハッキリと言い切る監督生くんの声に、オレの覚悟が固まった。


     この子を絶対にオレの手で幸せにするんだと。

    ■ ■ ■

    【拝啓、会いたかった家族へ】
     神様の「良い旅路を」という言葉を最後に私達の視界は明るい光に包まれた。
     次に目を開けた時、私はとても懐かしい香りに包まれる。あの捻れた世界に来る前に、当たり前のように触れていた空気。近所のお家から漂う今晩のおかずを作っている香りや、草木の香り。ここは、私の家の近所の公園だ。
     それに気付いた時、ずっと繋いでいた手の温もりを思い出す。そして私はハッとした。

    「先輩!耳!っと、あと尻尾!」

     焦って隠そうとした時には既に先輩は、いつ着替えたのかフードを被り、尻尾も長いコートに隠れていた。

    「あれ、それ…いつ…」
    「あ、なんかここに移ってくる直前に、アイツの声で耳と尻尾を隠すようにしておくとかなんとか言ってたんスけど…」
    「私の世界では、人間しか居ませんから…」
    「あー…言ってたッスねぇ」

     「にしても式典服みたいに窮屈ッスねぇ」とフードを弄る先輩。先輩が私の世界にいる。先輩の後ろに広がる見知った風景。
     先輩がコートのポケットに手を突っ込むとチャリと金属の擦れる音がした。中から出てきたのは…

    「時計…?」
    「時計というより…タイマー、ッスかね?」

     インデックスがなく短針のみの指針がついた懐中時計のような時計。しかし時計で言う十二時と三時の位置に小さな猫の印。十二時に居る猫は座っていて、三時に居る猫は歩いている。

    「多分、三時間しか時間がないって事ですかね…」
    「ぽいッスね」

     三時間で何ができるだろう。まずは私が居なくなってどれくらいの時間が経っているのか、この世界の状況を知らないと…そんな私の考えを察したのか「とりあえず、オレはこの世界の事はわかんねーんで、監督生くんが道案内してくれる?」と改めて片手を私に差し出した。
     もう一度先輩に触れれる嬉しさに頬が緩む。そっとその手に手を重ねれば優しく握り返してくれてもっと嬉しくなる。
     もう離れる事のないその手を引いて、私は懐かしい世界を歩き始めた。

    * * *

     辺りを歩き回って一時間程で分かったこと。私が居なくなった日から時間が経過していなかった事。
     (これは後でわかったが、あの神がトラブルにならないようにと居なくなった時間へと戻してくれた可能性があるという事だった。)

     とりあえず、私達は残り時間も迫っているので自宅へ行く事にした。
     私には見慣れた景色。先輩には見慣れぬ景色。キョロキョロと周辺を見ながらも私が向かう先に着いてきてくれる先輩についクスクスと笑ってしまう。
     そんな笑い声にむっとした表情を見せるけれど、見知らぬ世界への好奇心は隠せないみたいで窮屈そうなフードやコートの下で耳や尻尾が動いているのを感じる。
     そんな様子を楽しんでいる内に懐かしい戸建の家の前に辿り着いた。
     あちらの世界へ行ってからも肌身離さず持っていた家の鍵。無くさないように首から下げていたチェーンを引っ張り鍵を出す。首からチェーンを外し鍵穴にさして回せば鍵が開く重みを感じた。ドキドキと早くなる鼓動を感じながらドアノブを引けば、懐かしい家の香りに心臓がキュッと締め付けられる。
     どのくらいそうしていたのか。たった数秒かもしれないし数十分そうしたかもしれないくらい、私は私の世界に浸っていた事に気付いていなかった。先輩が私の背中をポンと押すその時まで。
     背中を優しく叩かれて現実に戻ってきた思考。慌てて「どうぞ」と先輩を招き入れて玄関に入った。玄関に靴はなく、人の気配もなくて、両親が帰ってきていないことを知る。
     リビングに続く扉を開けても私達以外に人は居なくて、「そういえば、こんな感じだったなぁ」なんて思い出した。元々一人の時間が多いこの家での生活。それでも休みが合えば必ず私と過ごす時間を作ってくれた両親に寂しいと感じたことはなかった。
     そんな静かな家の様子を不思議に思った先輩が口を開いた。

