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    視力検査のC

    @savoy192

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    視力検査のC

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    それだから君は厄介さ(未完)②

    ①の続き。

    しばしの沈黙が流れた後、ジョナサンはぽつりと呟くように言った。
    「……ディオは、色んなことを知っているんだね。僕も一度ロンドンに行ってみたいよ」
    途端、ディオは眉根を寄せ、フンと鼻を鳴らして低い声で言った。
    「……あんな腐乱死体の見本市みたいな場所にいられるか」
    一応注釈しておくと、ディオはロンドンのごく一部の地域──東のはずれといったような地域──について話した。
    「えっ?」
    「俺はもうあの場所に戻りたくなんかないね」
    「あの肥溜めの中でも更に腐りきっている…人間かどうかも怪しい屑が」
    「い、いったい何の話だい?」ジョナサンが驚くのも無理はなかった。
    「俺のクソッタレの親の話さ」
    ディオは実に快活そうに笑った。
    ええ。まさかそんな風に言わなくても……とはいえジョナサンは直接会ったこともないので、判断はつかなかった。面食らったような顔をして、視線を散々さ迷わせてから、強い口調で言ってしまった。
    「自分の親をそんな風に言うことないじゃあないか」
    またディオの顔は不快に歪む。
    「ジョースター卿は、」
    ディオは一旦言葉を区切った。
    「よくできた人だよな。俺の父親──父親とも認めたくないが、アイツとは違う。アイツは呑んだくれてろくに躾もしなかった。まぁそのおかげで俺はある意味のびのび育った訳だが」
    ディオは少し首を捻ってから、ジョナサンの方へと向き直った。
    ディオがどんな環境で育ったのかは、今のジョナサンには、ディオの話と漏れ伝わる噂でしか判断する材料がなかった。そして彼がどんな思いでここにいるのか──来た当初は、彼はジョナサンを陥れることばかりしていたが──今は時折意地悪なことを言ったりはするが、すっかり大人しく形を潜めて、本意が読めないままなのだ。
    とどのつまり、ジョナサンには今のディオが何を思ってジョースター家で暮らしているのか、よくわからないままだった。
    「俺は今の自分を幸運だと思うよ。毎日美味い食事ができて、清潔な身なりができる。本当に感謝しているよ」
    それが彼の本心かどうかは、ジョナサンには分からなかった。
    ジョナサンは何と言葉を掛けるべきかわからず、とにかく優しい言葉を掛けようと努めた。
    「君は本当に苦労して育ったんだね」
    「おいおい、同情は止してくれよ。気にしちゃあいないさ」
    2度とそのことには触れるな、と目で釘を刺された気がした。

    ジョナサンの言葉を引き金として、ディオは母のことを思いだしていた。
    (苦労?そんな言葉じゃ生ぬるい。血反吐を吐く思いだったさ。俺は毎日その日暮らしの金を稼いで、流行り病に罹った母さんの看病をして……)
    『希望さえあれば生きていけるのではないかしら、ディオ』
    幼い日のフラッシュバック。唐突に母の言葉が思い出された。
    (やめろよ。こんな時にいったい何なんだ……勝手に俺を置いて……自分ひとりだけ救われたような顔で逝ったくせに。もうあの日々は戻らないんだ。俺は思い出も身分も捨ててここに来たんだ。)

