ごはんを食べよう③「死んでも生き返る。生と死がぐちゃぐちゃの場所。迷う人が多い場所」
手を伸ばしてイライの頬をするりと撫ぜる。イライはゆっくりと瞬きをした。深い青い色の目に、今、未来を視る力は宿っていない。
彼をただの人間にしたのはイソップだった。
「あなたは?」
イソップの手がイライの首筋をなぞり、そのシャツを整えて引っ込む。
イライはぱちぱちと瞬きをした。
「あなたは、帰りたい?」
「……私は……」
イライはそう言って、困った顔でイソップを見た。それが答えだった。
ああ、帰りたいのかと思う。彼の婚約者を残した時代に、彼の婚約者のいる世界に、帰りたいのかと。
たとえ死と隣り合わせの世界でも、イライはそこに希望を見出していた。
だから、きっと、ここにイソップといることは、彼の本意ではない。
「食事を終えたら、散歩に行きませんか? 今日は日曜日、この国でも休日です」
イソップはあえて微笑んで提案した。イライがほっとしたように頷く。
「うん、いいね。私も休みだ」
この世界にあの荘園はない。そもそも、今いる国はイソップたちに馴染みのある国とすら違った。
イソップたちに、あの荘園に帰るすべはない。
最後に参加したゲームの終わり、死にていになったイライを棺に納め、それを庇うように棺の上に覆い被さって気を失ったイソップは、目が覚めるとここにいた。イライを抱きしめて目を覚ましたイソップは、同じように目覚めて驚いた顔をしたイライと顔を見合わせた。
今しがた負っていた怪我は、からだのどこにも残っていやしなかった。
ここは日本という国の、イソップたちからして百年後の時代。そこにはイソップたちの戸籍も職もあって、住む場所もあった。
何もかもがおかしいのに、あつらえたように全てがここにあった。
イソップは納棺師として働いているし、イライは占い師兼カウンセラーとして金を稼いでいる。
ここにいた誰かと入れ替わった訳でもなさそうで、イソップたちには何が何だかわからなかった。
その日から働き始めるような手続きがされていたので、職場に知り合いがいないのが普通だった。
これは何なのだろう。
あの荘園に原因があるのだろうか。だとしたら……だとしても、今、その理由を知ることはできない。
そんなことを考えていると、イライが空っぽになった食器を片付け始めた。はっと立ち上がって手伝おうとすると「イソップくんは準備してくれたから」と押し留められる。
その傷ひとつないうなじを、大きな穴の開いていない、血も出ていない後ろ姿を見て、イソップは音も立てず息を吐いた。
この青年を、この世界の理不尽からも、あの凄惨なゲームからも、なにからも、守りたいと思った。
それはたしかに、「ほんとう」のことだった。