    「誰も居ないんスか?」
    「私の両親は仕事が忙しい人で、こんな静かな家に帰るのが私の日常だったのを思い出しました…オンボロ寮にはグリムが居て、ゴースト達も居て…賑やかだったから忘れてたなぁ」
    「なんか意外。監督生くんっていつも賑やかな所の中心に居たから…」

     そう言われてみればあちらの世界に行ってから一人の時間ってなかったかもしれない。いつだってグリムが居て、マブが居て、先輩達が居た。寂しいなんて感じる暇なんてなかった。あの世界から弾かれてしまうまでは。
     世界から弾かれて私という存在が消えた時、ずっと寂しかった。一人なんて慣れてたはずなのに、本当に一人になってしまうのが怖かった。けれどそんな寂しさも先輩が毎日来て、見えない私に話しかけてくれたから寂しくはなかった。
     私、今本当に先輩と話してるんだな…なんて思いながらも、本来の目的を果たすために自室へ行こうと思い先輩に声をかけた。

    「両親は時間内に帰って来ないと思うので、手紙を書こうと思うんですけど…」
    「あと一時間半くらいでも帰ってこないんスか?」
    「そうですね、いつも遅い時間まで仕事をしているので…」

     とりあえず筆記用具…と、自分の部屋へ行くことを伝えると先輩はここで待ってる、とリビングに残った。自室でレターセットを探してリビングへ戻ると、先輩はリビングのチェストの前に立っていて、そこに飾られたなんの変哲もない入学式の家族写真を優しい目で見つめていた。

    「監督生くんはお父さん似?」
    「顔は父に似てるって言われますね。最近は電話を取った時に声を母に間違えられる事が増えてましたけど…」

     先輩はそっかと言うとその写真を手に取って柔らかく微笑んだ。

    「いい家族ッスね」
    「はい…どんなに忙しくても私の大事な行事には参加してくれる優しい両親です」

     カタン、と写真立てを置く音がする。私はレターセットに両親への手紙を書き始めた。
     突然居なくなる事への謝罪と、不思議な世界の不思議な話。そしてそこで出会った素敵な人と生きていく事を決めた事を。私達の家族写真を見ていい家族だと言ってくれたその人と、両親のような素敵な家族になれるように心を決めたから。
     ペンをスラスラと動かす。迷いのなくなった気持ちは止まることなく文字となっていく。静かなリビングにペンの音と二人の呼吸だけが聞こえる。そんな静寂の中で突然カシャという機械音が聞こえて私の肩が跳ねた。

    「あ、ごめん、驚かせた?」
    「え…それ、」
    「シシシ、目がまんまる」

     そう笑ってまたカシャと音がする。手にはデジカメ。

    「そこにあったんスけど、電源入ったから勝手に撮っちゃった」

     きょとんとする私を置いて先輩はデジカメを弄る。そういえばそのカメラであの写真撮ったっけ…と入学式の時の事を思い出した。

    「手紙だけじゃなくて、今の監督生くんがちゃんと元気ってのも残せたら安心すんじゃないかなって」
    「そうです、ね…」
    「ほらほら、時間迫ってるんスから手紙書いてて。オレは勝手にその監督生くんを撮ってるんで」

     シシシと楽しそうに笑いながらシャッターを切るラギー先輩。たまに「ん、かわいーじゃん」とか揶揄いながら言ってくるから、それに「もー」と言いながらもちょっと楽しくて笑いながらも手紙を書く私。
     言葉を交わせる事が幸せで、こんな些細な事すらも楽しい。

    ねえ、お父さん、お母さん。
    私、今すごく幸せだよ。とても素敵な人に出会ったんだよ。
    またお父さんとお母さんと会えるかどうかはわからないけど…
    もしかしたらもう会えないかもしれないけど…
    どうかお元気で。私は貴方達の娘で幸せでした。
    私も貴方達のように素敵な大人になりたいです。
    写真、私の大切な人が撮ってくれました。
    写真に写ってる私、とても幸せそうでしょう?
    だから心配しないでね。

    「ラギー先輩」

     ペンを置いて先輩を見つめれば、「なぁに?」と先輩は側に寄ってきてくれた。
     先輩のフードに手を伸ばせば、脱がしやすいように屈んでくれる。フードを外せば窮屈だったフードから解放された耳がぴるぴると動いた。
     そして手に持っていたデジカメを受け取る。

