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    から行こワンドロワンライ 
    一服、とねこで書きました!

    何万回、死んだとしても 待ち合わせ場所は大阪。聡実は夏休みで帰省中だったので大阪市内の古い喫茶店に行こうと提案した。平成レトロというハッシュタグのついたSNSの投稿でたまたま目にしたその喫茶店は、今時珍しく全席喫煙可という店で、聡実は敢えてその店を選ぶことにした。
    「お待たせ」
    「待ってません」
    そっけない返事を返しながらも心臓の鼓動が早まるのを感じる。きっとメガネが、前髪が馬鹿みたいに素直に染まる頬を隠してくれるだろうと顔を伏せた。狂児の足元が目に入る。黒い革靴が猛暑の日照りの中キラキラと輝いていた。少し視線を上げると黒いスーツに黒いネクタイを身につけていた。「この暑い日に上下黒のスーツ?」と不思議に思ったが、風に乗ってふわりと香った嗅ぎ慣れない匂いで事情を理解した。
    「ごめん、聡実くん。ちょっと塩ふってくれへん?」
    狂児は小さな紙の包みを手渡してきた。白くてサラサラとした塩を手のひらにとって、パッと狂児にかける。手のひらにかいた汗に少し張り付いたのでパンパンと手を叩いて地面に落とした。キラキラと地面に落ちる塩を眺めながら聡実は言った。
    「お葬式ですか?」
    「うん。ごめんね、せっかく会える日やったのにそのまま来てしまって」
    狂児はいつもの調子で会話をしているけれど、目元に普段の覇気がない。あぁこの人にもこんな日があるのかと珍しがっていると、狂児がにこりと笑って「行こ」と喫茶店の中に入って行った。
     乾いたベルの音とともに「いらっしゃいませー」と間の抜けた店員の声が聞こえてくる。効きすぎたクーラーが全身を包んでくれるのですぐに汗はひいていった。案の定、店内はコーヒーとタバコの匂いが入り混じっていた。窓際の奥の席に案内されて、入口に背を向けるように狂児が座った。聡実が座る間に首元に手を伸ばしてネクタイを解き首から抜き取ってカバンの中にしまい、短く息をついた。
    「おつかれですか」
    聡実は小さな声で尋ねた。本当は、おつかれさまです、と声をかけようと思ったのだが疲れているかわからないし、そんなふうに気遣うのが気恥ずかしくてこう聞いてしまった。
    「疲れ…疲れた顔してる?」
    「疲れた顔、というか…いつもの元気がないなって」
    「そぉかな。うん、まぁ…疲れてるよ」
    狂児の声は低くて掠れている。
    「注文どうしましょう」
    「おぉ、そうやった。ここメロンソーダあんねんて。俺それにしよかな」
    「メロンソーダ、いいですね。僕お腹すいたんでナポリタン頼んでもいいですか?」
    「ええよ、もちろん」
    店員に注文を伝え、ちらりと狂児の方を見た。指先をしきりに動かして落ち着きがない様子でいる。
    「タバコ、吸ってください」
    聡実のその言葉に狂児は少し驚いた様子だったけれど、少し考えた後に「ありがとう」と呟いてタバコを取り出した。目を少し伏せてタバコを咥え、火をつける狂児の流れるような仕草は様式美を感じさせた。
    「お待たせしました」
    綺麗なエメラルドグリーンのメロンソーダと、出来立てのナポリタン、それからアイスコーヒーが運ばれてきた。湯気を上げるナポリタンはコーンとグリーンピース、玉ねぎとソーセージの入ったシンプルなものだった。ふわりと漂う香りに腹の虫がグゥぅと鳴った。
    「はは、召し上がれ」
    店員の女性がニコニコと微笑みながら聡実に言った。恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまうが、なんでもないふりをしてフォークを手に「いただきます」とパスタを掬った。もぐもぐと口にはこぶ聡実を見ながら、狂児はメロンソーダをちびちびと飲み進め、時おりタバコに火をつけて美味しそうに吸っていた。半分ほど食べすすめたところで、入口のベルが鳴った。
    「おっす、マスターコーヒーね」
    汗だくの中年の男性が一人、店内に入ってきた。
    「はい、そちらにどうぞ」
    店員がカウンター席をすすめる。男は席に座りながら聡実の方を見た。
    「あれ、成田さん?どうした、めづらしいなぁ。今日は若い人連れてきたん?」
    そう言いながら近づいてくる。聡実は驚いて狂児をみた。罰の悪そうな顔をした狂児が客の男を睨んでいた。
    「あらぁ、おっちゃん余計なことしてしもたか?」
    お退けた様子で男はカウンターへと戻っていく。聡実はもぐもぐと口を動かしながら狂児をじっと見つめた。
    「…聡実くん、別に隠してたわけやなくて」
    「ぁい」
    「聡実くんが見つけてくれた店にきたことがあっただけで、でもその事を伝えたら店変えよって言うかな思って黙ってただけやねん。ごめん」
