時事ネタ「そこを頼むよー。」
モデル事務所の社長が手を合わせて懇願してくる。普段のモデル業すら気に入らないというのに。…こんな仕事。
「だってねぇ…上から規制掛かっちゃったんだもの。それにね、僕は思うんだよ。ピンチはチャンスだって!」
鼻息を荒くして近付いてくる。止めてくれ…。
「そう!そうなんだよ!君の美貌には異性の艶やかな装いが映える!だから!」
聞きたくない…!止めろ!
「女性下着のモデルをしてくれないか!!」
ふざけるな。これで何度目だ。
「頭を床に擦り付けられてもどれだけ積まれようとも嫌です。」
社長はガックリと肩を落としたがすぐに顔を上げて熱弁してくる。
「何故!君はその容姿を!美貌を!生かさないんだ!これは絶好のチャンスなんだよ?」
何がチャンスだ。俺の人生に不利益を被る所業だろう。
「ライブ配信に出ろとは言わないから!写真だけ!ね?」
また手を合わせて懇願してくる。ループ物の主人公の気持ちだ。何度も訪れるバッドエンド。その未来を変える為、違うアプローチをしつつ奔走する。己を救いたいだけであって世界を救う気は更々ないんだが。…おい待て。ライブ配信をしようとしていただと?俺にデジタルタトゥー刻んで楽しいか?そんなに人生壊したいか?今すぐにこの社長をぶん殴ってやりたいがグッと堪える。ミランダめ。アイツに嵌められなければこんな事にはならなかったのに。そこからやり直す力でも欲しい所だ。
「ろ、露出低めならどうだい?」
「変わりません。」
「ぐぐぐっ…なんという堅物!そこも良いんだが…。この事務所が潰れてもいいのかい!?」
「構いません。」
「なっ!?」
鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をしている。俺には関係ない。さっさと退職届突きつけてやる。
「…それは困る。」
柱の影から顔の半分を包帯で覆った白いマフラーを巻いたハットの男が出てきた。こんな奴いたか?
「シュケラテル君!この堅物を説得してくれないか!?」
「内容次第ですね。」
「だ、だよねー。でも、君ならやれると信じているよ!Good luck!」
社長はシュケラテルと呼ばれた男の肩を叩いて駆け出していく。逃げたか。それとも他の手を考えに行ったのか。どれにしても折れる気がないというのは厄介だ。
「君はLianだっけ。やりとりを一部だけ聞かせてもらったけど偉く傲慢だ。僕も他人の事言えない態度だけど。それはそれとして。…ふーん。下着モデル。それも女性物。それは断りたくもなる。僕も肌の露出が多い撮影は全部断っているから。」
味方か?と思いたいが過去の経験からそう易々と人を信じる気にはならない。それにこの男の思考が読めない。機械の様だ。顔半分が隠れているのもあるが鋭く冷たい青い瞳は何も語らない。声に抑揚がないのも無機質さに拍車を掛ける。
「自己紹介がまだだったね。僕はシュケラテル・ドゥオブン。シュケラテルでいい。敬称は要らない。君の先輩にあたるけどね。さて…。」
睨みを効かせてくる。あまりの鋭さに怯みそうになるが俺はこんな一般人とは訳が違う。修羅場を散々通ってきた。恐れるまでもない。
「…何それ。別に脅すつもりはないんだけど。殺りに来てる目、止めて。綺麗な顔してるのに修羅だね。そんなのはいい。君さ、モデル業舐めてる?真剣じゃないよね。」
「…。」
何も言い返せない。ミランダに嵌められて渋々やっているだけ。確かに真摯には取り組んでいない。
「僕はこんな態度だけど本気でやってる。好きなんだ、この仕事。それを…。」
雰囲気が変わる。目の前にいるのに背後に回られて首筋にナイフを突き付けられている様な感覚。寒い。
「顔が良いだけの三流に蹂躙されるのは気に入らない。辞めるなら辞めた方がいい。…説得だったね。忘れてた。三流じゃなく一流だと見せ付ける気概があるなら受けなよ。この仕事は君にしか出来ない。僕なんかじゃウケないからね。餅は餅屋、とまでは言わないけど。僕に言えるのはこれだけ。無理強いする仕事じゃないのは同性として理解出来るからね。じゃ。」
彼はマフラーを翻してさっさと去ってしまう。すれ違った社長にどうだったかと聞かれていたが首を横に振るだけで何も言わなかった。
「残念だ…。嗚呼、宝石を輝かせるチャンスが…。他の手を…。」
すっかり意気消沈している社長に声を掛ける。
「俺は断るとは言っていません。受けますよ。この仕事。」
煽られて意地になっている訳じゃない。あの真剣な青い瞳に応えたかった。それだけだ。内容はともかく。大声で歓喜の声を上げながら目を輝かせて大喜びする社長に手を握られて揺すられて耳がキーンとする。やっぱりコイツは殴ってやった方がいいかという気持ちにはなったがシュケラテルの言葉がそれを制した。
ー
「Lian。話は聞いてるよね。」
撮影から数日。シュケラテルと一緒に喫茶店に来ている。彼のお気に入りの店らしくこじんまりとしていて質素な店だった。
「まさかあんな事になるとは…。」
「ある意味。因果応報。」
彼はエスプレッソのドッピオを口にする。どうなったかというと俺の女性下着姿の販促写真が公表されると下着は爆売れ。それと同時にモデルの美しさが話題になり、理解出来ない速度で拡散され大盛り上がり。最終的に上の検閲に接触する程となり、男だとしても猥褻物を頒布したと見なされ該当画像は全て削除された。社長は床に突っ伏して自身の涙で溺れそうになる位に泣いていた。ざまあないと思いつつネットの恐ろしさを身を持って理解させられた。やっぱりこの仕事は辞めた方がいい。そう思った。
「僕は説得しただけ。好きにするといい。Lianとして生きるも贄士師蓮一郎として生きるも自由。君の人生だから。僕は関係ない。」
「俺、本名言ってないですよね?」
「…だから?気にする所はそこじゃない」
彼はまたドッピオを口にする。
最後までこのシュケラテルという男は食えない存在だと思った。