    場の雰囲気を変えようとして、 ディオはジョナサンに囁くように尋ねた。
    「ジョジョ、お前は、自分を残して死んでいった母親に思うことはないのか?」
    「えっそんなこと、あまりきちんと考えたことはなかったな……」
    ジョナサンは思案するように視線を沈ませた。
    「でも、それでも僕の母さんは気高くて立派な人だったと聞いているし、僕もそう思うよ。僕が赤ん坊だったとき……僕の命を母さんが身を挺して救ってくれたことがあるみたいなんだ。僕は母さんのためにも立派な紳士を目指したいと思ってるよ」
    ディオは少し怪訝そうな顔をした。
    「へえ。真面目なんだな」
    「そ、そうかな……大したことないよ」
    「別に褒めていないぞ、ジョジョ」
    「…………」
    あっさり貶されて、二の句がつげなかった。そして話題に迷って、楽しいロンドンの話の続きを聞こうと思った。
    「ディオは時々ロンドンに出掛けているけれど、いつもやっていることはあるのかい。例えば、その、ご両親への挨拶とか」
    ジョナサンは気を遣って婉曲的な表現をしたのだが。
    「あいつの墓?ああ、わざわざ行ってやってるさ。あいつの名前を踏み躙ってやるためにな」
    ディオはそんなジョナサンの気遣いを理解した上で突っぱねるのだ。
    「……」
    ジョナサンはロンドンの話題について再び尋ねることはできなかった。

    ジョナサンは、今までそんな、親を侮辱するような考えに接したことがなかった。父親と母親は敬うものだと教え育てられてきたからだ。正直に言えば、ディオの話は聞いていてつらいものが多いこともある。

    ジョナサンはできるだけディオの考えを理解して尊重したいと思っているが……ディオがロンドンの労働者街で毎日どんな生活をしていたのか、どんな考えで生きてきたのか、そういう類いの話をすればするほど、厳しい肉体労働と貧困さの実態に、いつも(『お貴族様』の傲慢とは心のどこかで何となく分かりつつも)同情と憐憫とを覚えずにはいられなかった。
    そして、ほんの僅かにだが──本人も無意識のうちなのだろうが──ディオは、酒場や娼館の話において時おり奔放さを覗かせるので、ジョナサンは戸惑いを覚えずにはいられなかった。
    だからディオの話は聴くたびに胸を痛めずにはいられないのだ。

    しかし……彼の妥協を許さない精神は、あの過酷な環境で培われたのだろうか……ジョナサンの子ども心にもすごいと思わせるものがあった。ディオはここに来た当初から勉学もマナーにも手を抜かないし、何より立ち振る舞いが堂々としていて、既に貴族の素質が十分にあるように思われた。それはとても稀有で目を見張るものがあった。そして最近ではますます貴族に相応しい教養と態度を身に付けつつあるように思える。
    ディオのほんとうのきもちは、相変わらず巧みにかわされて教えてもらえないことが多い。この点についてはジョナサンは別に不快ではなかったが、ディオは徹底して秘密主義者なのかと思えば、自己顕示欲が強いこともある。そんなディオと仲良くなるにはいったいどうしたら良いのだろうか?
    そのためには、ジョナサンは、もっと色々なことを見聞きして大人になる必要があると感じた。


    「……おい、ジョジョ、聴いているのか?」
    自分の思索に耽ってしまったジョナサンは、ハッとして目を瞬かせながらディオの方を振り返った。
    「聴く気がないなら帰るぞ。屋敷に戻ってからもやることはたくさんあるんだ」
    「待ってよ!僕、この機会にもう一つ聞いておきたいことがあるんだ……!君のお母さんにのこと……!」
    ジョナサンは答えが返ってこないことを覚悟の上で叫んだ。
    急にそんなことを尋ねて、やはりダメだったか、と思われた時。ディオは逡巡したように視線を下げてから、背を向けて、聞こえるか聞こえないかぐらいの声でぽつりとジョナサンに応えた。
    「母は……忘れた」
    ディオは衣服についた草を払って、すぐさま立ち上がって、屋敷への林道に向かっていった。
    待ってよ、とジョナサンはもう一度声を張り上げたが、ディオは振り返ることなく先へ先へと進んでいった。



