やきもち賑わっているのが嘘のように静かな路地裏
店と店の隙間に鈍色の白と黒が蠢いていた
しばらくの間言葉も無く必死で貪り合っていた影は少し離れお互い見つめ合っていたがしばらくすると白い影が黒い鬼をひと撫でし消え入るような声で囁いた
「なんで?」
鬼は首を斜めに傾け視線を逸らすと何ともなしに
「仕事が終わったので?」
と答えた。
連絡しないつもりが無かった訳ではないが時間が無かったのも事実、、、それ以上に声を聞くと色々と我慢出来なくなってしまう自分がいそうでそれは癪に触る。と言うのが真実
長い連勤を終えてやっと休みを掴み取ってやったので直ぐに連絡はせずゆっくりとアレの元へでも向い驚かせてやろうかと目論んでいた。
アレの元に向う道中の時間は鬼の密かな楽しみだった。地獄から抜けた途端に薫る常春の風に吹かれて夜露に濡れた草花をさくりさくりと踏み分けながら、夜に浮かぶ月を眺めながら、夜空に歌う虫の声に耳を傾けながら、蛇行していくとゴールのようにポツリと建つ漢方薬局の灯りが見える。静かに扉を開けると連絡をせずとも待っていましたと言わんばかりに椅子に片膝を立てて温厚な神がにこやかな笑みで待っている。瞳の奥の獣を隠しきれずに、、鬼はその瞬間がお気に入りだった。
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