    狂児はしゅんとした顔で上目遣いで視線を送りながらそう言った。そのあざとさにこそイラっとしながら、聡実は無言でナポリタンを口に運んだ。そのままタバコを一本吸ってから、ふぅ、と短く息をついて狂児は椅子に背を預けて窓辺に目をやった。夏の眩しい日差しがレースのカーテンで遮られて柔らかくその顔を照らし出している。いつも濃い隈が今日はより一層濃く見えたが、表情は柔らかかった。柔らかいと言うより魂が抜けてしまっているように見える。感情のどこかが欠けてしまったような、大切なものを無くしてしまったような表情だ。
    大切なもの、そう思った時聡実はふと直前まで狂児がいた場所と、そこで行われた事に思いを巡らせた。あぁ、きっと大事な人を見送ってきたのだなと思いながらナポリタンを食べることに集中したふりをつづけた。
    「あ、そや」
    狂児が急に席を立った。ドタドタと入口横の方へと歩いて行く。
    「これこれ」
    そう言って戻ってきた狂児の手には一冊の絵本があった。
    「なんれふか」
    「ん、これ気になっててん。ここにくる度になんやこれ?思って、でもアニキやら若いのやら仕事のひとといてる時に見ることできへんからさ」
    そう言って嬉しそうに広げて一人で読み始める。聡実はヤクザと絵本というアンバランスな絵面に心のシャッターを切っていた。
    ナポリタンの皿が空になり、アイスコーヒーを飲んでいる時に狂児が絵本を読み終えた。読み終えたというのは少し違っていて、何度か読み直した後に絵本を閉じたのだった。
    「…読み直すくらい、おもしろかったですか?」
    聡実は問いかけながら、その表紙を見た。百万回生きた猫。確か幼稚園の時ににいちゃんが読んでくれたことがあったはずだ。聡実も手を伸ばしてその絵本を手にって読み始めた。あぁそうだ、こんな感じだったと記憶を辿りながら読み進めていると、狂児が徐に話し始めた。
    「百万回死んだ、ってすごいよな」
    「はぁ…」
    聡実は絵本を読みながら返事をした。
    「今日、葬式行った相手がさ、俺の弟分やったやつなんよ」
    狂児がタバコに火をつけた。その時に初めて気がついたがいつものタバコではなかった。
    「がんばってたんやけど、最後はクスリやりすぎてあっちゅーまに施設行きよって…ほんで施設から脱走して自殺してん」
    世間話のテンションで語られて、聡実は反応に困ってしまった。
    「そいつとおった時にこのタバコよぉもらってたんよ。懐かしくて買ってきたんやけど、相変わらずマッズいな」
    そう言いながらゆっくりと吸い込んだ。
    「俺はまだ死んだことないけど、あいつの死に顔見た時に、クスリでボロボロになって痩せて変わってしまったその顔見た時に、その時一緒に生きてた自分も死んでしまったような気がすんねん」
    「…思い出が、狂児さんの中にあればいいんじゃないですか」
    「その猫がさ」
    狂児が聡実に向き直った。
    「死んだ飼い主のことなんとも思ってへんやん。飼われてるだけやからやろうけど、嫌いやって言うて覚えてんのはさ、結局別れを受け入れられへんのよ。だから生まれ変わってしまうんやろね」
    「はぁ、そう言うもんでしょうか」
    「心残りが猫を生き返らせてしまうんやろね。俺も、アイツがいなくなったって連絡もらった時からずっと思い出そうとしてんねん。あいつが元気だった時のこととか、どうしてこうなってしまったのか、とかあいつのタバコの味とかさ」
    タバコを灰皿で揉み消すと、白い煙だけが天井に上がっていった。聡実はそれを目でおいながら狂児の言葉を待っていた。
    「最後にその猫は生き返らなかったわけやけど、俺にもそれができるんかなって考えてて」
    「はぁ」
    「俺はいろんな人間と別れたり死別したりしてるから、余計考えてしまうんやろうけど」
    狂児は手を伸ばして聡実の頬に触れた。頬を拭って、指についたケチャップをなめとる。
    「君と一緒に死んだら、もう生き返らへん自信があるな」
    そう言ってにこりと笑った。
    「何言うてるんですか」
    「本の感想」
    「あほらし」
    「聡実くん」
    また手を伸ばす狂児の手に頬をそわせた。まだケチャップがついていたのだろうか。狂児はグッと後頭部を掴むと、自分の方に引き寄せた。
    「本気。俺のこと考えてこの店を選んでくれたり、ほっぺ一杯にしてパスタ食べたり、絵本読むおっさんに付き合ってくれる君のためなら、俺は後悔しない生き方ができる」
    瞳を覗き込みながら、はっきりとそう言った。心臓がはねる。顔が赤くなるのを感じたが、顔をそらす事ができなかった。
    「…そう」
    聡実は小さくそう答えた。
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