    「ねぇ、待ってよ」
    薔薇園の方へと向かいながら、ディオはジョナサンに一瞥もくれなかった。
    「待ってくれよ」
    懸命のジョナサンの叫びも、初夏の穏やかな晴天へと吸い込まれてしまった。
    「ねぇったら!」
    ディオの肩を掴んで、漸く彼を振り向かせることができた。
    「あのね、前から思ったけど…僕ら二人とも一度決めたら一直線というか……生真面目なところがあるから気をつけないとだよ」
    立ち止まって欲しくて、もっと話を聴きたくて、息せき切りながら一気に話し終えた。
    「だから?」
    しかしディオの当即な返事は冷ややかだった。
    ああ、心が凍てつきそうだ。僕はどうしたら良いのだろう?
    「だから……どうか無視しないでほしい」
    出てきた声音は乾燥してはっきりした音にはならなかったが、それでもディオには伝わったはずだ。
    暫しの無言。
    ディオは僕を探るような目で見てきて、それから大きなため息をついた。よくよくその青い目を見てみれば、狼狽えたような色すらあった。
    「……ディオ?」
    「あのなぁ……正直お前と一緒にされたくなかったよ」
    どういうことだろう、とジョナサンが思案しているうちに、ディオはきっぱりとこう告げた。
    「お前と俺とでは決定的に身分が異なるんだ」
    自信とも諦念ともつかない声音だった。ディオは探るような目でジョナサンの反応を見ていたが、言葉に詰まった様子であるのを悟ると、呆れたように、堰を切って語りだした。
    「お前が金持ちであるということは権力を持っている事と同義なんだぜ。お前の脳ミソでも分かるように言うとだな、この俺は、この俺がだ、汚い家に住みこれまた汚い工場で朝から晩まで働いて帰ったらこの世で最も汚らしい親父の看病をしてきた。お前みたいに衣食住なんの不便もなくのうのうと暮らしてる奴と比べてみろよ。俺とお前とでは事情が既に天と地ほどの差があるんだ。お前にとっては些細なことかもしれんが、俺にとってはそれが人生の全てだったんだ。もう近寄るな。いちいち馴れ馴れしくするんじゃあない。」
    ディオは吐き捨てるように言い終えた。声音は誇示と自己嫌悪。やるせない思いで一気に吐き出したのだ。
    が、ジョナサンは思わずディオの手を掴んで半ば叱りつけるように言った。
    「些細なことなんかじゃあないよ!大事なことだよ」
    タイミングが悪ければ、ディオをさらに苛立たせていたかもしれない。しかし、ジョナサンは本気で、真摯に、ディオのことを思ってそう言った。不運なことに、ディオもジョナサンのその優しさが伝わる程度にはジョナサンのことを理解し始めていた時期ではあった。ジョナサンに反発しつつも、それでいて勇気と優しさとを信頼しているような、アンビバレントな感情を抱きつつあったのだ。弱っている時に優しい言葉を掛けられて心が揺らがない者などそういないだろう。
    だから、さすがのディオも、当然不覚ではあったが、目を見開かずにはいられなかった。
    「僕……君が僕のこと嫌いでも良いよ。でも、それでも君と話がしたいんだ」
    握りしめた手はそのままに、ジョナサンはディオの目を見ながらゆっくりと言った。
    ディオはそんなジョナサンを暫く呆然と見つめて……そして、
    「バカを言うな。貴様なんかに……」
    ディオは眩しさから逃げるように目を逸らした。
    ジョナサンに背を向けて立ち去ろうともした。
    しかし──
    「そうだな、お前がどんな話でも聞いてやるっていうのなら、相手になってもらおうか。本当に、何でも聞くのならな」
    虚勢なのか脅しなのか区別はつかなかったが、ディオはジョナサンにほんの少しだけ心を開いたようだった。
    「ああ、何でも耳を傾けると約束するよ」
    「本当だな」
    ディオが念を押すように距離を詰めたのがおかしくて、ジョナサンは思わず顔が綻んだ。
    やっと、彼と仲良くなれそうなきっかけを掴むことができたのだ。
    ジョナサンは嬉しくてたまらなかった。