    「先輩の写真も残したいです。この人が私の大切な人だって、両親に教えたいから」

     そう言えば、少しだけ照れ臭そうに頬を染めた先輩が顔を寄せた。二人寄り添いシャッターを切れば、そこにはこの世界には存在しない獣の耳が生えた先輩が映る。
     この写真を見たら両親はどんな反応をするんだろう。お父さんは少し頭が堅いところがあるからこの耳が本物だとは思わないだろうなぁ。でもお母さんは結構ファンタジーな世界が好きな人だから本物だって思うかな?
     二人の反応を想像して自然と笑みが込み上げる。そしてさっき書いた手紙に一文付け足して手紙の横にデジカメを置いた。

     そしてタイマーを見れば、あと少しで三時の位置にある猫に針がさそうとしていた。
     隣に立つ先輩の手を今度は私から握って見上げる。

    「先輩、帰ったら一緒に写真撮ってください。私のスマホにも先輩との写真残したいです」

     そういった瞬間、辺りが眩く光だす。タイムリミットが来た。
     ちゃんと顔を見てお別れは出来なかったけど、それでよかったのかもしれない。
     会ってしまうときっと離れ難くなってしまう。どんなに心を決めても、別れは辛いから。
     いつかまた二つの世界が繋がった時、会える時を信じて…
     その時にはちゃんと私の口から紹介したいな。書き足した文字じゃなくて、私の声で。


    不思議な世界で出会った、ハイエナの獣人のラギー・ブッチ先輩が私の大切な人です。

    ■ ■ ■

    【Dear,―――】
     眩い光が落ち着いて、目を開いたそこはオレが監督生くんに会う前まで居たあの場所だった。ふと右手に力が加わって、右に視線を落とせばオレと繋いでいない方の手のひらを見つめる監督生くんが居た。

    「見え、る…あの、ラギー先輩、私…見えますか?」

     私の声は聞こえますか?と尋ねてくる監督生くんに、向き合って目を真っ直ぐに見つめて「ちゃんと、見えてるッスよ」と言えば、顔がくしゃりと歪んで泣き笑った。そんな監督生くんを抱き寄せて、もう離れないとしっかりと抱きしめて…

    「おかえり、監督生くん」

     情けなく震えた声。居なくなったあの時間が、オレや監督生くんにとって辛く悲しい時間だった。もう二度と会えないかもしれない。消えてしまうかもしれない。思い出も何もかも忘れてしまうかもしれない。そんな恐怖の日々を今乗り越えて、また出会ったこの世界で二人立っている。それが嬉しくて、二人もう離れないと抱き合って涙を流す。
     あの神という存在に、今この瞬間は感謝したい。生まれや育ちの事もあって、正直神様なんて信じていなかった。けれど監督生くんに出会わせてくれたこと、一度は離れてしまったけれどまたこうして共に居れる事は、神の所為でもあるし神のお陰でもあるから。

    「無事戻ることが出来たか」
    「これこれ、マレウス。感動の再会を邪魔してはいかんじゃろうに」

     帰還を喜ぶオレ達の空気に割って入る飄々とした声。二人、声につられる様に顔を上げればそこにはディアソムニアの二人が居た。交わす会話は呑気な会話なのに、どこか圧倒的力を持つオーラを放つ。
     ふわふわと浮いていた幼い顔立ちのその人がオレ達をみて「くふふっ、面白い物を纏っておるのぉ」と愉快そうに笑った。
     “面白いもの”が何を指すのか分からなくて監督生くんもオレも不思議そうな顔を浮かべ、首を傾げる。

    「なに、良いように言えば加護の様な物。悪く言えば呪いといったところか」
    「えっ!!呪い…!?」

     “呪い”という言葉に顔色が悪くなる監督生くん。「私だけじゃなくてラギー先輩もですか!?」と二人に詰め寄る監督生くんは相変わらずお人好しを発揮してた。

    「落ち着け、ヒトの子よ」
    「そうそう、悪く言えばでしょ。良い方かもしれないッスよ?」
    「え、あ、そっか…」
    「リリアも紛らわしい言い方をするな」
    「すまんすまん。なに、お主らにとっては悪いものではないから安心して良い。…マレウスよ、少し手を貸すのだ」
    「む…」

     リリアに手を貸せと言われたマレウスはふぅ…とため息をつくとマジカルペンを取り出して、リリアと共に一振りする。すると輝く粒子がオレ達を包み、二人の左手が明るく光るとオレ達を繋ぐように金の糸が現れた。