    d.青天の霹靂


    それから何日か後に、メイドの一人が辞めることになった。
    理由を尋ねると、故郷のご両親の面倒を見なくてはならなくなったから、と言っていた。疑りすぎるのは良くないと分かっていたが、頭の隅からは、それは本当だろうかと問いかける声が聞こえていた。
    また、広い屋敷がさらに広くなったように思える。どことなく、母がいなくなった時のような寂しさを感じてしまった。こんなきもちのときダニーはいつも僕のそばにいてくれたのになぁ、と思わずにはいられなかった。
    朝食の後、ディオにメイドが辞めたらしい話題を出してみると、彼は一言、そうか、と呟いて、それから悪戯っぽく笑って、そんなに落ち込むなよ、誰にでも多少の事情はあるのだから未来の主人らしく割り切れ、と励ましの言葉を掛けた。
    腑に落ちない気持ちが拭えなかったが、そうだよね、と僕は曖昧に微笑んで返すほかなかった。

    この日の午後に、近所の可愛らしい金髪の少女と知り合うことができたのは、少なくともジョナサンにとっては幸運だったと言えよう。ディオは浮かれ気味のジョナサンの様子に気づくと、ジョナサンの外出時には密かに後を付け、ジョナサンにまつわる噂話をそれとなく収集するようになった。それははじめ、探偵の真似事のようでもあったが、瞬く間に悪しき性質を増していくのだった。彼自身は気づく余裕もなかったのだが、そこには煮え滾るような、何やら薄暗い感情が入り混じりつつあったのだ。

    ◇◇◇

    ある時、ひょんなことから僕はエリナという名前の女の子と仲良くなった。
    僕が近くの川の岸辺で不貞腐れていたときに、彼女が葡萄の入ったバスケットをこっそり置いてくれたのがきっかけだ。後で聞いたら、近所の悪ガキから人形を取り返したときのお礼がしたかったのだそうだ。僕は、ああいった連中は好きではないから、と少し格好つけて答えたところ、エリナはくすくすと飛びっきり可愛い顔で笑ったのだ。
    それから彼女とは頻繁に遊ぶようになった。かくれんぼをしたり、遊び疲れたら地べたに座ってゆったりと何気ない会話を交わしたり……毎日のようにエリナと一緒に過ごすようになった。
    彼女と出会ってからは、童心に返ったような、眩しくてわくわくした日々が続いていた。
    最初は大人しそうに見えた彼女にも、一緒に過ごすうちに気の強い一面もあることがわかった。ハッキリと物を言われた時には思わずたじろいでしまう時もあるけれど、そんな強かなところも次第に好ましく思うようになった。お淑やかで、仕草のひとつひとつが女の子らしくて、僕が彼女に好意を見せると照れ隠しをするのが本当に可愛かった。どんな遊びをしても、どんな話をしても、言葉にできないほど楽しくて、心が安らぐ時間を過ごせていた。
    とにかく僕はエリナに夢中になっていて、緊張を覚えずに済むひと時にこの上ない喜びを感じていた。

    そんな折、エリナと一緒の帰り道で、僕は偶然ディオと出会ってしまった。夕陽の逆光で見えにくかったが、ディオは何故か雷に打たれたような顔をしていた。と思う。
    僕が女の子と一緒にいるのがそんなに珍しかったのだろうか……あまりバカにしないでほしい。
    ディオは僕の目を一瞬だけ見据え、それから人懐っこい笑みを浮かべて話し掛けてきた。
    「やぁジョジョ、奇遇だな。今日はデート中かい?」
    その時僕は浮かれていて、ディオの問いに対する警戒を怠っていた。ので、思ったことを素直に答えてしまった。
    「……えっと、そう、なのかな?あっでも僕たちはまだ特別な事はそんなに」
    「ははっそうか、なるほど。邪魔して悪かったね。夕食のときにでも色々聞かせてくれよな」
    遠い後ろで何かがバキリと折れるような音がしたが、特に気にも留めずそのままその場を立ち去った。
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