    「これがリリアの言う加護というものだ。…運命の糸と言えばわかりやすいか?」
    「赤い糸とも言うらしいが、これは金色じゃのう…切っても切れぬ縁は想い合っているお主らならば神の加護と言えるだろう。しかし想い合ってもいない切れぬ縁は呪いであろう?」

     悪戯が成功したというような表情で笑うリリアとため息をつくマレウスの様子に、一体どちらが主君なのかと不思議に思いつつも、自分の左手から伸びる糸を眺める。
     キラキラと光る絹のような綺麗なそれが左の薬指から監督生くんの左の薬指へと伸びていた。

    「神の加護…」

     小さく呟いた監督生くんの声。きっと同じ人物が脳内に浮かんでいるであろう。あの男か女かも分からない、不思議な存在。自らを神と名乗ったその生物がオレ達へ加護を授けたらしい。

    《この子を絶対にオレの手で幸せにするんだ》
    (あの空間で願ったオレの決意があの神に伝わって形になった…?)

     この時のオレは知らない。輝く糸が繋がった先に居る彼女も同じ想いを抱いていた事を。そしてその二人の強い想いが神へと伝わって、神が今回のお詫びにと加護を授けたと言う事を。

    「思い浮かんだ者がいるようだな」
    「アンタに送ってもらってから、神を名乗るやつのところに行ったんスよね」

     オレ達はあの後起きた不思議な出来事を説明した。その説明を聞く二人は「随分面白いモノに気に入られたようだ」と他人事のように(事実他人事なのだが)笑って聞いていた。

    「ヒトの子よ。それは悪いものではない。お前とブッチを守るものとなるだろう」
    「私とラギー先輩を、守るもの…」

     監督生くんは徐々に光が淡くなっていく薬指を眺めた。
     そんな監督生くんの姿を、幼子を見守るような、慈しむような優しい眼差しでリリアが見つめている。

    「良い縁を手にしたな。大事にすると良い」
    「…はい」

     監督生くんはとても穏やかに綺麗に微笑んだ。
     再会してからそんなに時間は経っていないはずなのに、真っ白な不思議な空間と監督生くんの世界、そしてこの世界を渡ったからか時間の感覚が曖昧だ。しかしこの世界もあの世界と同じように時間は経っていないのだろう…まだ暗闇と星屑が支配するツイステッドワンダーランドで、確かにまた監督生くんと触れ合えている。
     元からあった想いが加護という形で強固になったオレ達の縁。もう離さない。そんな執着にも似たような気持ちを「大事にする」、「嬉しい」と喜ぶ監督生くんに胸の奥が熱くなる。
     この子が帰ってきてくれてよかった。この子を帰さなくてよかった。もう手放す事は出来そうにないけれど、この子がまた大好きな人に会えるように方法を探していこう。そしてオレがこの子の幸せそうな笑顔をいつも一番最初に一番近くで見よう。
     他人が聞いたら重いと言われそうな感情を抱きながら、オレは微笑む監督生くんの頭を撫でた。

    「…さて、わしらはそろそろ行くとするか」
    「明日になれば他の者達も以前のように戻るだろう」
    「ツノ太郎!リリア先輩!ありがとうございました!!」
    「僕は少し力を貸しただけだ。乗り越えたのはブッチとヒトの子の力…感謝されるような事はない」

     そう言って闇の中に消える二つの影を見送って、今は誰も住んでいないオンボロ寮へと足を踏み入れれば小さな「ただいま」が響いた。
     二人並んで談話室へ向かう事すら懐かしく感じる。見えない時間が自分にとって思ったよりも長い時間だったように感じる。
     談話室のソファーに二人並んで深く腰掛けるとギシリと軋む音がして、その音に重ねるようにどちらからともなく口から大きな溜め息がもれた。
     ようやく訪れた一息つける時間。少し手を伸ばせば届く距離にある監督生くんの手をとって、その体温に「今もまだここにいる」と安心する。そうして度々監督生くんの存在を確認しては安堵の息を漏らすオレに監督生くんがくすりと可愛らしい笑い声を響かせた。

    「何笑ってんスか…」
    「だって…先輩、何度も確認するんですもん」
    「そりゃするでしょ…もう絶対離したくないんスから」

     離す気なんてない。それでも気持ちだけではどうにも出来ない体験をした。だから、もしもまた同じように消えてしまうような事が起きても、少しでも早く捕まえにいけるようにしたいと思うのは普通の事だと思う。
     そんなオレの不安が伝わったのか、大きく綺麗な黒曜石の瞳がこぼれ落ちそうなほどに開かれる。

    「もう、帰す気なんてさらさら無いッスからね」
    「…帰る気もないんで安心してください。なんたって神様公認の縁ですよ?」

     帰す気がないというオレの気持ちに対して、サラッと帰る気がないという監督生くんに、今度はオレが目を丸くする番だった。

    「でも、いつか行き来出来る様になって、今度こそちゃんと先輩を両親に紹介したいなぁ…」
    「それはオレも、会ってみたいッスね」

     あの幸せ溢れる家族写真に映る彼女の家族に。いつか正式に彼女との関係を認めてほしい。そう思うのは家族を大切に思う監督生くんの気持ちを思っての事もあるが、オレ自身も家族がどこかで生きているなら大切にしたいと思うから。
     いつかそんな日が来るといいなと思い描いていると、肩に少しの重みと温もりを感じる。横を見ればすっかり安心して疲れがきたのかスヤスヤと眠る監督生くん。
     黒く艶やかな髪を撫でれば、寝ているはずの監督生くんの口元が少し緩んで微笑んだ気がした。


    「おかえり、監督生くん」


    【Dear,You】

    オレの大切な監督生くん
    またこの世界に帰ってきてくれてありがとう。
    この世界を、オレの隣を選んでくれてありがとう。
    もう二度と離さないと誓うよ。
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    ❤💖💞💕💘🇱🇴🇻🇪
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    Replies from the creator

    naduki_hina

    DONEラギ監Webオンリー【Donut with You!-Birthday Special-】にて展示したお話です。
    ⚠︎ユウくん呼び。捏造あり。未来軸。結婚済み。

    ○○坊宣言シリーズ最新作。ラギー誕生日話になっています。
    時系列的には食いしん坊宣言の次。未来軸で結婚している二人のお話です。
    シリーズリンクはこちらhttps://www.pixiv.net/novel/series/8319
    慌てん坊宣言 もうだいぶ慣れてきた仕事を終えて、こっちはまだ慣れない帰り道を歩く。ポケットに入れていたスマホを手に取り、メッセージアプリを開いて帰っている旨を送れば、いつもはすぐにつく既読のマークが一向につかない。
     いつもなら何事かあったのかと心配して焦る所だろうけれど、今日という日が何の日かわかっているから帰る先で起きているであろう様子を想像してはついつい口元が緩んでしまう。

     彼女がナイトレイブンカレッジを卒業したその日、彼女の元へ押しかけて攫うように自分の巣へと連れ帰った。最初こそ驚いていたものの、当時から恋人という関係にあった彼女も密かに一緒に過ごす日々を望んでくれていた。
     そして同じ家に住むようになって互いの仕事が安定したとあるクリスマスに、これからも一緒にいてほしいと伝えた。翌日には指輪と一緒にこれからの未来を考えると手狭になるだろう家も変えようと二人の巣も一新した。
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    recommended works

    CottonColon11

    DONEこちらはパロディボイスの発売が発表された時にした妄想ネタを、言い出しっぺの法則に則って書き上げたものです。
    つまりボイスは全く聞いていない状態で書き上げています。ボイスネタバレは全くないです。
    ※二次創作
    ※口調は雰囲気
    ※本家とは無関係です
    科学国出身の博士と魔法国出身の教授が、旅先で出会うはなし 高速電車で約五時間乗った先の異国は、祖国と比べて紙タバコへの規制が緩い。大きい駅とはいえ喫煙所が二つもあったのは私にとってはとても優しい。だが街中はやはりそうもいかないようで私が徒歩圏内で見つけたのはこのひさしの下しか見つけることはできなかった。

     尻のポケットに入れたタバコの箱とジッポを取り出す。タバコを一本歯で咥えて取り出して、箱をしまってからジッポを構える。……ザリ、と乾いた音が連続する。そろそろ限界だと知ってはいたが、遂に火がつかなくなってしまった。マッチでも100円ライターでもいいから持っていないかと懐を探るが気配は無い。バッグの底も漁ってみるが、駅前でもらったチラシといつのものか分からないハンカチ、そして最低限の現金しか入れていない財布があるだけだった。漏れる舌打ちを隠せない。
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